第八十六話 笛吹峠の戦い
新田義宗の軍は笛吹峠に布陣していた。そこには宗良親王を戴いた上杉軍が駆けつけてくれていた。
だが足利直義軍が大勢で巧妙に攻め彼らは敗北した。
そこで俺たちは彼らを助けるべく笛吹峠に向かった。
「新田義興さま我々に策があります」
そう声をかけてきたのは長尾弾正と根津小次郎。
「我々が足利軍の兵士に扮して敵将の首を取ってきます」
「義興殿はご安心くだされ」
つまり彼らは足利直義の懐に入ろうとしているのだ。
だが史実では彼らの作戦は失敗に終わる。
足利に働く強運で変装がばれてしまうのだ。
だったら。
「俺がいきましょう」
顔はすでにばれている。今上帝の命を直義が狙ったときに俺は帝を救い出した。
つまりそこでイレギュラーが発生していることとなる。
足利の強運には俺も煮え湯を飲まされた。
だからこそ今度の反撃で彼らの勢力を根こそぎ奪わなければならない。
「長尾弾正と根津小次郎も来てほしい」
そして喜助も呼ぶ。
「俺たち四人で敵将を倒すぞ」
「承知いたしました」
喜助はいつものように頭を深々と下げ俺に従う。これは命がけの戦いだ。万が一ばれてしまったら少数なのでそれぞれで上杉新田軍にもどる計画だった。
「行くぞ」
俺たちは小声でお互いの合図を確認し敵陣へと潜入する。
引き両紋のついた装束を見にまとい素知らぬ顔で敵軍の兵士に紛れる。
上杉軍を倒したことで気が緩んでいるのか足利軍に潜るのは存外簡単だった。
「喜助、様子はどうだ」
「皆警備はしていますが相手がいなくなった今が絶好の機会です」
「それじゃ俺たちで足利直義を倒しにいきましょうか」
足利直義に救援がやって来たと報告したいと兵士たちに声をかけるとすんなり通してくれた。チェックは予想より甘い。
このままいけばうまく行けるはずだ。
しかし。
「あちらにいるのは長尾弾正と根津小次郎です」
足利軍の中に見知った連中がいたようで。
「我々は退散しよう」
彼らはそう叫んで自陣に戻っていく。
さてこれで警戒レベルは上がったわけだが。
「俺は足利直義のところに向かおう」
「はい。私は援護いたします」
喜助は姿をくらまして俺一人になる。
ここからが本番だ。
先程の一件で敵が侵入しているのではないかと疑うものも多い。
だが俺は念入りに顔をかくして最奥部へと進む。
「何事だ」
「直義さま、上杉の兵が撤退したとのこと」
「間者にも知らされたがどうやら敵が混じっているということらしい」
直義は不快そうに眉を寄せる。
「転んでもただでは起きない上杉らしい」
「そうですね」
「どうしてお主は顔をかくしている」
足利直義は怪訝そうな顔をする。
「それは……」
俺が顔をおおう布を剥ぎ取ると腰に携えていた鬼丸を引き抜き。
「あなたを倒すためですよ」
「これは新田義興っ」
足利直義は顔を紅潮させ刀を取り出す。
「よくもお主。やってくれたな」
その言葉に周囲がざわつく。
「なんだと。新田義興だと」
「ああ鎌倉を防衛してようやくやって来た」
「大塔宮の一件といいお主はいつも私の邪魔をしてくれるな」
「おしゃべりはこの辺にしておきましょうか」
俺は足利直義に攻撃を仕掛ける。
先制したのはいいが直義は仲間を呼び始める。
だが。
「ぐっ」
喜助がやってくれたらしい。彼の懐に脇差しを刺していた。
「これが新田の力だ」
俺が相手を油断させていたうちに喜助が深い傷を相手に負わせた。
「そうか私もここまでか」
「兄上がなくなってから足利は大分戦ってきたがそれもこれで最後か」
「さようなら足利直義」
足利の棟梁を亡くしてから支えてきた直義が今にもなくなろうとしている。
「兄上にはすまないことをした。源氏の血を同じように継ぐ新田に敗けを見せてしまうことになるとは」
「私はもうすぐ兄に会えるのだろうか」
息も絶え絶えに語りかける姿はかつて道をたがえた相手でも胸に差し迫るものがある。
「これで足利は終わりだ」
そうポツリと呟くと直義は事切れた。
(これで足利との戦いが終わる)
後醍醐天皇の陰謀に始まり、北条高時を自害させそして足利尊氏を多々良浜の合戦で打ち倒した後の戦いも壮絶だった。
これで平和な世がやってくるのだ。




