第七十三話 二人の義興
敵が敗北して俺たちは越前の地を支配することになった。
越前と言えば和紙が有名だ。
あくまで伝説だがその歴史は継体天皇が越前に潜籠していたころに岡太川に姫様が現れて自ら上衣を脱いでそれを竿につけて紙漉きの方法を教えたのが始まりとされている。そのとき姫様は岡太川の川上に住む者と名乗り以降川上御前と崇め奉られたとされる。
鎌倉時代にはすでに紙座が大滝寺のもとで設置されていたらしい。
ちなみに越前和紙の原料は楮、みつまた、または雁皮。それに補助原料としてトロロアオイが使用されている。
室町時代から江戸時代にかけて公用紙として重用されていたらしい。
ということで俺たちも越前和紙の製造の効率化を図る。
そしてそれを専売制にして販売する。
「しかし斯波高経を倒したとはいえなかなかやりづらいですね大塔宮」
「あまり気にするな新田義興。いや九郎丸が正しいか」
「どちらでもかまいません」
たしかに俺は新田義興の代わりとして生きてきた。彼が重傷を負ったあの日から。もしかすると弥次郎さんからいただいた九郎丸の名がふさわしいのかもしれない。だが俺はどちらでもいいと思っていた。
大塔宮が鷹揚に笑う。
「実はお前に来客がある」
「どなたですか」
「会ってみてからのお楽しみだ」
誰だろうと考えてみる。北畠顕家だろうか。それとも後醍醐天皇だろうか。ってそれはないか。
そういえば今回の戦で気がついたことだが俺たちは歴史をまたひとつ変えたらしい。
歴史上ではここで金崎城が陥落するのだが大塔宮が斯波高経の本陣に割り込んで敵を鎮圧したことによって俺たちの命は救われた。
なんでも史実では新田義貞以外は自害したそうな。杣山城にいた脇屋義助は生き延びていた。これは今の俺たちの歴史と変わらないけど。
「久しぶりだな九郎丸」
懐かしい声がする。相手は俺のよく知った人物で。
「お久しぶりです新田義興さま」
膝をついて頭を下げると彼は笑った。
「そうかしこまらなくてよい。怪我がよくなったので顔を出しただけだ」
この戦乱のなか新田義興も休んではいられなくなったようだ。
父の新田義貞に援軍としてくるよう要請されたそうだ。
「もう大丈夫なのですか」
「ああ快復した」
彼はうなずきニッと笑った。
「じゃあ俺の出番はもう……」
「何をいうかお前にはこれからも活躍してもらうぞ」
「私がいない間も一所懸命に働いてくれたと聞いておる」
そう言って新田義興は俺の肩を叩く。
「ありがとうな」
その言葉が不思議と胸に染みた。
「こちらこそもったいないお言葉です」
じんわりとした感動も一潮であった。
「二人とも久方ぶりの再会が果たせてよかったな」
大塔宮が優しく語りかける。
「それはそうと新田義興はいったいどうするおつもりか」
「「はっ」」
間違って二人とも返事をしてしまう。
いけないいけない。俺は今九郎丸だったんだ。
「私は越後のほうで開発を行う予定です」
それだったら、と大塔宮が提案する。
「この越前の土地も支配するのを手伝ってもらうのはどうか」
「うわさはかねがね聞いておる。優秀な男なんだろう」
大塔宮がそう提案する。彼に言われたら断る人間なんていないだろう。
「それでは私が越前の管理の手伝いをさせていただきたく申し上げます」
かくして新田義興に越前の政治を任せることになった。




