第五十四話 東光寺
喜助は若くて屈強で、頑丈という言葉が似つかわしい男だった。
「新田義興殿、体は大丈夫でございますか」
「ああ、もう大丈夫だ」
もとよりさほど深い傷ではない。だが喜助はたしなめるように話を続ける。
「北条時行との戦で一騎討ちをするとは無茶なことを」
「悪い」
「一歩間違えれば命の危険に繋がるところでしたよ」
思いの外心配してくれたらしい。さすがは新田義貞の部下といったところか。
「それより喜助、ここから東光寺はどのくらいか」
「もう少しで到着いたします」
喜助のサポートのお陰で予想より早めに着きそうだ。それはよかった。
「あまり無茶はなさらないでください」
「それは約束できないかもしれない」
今回は大塔宮の救出が主目的だ。救出といっても話は複雑だ。というのも足利直義の部下の淵辺義博が刺客として送り込まれているのだ。
果たして大塔宮を無事に救い出せるのか。全てが俺の手腕にかかっている。
「着きましたぞ」
俺たちは目的地の東光寺に足を踏み入れた。
しかし足利直義の手下の見張りが二人もいるし奥まで入れそうにない。
「新田義興殿、いかが致しましょう」
「まずは見張りを掻い潜らないとな」
ということで使えそうなものがないか辺りを物色。
あったのは木の枝や石ころばかりで正直心もとない。
「淵辺殿」
しばらく観察しているとよく知った顔の男が寺に入っていくのが見えた。
まずい。淵辺義博だ。
「ここの見張りはどうなっている」
「はっ今現在怪しいものはおりません」
見張りは突然の訪問に驚いているようだったが説明を付け足す。
「大塔宮は室内で読経しているとのこと」
「そうか面会はできないか」
「はっ」
淵辺の言葉に見張りの一人が案内を始める。
これでかわすべき見張りは一人に減った。
「新田義興殿」
小声で喜助が話しかけてきて懐から爆竹を取り出す。
「これをお使いくださいませ」
「ありがとな」
ということで早速爆竹に火をつけ見張りを誘き出す。
「なんだ北条軍かっ」
幸い北条軍と勘違いをしてくれたみたいだ。
見張りは恐る恐る爆竹に近づく。
とその瞬間。喜助が見張りの背後につき峰打ちで相手を気絶させた。
「助かった。これで中には入れるな」
「いえいえ感謝には及びません」
それにしても先ほどの身のこなし、喜助は草の者なのだろうか。不思議に思ったが俺たちは東光寺の内部へと急ぐ。
忍び足で淵辺義博の後をつける。うっそうとした茂みの中をかき分けるのは一苦労だ。
「大塔宮はこちらでございます」
二人の足が止まる。中からは男が読経しているのが聞こえる。どうやらここが大塔宮の幽閉されている場所のようだった。
「お久しぶりです大塔宮」
「皮肉だな。私を幽閉しておいてお久しぶりとは」
淵辺義博の言葉に大塔宮がそう返した。
「今日はどうした。まさかただ挨拶をしにきただけではあるまい」
「いえ」
まさか暗殺しに来たとは言えるはずがない。淵辺義博は困ったように笑った。
「宮をお迎えに参上しました」
「そんなよ迷い事を言いに来たのか」
大塔宮がフッと笑う。
「私を殺しに来たのはわかっている」
すると淵辺の太刀を奪おうと身を乗り出す。だが半年以上軟禁されていた大塔宮は身体が思うように動かず転倒した。
そこを逃すまいと淵辺は大塔宮を押さえ込み、今度は短刀で喉元を狙う。
(危ない)
俺と喜助は飛び出す。
「何者だ」
「名乗るほどの者じゃありませんよ」
俺がニッと笑うと見張りがポカンとした顔をしていた。
「でも大塔宮を狙っていたのは見過ごせませんね」
「こやつ何者だ」
「これは新田のところの義興ではないかっ」
淵辺は俺のことに気づいたらしく顔を真っ赤にしている。
「怪しいと思ったんだ。あの時聞き耳をたてていたな」
「さていつのことだか」
俺がすっとぼけると淵辺はかんしゃくを起こした子供のように暴れだした。
「このっ。私だって本当はこんな汚れ役やりたくはなかったさ」
「だが足利直義様の命令なんだ仕方がないだろう」
刀を振り回すと俺めがけて突進してくる。
だが。
ザンッ
俺は鬼丸でその攻撃を受け止める。
そのまま刀で切り返し相手を壁際まで追い詰める。
「もはやこれまでかっ」
男は諦めたように目をつぶる。
「今日のところはおあいこってことで見逃します」
その言葉に淵辺は目を大きく見開く。
「ただ条件がある。ここで俺たちを見逃すことと、今後二度と大塔宮の命は狙わないことだ」
「分かった」
淵辺は見張りに合図を送り、見張りも攻撃を諦めたようだった。
「それじゃあ行きますよ大塔宮っ」
俺は大塔宮の腕を引くと喜助とともに東光寺を去る。
かくして大塔宮奪還は成功したのだった。