第四十八話 井出の沢の合戦
IF展開です
足利時行が町田で蜂起したという報告が入ったのはそれから数日した頃だった。
足利直義軍は菅原神社に布陣し敵方の動きをうかがっていた。
そして俺たちは成良親王を征夷将軍として彼のもとで戦うことになった。
しかしあの北条時行を敵として迎えることになるとは。
なんとも不思議な感覚だった。
北条高時の遺児時行。信州の諏訪頼重に鎌倉から連れ出され、数多の武士達を倒してきた男。
だがあの時。わずかな時間の邂逅だったが親しみのようなものを感じたのだ。
それが敵同士として向かい合うことになるとは。
予想していなかったといえば嘘になるが感慨深いものが胸に去来する。
さて話は井出の沢に戻る。
井出の沢は現在の町田市に位置し、付近には恩田川が流れている。しかも鶴川街道の分岐点となっていて古来より交通の要所とされていた。
そして俺たちが布陣していた菅原神社だが近くを鎌倉街道が通っており、崖下には池があり水の補給にはもってこいの場所だった。
「新田義貞さま」
「どうした義興」
新田義貞は成良親王のそばに控えていた。
「久々の戦は不安か」
「いえ、むしろ俺たちの腕の見せどころです」
「それは頼もしいの」
それに対して成良親王がおおらかに笑う。
「義貞殿もよい義息子を持ったものだ」
「おほめに預かり光栄です」
そして傍らでは執権の足利直義が作戦を練っていた。
どうやら作戦に迷っているらしい。
時おり難しそうな顔で側近と話をしている。
せっかくなので俺も作戦会議に参加させてもらう。
「これから北条時行軍を迎え撃つことになるのですが作戦はいかが致しましょう」
「なんだお前か」
足利直義は今気がついたようだった。
「北条軍は南下している。お主が話していた情報によれば北条時行が鎌倉にいたということだが北条軍は鎌倉街道の途中だったようだ」
「そしていよいよこの井出の沢まで迫っているのだ」
「お主の情報で敵方は五万人の兵士がいるということはわかっている」
「それをどう戦うかが問題だ」
敵方の圧倒的な戦力を作戦で補うということだ。
「奇襲はどうでしょう」
「足利直義様の軍はこの菅原神社の北側で北条軍を塞き止め、俺と新田軍が回り込んで挟み撃ちにするという作戦です」
「悪くない考えだ」
「俺たち新田軍は太刀の扱いにたけています。接近戦に持ち込めば弓矢の兵士はすぐに倒せるでしょう」
「そこはお前に任せる。私たちは菅原神社を本陣としてここから一歩たりとも敵を通すまい」
なにしろ鎌倉から出てきて大勢の兵士をつれてきたのだ。そう簡単に負けるわけにはいかない。
そして負けられない一番の理由は。
「相手の本命は鎌倉ということだ」
足利直義が付け足す。
だからこの戦いは負けられなかった。負ければ鎌倉まで失うことになる。
そして鎌倉に住まう人々を戦乱に巻き込むことになるのだから。
「承知いたしました」
俺はゆっくりとうなずいた。するとそれに満足したのか足利直義は細かい指示を現場の兵士に送っていた。
噂通り頭脳派の男らしい。そういう意味では信用できる男だった。
だがあまり足利直義を信用しすぎてもいけない。
なぜなら彼は大塔の宮を殺害するよう側近に指示していたからだ。
あの武運に優れ知性に溢れる大塔の宮が敵の手にわたるのを恐れている。それだけの理由で幽閉されている大塔の宮を抹殺しようとするのだから。
かくして井出の沢の合戦は幕を開けるのであった。