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とあるオッサンの独白

 「うぃーん」だか、「ぶーん」だか、妙な機械音が俺の耳元で鳴った。

 いや、妙なは可笑しいか。ただの機械音だ。ただのも可笑しいような気はするが、まあどうでもいい。


 サルトロベイジ曰く、「未来は常に前にある」だそうだ。そりゃそうだ。未来が後ろにあったら歩きづらくてしょうがない。


 サルトロベイジが誰かって?


 知らんよ。そんなヤツ。テキトーだ。今俺が勝手に作って、勝手に名言っぽいの残して、勝手に死んだ。あえて言うならそんなヤツだ。


 でもな、サルトロベイジよ。勝手に名言っぽいこと言わせといて悪いが、未来は俺の耳元で変な音を立ててるぞ。残念だな。俺の未来は耳元にあるらしい。


 煙草をふかしながらそんなことを考える。室内の明かりは消え、開け放たれた窓からは冷たい夜風がレースのカーテンを押しのけて入ってくる。


 22世紀に入って少し。もう少し詳しく言えば2123年。23年が少しかどうかは置いといて、その年、ようやく現代が未来に追いついた。


 仮想現実実現技術。


 ダセエだろ?通称、VRRT。何だソレって感じだろ?俺もそう思った。

 正式名称はヴァーチャル・リアリティ云々というらしい。まあ、覚えてなどいやしない。


 俺が生まれたころにはその片鱗、どころか半分くらいは実現していたのに、そこから半世紀近くかかっていた。まあ、文句は言うまい。俺が生きているうちに実現したのだから万々歳だろう。


 俺が子供の頃から憧れていたものだ。俺にとっての未来が俺の耳元で音を鳴らして待っている。


 だというのに、どうにも気分が上がらない。理由は分かっている。


 今日帰ってきたら食卓の上に乗っかっていた。予約注文していたVR機器の入った白い段ボール箱の隣に。判を押された離婚届が。臆面もなく、堂々と。食卓の半分近くを占有する白い段ボールより、食卓の隅で異彩を放つ緑色の紙切れの方に先に目がいった。


 俺は今日、妻に離婚届を突き付けられた。

 いや、正確には書置きの代わりに離婚届を置いて行かれた。大方、俺の顔は見たくないということだろう。どうだろうな。そうじゃなかったら良いというのは希望的観測に過ぎるだろうか。


 俺が妻と出会ったのは友人に誘われて参加した何回目かの合コンだった。数合わせのために毎回呼ばれるのは、正直俺としては釈然としなかったが、それでも男ばかりの部署で仕事をしていると無性に女性と会話をしたくなる時もある。まあ、愛想の悪いキャバクラにでも言ったと思えばいいかくらいの軽い気持ちで参加していた。生憎と愛想の悪いキャバクラに行った方が楽しいことを知ったのは結婚した後だった。愛想の悪いキャバクラに行ったことは妻には話していない。それでも、今思えば、たぶん気づいてたんだろうなとも思う。何となくだが。


 まあ、ともあれ、俺と妻は合コンの席で出会った。出会いとしては……普通、だろうか。まあ、ありきたりかもしれない。俺の妻に対する第一印象はよくも悪くも派手であった。苦手というわけではない。ただ、タイプではなかった。

 妻の俺に対する第一印象はどうだったのだろうか。聞いてないから分からない。それでも何となく推測はできる。たぶん、地味だろうな。そう思えば、俺と妻は真反対の人間であったのかもしれない。


 タイプではない妻に俺が積極的にアピールすることはなかった。そもそも人数合わせで参加しただけであるし、もっと言えば俺はあまりがっつくようなタイプではない。妻がタイプじゃないというのもあるが、たぶん、そういう自分の性格の部分が大きかったのだと思う。テキトーに相槌を打ちながら、俺は終始一貫して合コンを傍観していた。妻はどうだったろうか。今になっては覚えていない。よく喋っていたような気がするし、ずっとつまらなそうにしていた気もする。


 そんな俺と妻が急接近したのはその帰りであった。全くの偶然に、帰りの電車が同じになった。

 「あ、どうも」「どうも」そんな言葉を交わした気がする。俺は二次会に行かずに本屋で暇をつぶしてから帰ったので、二次会に行ったはずの妻がいるのに驚いていた。たぶん妻の方も驚いていたのだろう。互いに会釈をしてから数秒の間があった。


 どうやら派手なのは見た目だけらしい。そう分かったのは降車駅に程近くなった頃であった。乗り合わせた駅から俺と妻は随分と話し込んだ。合コンで全く話しをしなかったのが嘘みたいに言葉を交わした。たぶん、妻の俺に対する印象もがらりと変わったのだろう。降車駅に着く前に妻が連絡先を聞いてきた。俺は一も二もなく連絡先を教えた。勢い余ってデートにまで誘ってしまった。妻は笑って頷いた。


 それからは楽しかった。さして明るくもない俺の人生に光が差したようであった。有体な言い方かもしれないが、妻は俺の人生にとってなくてはならない存在になっていった。


 だから30になる前にプロポーズをした。場所は旅行先の名所でもあった岬で、時刻は丁度夕暮れ。オレンジ色の夕日が指輪を染め、俺の照れを隠し、妻を照らした。頬を赤く染めた妻を俺は無性に愛しく感じた。妻は泣き笑い、頷いた。俺たちは結ばれた。


 順風満帆であった。俺は妻を愛したし、妻も俺を愛してくれていたと思う。俺はそんな妻をさらに愛しく思った。


 そして、だからなのだろう。俺は二人の関係がいつの間にか壊れ始めていることに気付かなかった。愛は盲目であると、俺は初めて知った。


 事が起こったのは去年の暮であった。妻が家出をした。理由は分からない。置手紙には「あなたとはもう一緒に暮らせない」と書いてあった。妻に預けていた印鑑と通帳も一緒に置いてあった。部屋にあった荷物も妻の物はすっかりと無くなっていた。それだけ妻が本気なんだと俺は思った。そう思って、一人で泣いた。自分の情けなさに無性に腹が立った。


 それ以来、俺は妻には会っていない。妻の実家にいることは風の便り、というよりも共通の友人からの言伝で分かったが、共通の友人を使ってまで俺と話しをしたくないのかと思うと悲しくなって、それ以来妻にコンタクトを取ろうとするのは辞めた。どんな顔をして会えばいいのかも分からないし、会ったら会ったで何を言われるのか分からなくて怖かった。時間が解決してくれるだろうと、俺は自身に言い聞かせて、妻のいない生活を続けた。


 それから約半年。時間は解決などしてはくれなかった。自分は自分の思う以上に弱い人間なんだと初めて知った。弱くて、臆病で、惨めで、どうしようもなく愚かしくて。


 だから食卓の上に離婚届が乗っかっているのを見つけた時、内心でホッとした自分がいた。自分は被害者だ、そう思っている自分がいた。


 たぶん、妻は最初からこうするつもりであったのだろう。この半年は何のためにあったのか。全く見当もつかないが、何となく妻は最初からこうするつもりであったのではないかと、少し撚れた離婚届を見て思った。


 離婚届には、すでに記入をして判を押してある。文字は震えなかった。離婚届に変なシミがつくこともなかった。あっけなく、淡々と書き終えることができた。それに少しだけ驚いて、それが少しだけ悲しかった。ただ、それだけであった。


 今もなお耳元で「うぃーん」だか「ぶーん」だか機械音が響いている。加えて先程から目を瞑った瞼の上をチカチカと光が行き来している。何をしているか分からないが、たぶん個人のデータをとっているのだろう。久しぶりに読み返した子供の頃の小説によるとだが。


 だとすれば、データを読み間違ったりとかはないだろうか。まあ、目を開けて何かをするということはなさそうだから大丈夫だと思う。それに、多少の誤差はある程度許容されるだろう。念のため、俺は指の腹で目尻を拭った。


 準備が整ったのだろう。耳元で聞こえていた妙な機械音が消えた。瞼の上を往復する光もすっかりと形を潜めた。俺は煙草の火を消した。

 

 窓から冷たい夜風が入ってくる。煙草の煙を押しのけて、妻が窓際に飾った野ばらの香りが、風に乗って迷い込んできた。そんな時期かと、ぼんやりと思った。


 耳元から荘厳なBGMが流れ出す。


 そう言えば妻の誕生日はもうすぐだなと不意に思い出し、思わず苦笑した。何とも未練がましい男ではないだろうか。


 不意にBGMが途切れ、女性の声が耳元で囁いた。


 ようこそ、仮想現実世界『シリヴァリス』へ


 どことなく妻の声に似ていた。

こんな感じでグチグチ書いていく予定。

一応戦記だけど、内面の葛藤とかを大事にしたいと思ってる。

とりあえずはオッサンの話メイン。いずれ他の人物に視点がシフトします。

主な視点は5人くらいの予定。

ちなみにNPCも感情的なのがある予定。

なんだろう、予定ばっか。

とりあえず、読んでくれてありがとう。

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