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第六十話 朝敵蜂起

京都に朝敵が集結するとの噂を聞いたのはそれからまもなくだった。

讃岐の高松頼重が足利一族の細川定禅に敗北。それに影響されてか佐々木信胤・田井信高らが福山城に立てこもり天皇方を撃退したとの知らせが入った。


そして我らが新田の棟梁、新田義貞に白羽の矢がたった。彼を最高司令官として京に来るよう要請が入ったのだ。


ここで大渡・山崎の合戦が始まる。新田義貞は勢多に名和長年、宇治に楠木正成、山崎に脇屋義助、自身を大渡に布陣した。正月のことだった。


足利高氏は岩清水八幡の山下に布陣し、新田軍の防御を掻い潜り前進していた。


そして大渡で足利高氏は川を渡るのを失敗。互いに一歩も引かない戦いとなった。

その間に細川軍の援軍がやってきて新田軍はなし崩しになった。


新田義貞は大渡から京に戻ると天皇を比叡山に移動させた。

それにより足利高氏は比叡山の宿敵である三井寺に本陣をおき援助の申し入れと引き換えに駐留を受け入れてもらった。


北畠顕家は北条時行とともに上京。無事に合流し三井寺合戦では新田軍が勝利を飾った。

だがその直後の正月十六日の合戦では相手をギリギリまで追い詰めたものの日没とともに攻撃をやめ足利軍に反撃の鍵を握らせてしまった。

四国の細川定禅が新田軍に奇襲をかけてそれが成功してしまったのだ。それにより新田軍は滋賀県の坂本に撤退、足利軍は京に戻ったのだった。


鎌倉から応援にやって来た大智院宮が北畠顕家軍のあとに近江の東阪本(大津市)に到着。

これにより人員は揃った。


「新田義貞さま攻撃はいつに致しましょう」

「正月二十七日はいかがだろう」

「それって明日ではありませんか」


俺が新田義貞に訪ねると彼はそう返した。

「作戦はいかがいたしましょうか」

周囲には大塔宮、赤松円心、楠木正成、北畠顕家、北条時行がいる。そうそうたる面子だ。

「京を囲いこむのはどうだ」

策略家の赤松円心は言う。すると大塔宮も賛成したようだった。

「それがよい」

「しかし囲いこむとなると多くの兵士がいるな」

「それを北畠と大智院宮の軍勢でどうにかするのだ」

北畠顕家は自信げに胸を張った。

「いざ囲いこんだとしてそのあとの作戦はどうなる」

楠木正成が思いきった作戦を口にする。

「火をつけるというのはいかがだろうか」

その言葉に全体がざわついた。

「京に火をつけるのか」

「そんな罰当たりな」

「京はこの大和の中心だぞ」

「意味がわかっていっているのか」

反対の声が多く上がる。当然だろう。京に火をつければ国の中心がめちゃくちゃになるということだ。それはすなわち国全体の混乱を招くことだ。


「しかしあの足利高氏をどうにかするには必要なことかと」

だが楠木正成は冷静だった。自身の経験と知識から火をつけるといった結論に達したようだった。


「わかった楠木正成がそういうのならば京に火をつけるのを作戦としよう」

新田義貞は渋々といった風に賛成した。

かくして正月二十七日の変は間近となっていた。

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