六枚目・真実の罪人
一難去っても朝は訪れる。本日は祭りの最終日、相変わらず人は多い。
毎年、祭りの最終日の夜には爆薬を馬鹿みたいに使ったパレード行進がお約束の行事となっている。炭鉱都市でしか見物することのできないパレードは必見で、炭鉱で採掘された名高い鉱石を着飾った女性を始め、天然で採掘されたままの鉱石で造られた数万トンの神輿が登場する。
勿論だが神輿を人力で担いで行進することは困難なことなので、それとは別に造られた専用の大型機械で引っ張りながらの行進となる。
「いやぁ、今年も素晴らしいパレードが拝めますな」
「そうそう、ここのパレードを観ると最高の気分になれますものね」
最終日の街中ではこんな会話を良く耳にする。
会話を盗み聞くとパレードが一番の見どころらしい。
「ですが、何と言っても最後の花火もいいですね」
パレードの最終局面では大きな無数の花火が夜空に描かれるのも大きな見どころである。
「はぁ、凄く盛り上がってんな」
今は任務遂行中の身である二人の青年達も、少しくらいは羽目を外して祭りに参加しようと思い、市長から貰った入場チケットで会場に来ている。
しかし、その表情は険しい上に軽くグロッキーだった。
「何でこんな事を………」
「何も言うなよ。手を動かせ」
右手にカナヅチ、左手は木材を押さえている。
素直に祭りを楽しみたいところなのだが、二つの不運が重なったことでダリアンの仕事を手伝っている。
先ず一つ目、パレード前日に神輿を引っ張る機械が壊れてしまったこと。
二つ目、ダリアンの仕事仲間が二人も高熱でダウンしてしまったこと。
その結果、偶然にも祭り会場を彷徨っていた若き人材が標的となってしまったのだった。
「こんなことになるなら真面目に仕事してた方がマシだった」
どんなに嘆いても過去には戻れない。
「おい、新しい木材持ってきたからな。ここに置いとくぞ!」
口が動き手は止まる。その間にも新しい材料が目の前に運ばれてくる。
こっちは職人でもなければ見習い新人でもない。お褒めの言葉は無く、作業が少しでも遅れれば『できて当たり前』という精神論をぶつけてくる始末。先程からダリアンが目の前を行ったり来たりしているのだが、二人を心配する様子は無く、いつもの様に仕事をこなしている。
「俺達はギルドの人間だぞ」
「黙って働けよ。今はダリアンの部下だ」
どうやらロイは洗脳されてしまっているみたいだ。その証拠に杭を木材に打ち付ける速度がどんどん速くなっている。
アルベルドは『あれ?俺達ってまさか裏では既にここの職員にされてしまっているのでは?』と、自分を疑い始める。
「あの―――」
「昼飯ならまだだろうが!」
忙しいあまり気が立っているらしく、下番時間を尋ねようとしただけなのに怒鳴られてしまった。その上勝手に『卑しい奴』という称号まで付けられてしまったみたいだ。
「あら?ギルドさんは任務中ではなくって?」
背後から天敵の声が聞こえた。振り返ればエメリアの姿がある。
「はぁ、マジかよ。お前が来るとか勘弁しろよな」
「は?何よその言い方、退屈そうだから少し弄ってやろうと思っただけじゃない!」
ただでさえ忙しいのに、この場面で天敵の相手などしていられる余裕は無い。アルベルドは無心の表情を見せつけながら軽く手を振って『あっちに行け』を伝える。エメリアの怒りのボルテージは最高潮にまで達したが、子供の部類に入れている相手に本気を出す必要など無いと思い気を静める。
「ムカつくわね。紳士になって女の子に優しくとかできないの?だから子供なのよ」
「だったら、そんな子供に集るなよ。だから男の一人や二人も居ないのではないですか?」
「な、何よ!い、居るし!」
「はいはい、わかったから」
エメリアと話すよりも、手を動かす方が有効な時間の使い方だという事に気が付いたアルベルドは杭を間違い無く完璧に消費していく。
何故か不思議と手際が良くなった気がした。
「それで、いつまで俺みたいな子供と戯れているつもりですか?」
「もういいわよ。最初からそんなに話す気なんて無いし、本当は別の用事だったから」
「ふーん。そう言えばお前よりも少し生意気な妹はどこ?」
「それよ、レイアが居ないの。さっきまで一緒に居たんだけど、迷子になったみたいで」
「それって本当にレイアが迷子なのかよ?」
「どういう意味よ?」
「どういう意味かは任せるよ。それよりも迷子とか扱ってくれる施設は?」
「居なかった。お父さんに頼むにしても仕事中だし、お母さんは昼食の支度中だし」
ただでさえ馬鹿みたいに広い敷地の中の、それも祭りで賑わった群衆の中から一人の子供を見つけるとなるとかなりの厄介事である。
「どうしたエメリア?」
そこへ姿を見せたのは兄のバートン。膨れ上がった頬の痣が痛々しい。
「お兄ちゃん。どうしてここに?出て行ったって聞いたけど」
「あぁ、最期くらいは見ておきたくてさ、爺さんが遺したもの」
「えっ?それってどういう―――」
「んあ?いや、何でもない。それよりレイアは?」
バートンが何かを誤魔化すかの様に視線を下げたのを、アルベルドが不審に思う。
「居ないの。迷子みたいで」
「そうか、なら一緒に捜そう」
どうやらアルベルドが出る幕は無さそうだ。これでゆっくりと木材と杭に集中できる。横を見れば仕上がった材料が大量に積まれている。
止まることのないロイの体を見た職人からは「おぉ、やるな」や「俺達と一緒に仕事しねぇか?」などと、労いの言葉が飛び交っている。こちらにもアルベルドの出る幕は無かった。
仏の顔をしたロイの肉体と精神は神の領域を超越してしまっているみたいだ。
「ちょっと遊んでくるかな」
仕事の方はロイに任せて近くのイベント会場へ足を運ぶことにした。
「この祭りって爆弾と鉱石しか無いのか?」
アルベルドの疑問の通り、どこを見ても『爆弾解体ショ―』や『鉱石展示』などのテナントしか見当たらない。それ以外のものを挙げるとすれば『ツインタワー計画』といった上映会の会場があるだけである。
「飲み物は普通だし、食い物だって普通だし、つまらんな」
思わず本音が飛び出した。祭りの関係者が聞いていれば激怒するのは間違いないことだ。
「パレードだけが楽しみって事だな。………ん?」
突然、ドッカーンという大きな音が前触れも無く鼓膜を揺さぶった。
周囲からは大きな歓声が上がると同時に拍手が喝采する。
どうやら巨大な花火が打ち上がったようだ。火薬の中には特殊な砂状の鉱石が混ざっていたみたいで、細かなキラキラした粉が舞い降りる。
手に取れば不快感の無いサラサラ感が肌に残る。女性だけでなく、男性の視線すらも奪ってしまう程の花火だった。
そんな綺麗な花火であれば誰の視線も奪ってしまうのは確実なのだが、アルベルドの視線だけは奪えなかった。アルベルドはただ一人だけ群衆とは違った場所を凝視していたのだ。
「誰か居るのか?」
その場所とは、近くに設置された小さなテント。小さなといっても五人の大人が中で踊れるくらいの広さはある。そんなテントの入り口に子供用の靴が片方だけ不自然に落ちていた。
そして近づかなくともその靴が誰の物であるのかは判断できた。
「あの靴………」
紛れもないレイアの靴だった。しかし、何故という疑問を抱く。
「………って」
聞こえるのは大人の男の声だ。一人ではなく、二人の声が聞こえる。
その声の発生源はテントの中から、何かに焦っているようだった。
スリスリといった布地と布地を擦り合う荒っぽい音もする。嫌な予感しかしない。猫が得物との距離を静かに詰める様な忍び足でアルベルドは動く。
中には絶対に怪しい大人の男が二人居た。
手間取りながら布地の大きな袋に何かを詰めている。その何かを覗こうとアルベルドが首を長くしてみる。大人の大きな背中が邪魔をして物を除き見ることはできなかったが、二人の隙間から小さな手を見た。
「!」
その瞬間、中身がレイアだという確証を持った。
「おい、そこのじゃじゃ馬娘をどうするつもりだ?」
手には一本の剣がある。ここで二人がアルベルドの望まぬ行動をすれば斬ることは簡単である。しかしそうはいかないのが酷な現実だ。
「殺すつもりだが?」
背後からの大きな脅威が邪魔をする。
いつの間にかアルベルドの背後には、いつかの暗殺者が立っていた。
「フン!」
掛け声と共にアルベルドの首筋に一発、続いて脇腹に一発、強力な拳を打ち込んだ。
気を失いかける不意の急襲に、唾を吐き出しながら膝をつく。
反撃しようにも力の入らない足では意味が無く、袖と裾を掴まれては外の群衆に向かって投げ捨てられた。
「グズグズするな、早く行け!」
暗殺者の睨みを受けた二人の大人はテントの反対側を小型ナイフで突き破り、どこかへと走り去って行く。
「待て……、クソ野郎………」
いつしか暗殺者の姿は無くなっていた。群衆からはただの喧嘩と思われているらしく、アルベルドの体は軽い足蹴りで元の位置まで無理矢理に移動させられた。
「おい、どうした?転んだのか?」
そこへ通りかかったのは先程まで手伝いをしていた筈のロイと、レイア捜索中のエメリアとバートンの三人。三人は偶然にもアルベルドの所で合流したのだった。
「ちょ、あんた盛大に転んだわね」
「君、大丈夫か?」
バートンが優しく手を差し伸ばしたその時、アルベルドの細い腕がバートンの手を弾き胸倉を掴んだ。そしてそのまま力一杯に引き寄せる。
「レイアが攫われたぞ。お前、本当に心当たりがねぇんだろうな?」
エメリアには届かぬ声で、それでいてバートンの心の底に響く声で尋ねる。強く核心を突いたアルベルドの声に揺さぶられるようにして、バートンの眉がピクリと動いたのを見逃さない。答えはそれだけで十分であり、それだけで動ける。
目と目で通じ合いながら互いに頷き、そして立ち上がる。
「お?あれはレイアじゃないか?」
ここで空気を読んだロイが遠くを指差して言い放つ。
「え?どこ?」
適当な発言にエメリアが必死になるのを見たロイの心は、直ぐにでも懺悔室に入りたい気持ちで一杯になった。
「どこよ?」
「あっちに言ってみたら?まだ間に合うかもよ?」
「もう、あいつったら」
ほぼ棒読みのセリフに背中を押されたエメリアは、仕方なく指示された方向へと走り去って行く。エメリアの姿が完全に見えなくなったのと同時に、バートンが二人を誘導する。
「奴らを追う。それと全てを話そう」
祭り会場に向かう群衆の中を一台の車が猛スピードで逆走する。
運転手は額から脂汗を排出しながらの運転。後部座席に座るのは何食わぬ顔の青年と、腹の底から汚物を吐き出しそうな青年の二人が居る。
アクセル全開の鉄の塊は事故を恐れぬ怪物となっていて、ゴツゴツした鉱石の欠片を踏み潰しながら向かう先はツインタワーという二つの塔。
しかしこの車、事故寸前のところで障害物となっている群衆を回避しながらの快進撃だ。
運転のテクニックはプロ顔負けのレベルだろう。
「新車だから………、わかっているよな?」
バートンが神妙な表情で告げる。
告げられた青年の一人は、喉を通過しそうな汚物を必死に我慢しながら頷く。窓は全開となっており、いつでも緊急回避ができる状態。
しかしそれでも怖いのが液体だ。
「座席の後ろに置いてあるトランクケースを取れるか?」
バートンに指定された通り、アルベルドとロイの二人が座っている真後ろには黒いアタッシュケースが大量の新聞紙に隠れるようにして置かれていた。アタッシュケースには大切に南京錠まで掛けてある状態。
「車内ランプのカバーの中に鍵がある。それで開けれる」
車内のルームランプの透明のカバーを凝視すると、中に何かが入っていることに気がつく。頻繁に触っているらしく、カバーは手の脂で異様な程に汚れていた。指を伸ばしカバーに触れる。少しの力を加えることによって接合部が簡単に外れた。
カバーが床に落ちたのと同時に小さな鍵も落ちる。ロイの細い指が鍵だけを華麗に掴む。
「変な形だな」
ロイが何とも言えぬ歪な形の鍵を見て呟く。
「特注の鍵だ。世界で一つだけだ」
そう言いながらバートンは、片手で鍵を開けるジャスチャーをして見せる。ここでしか使い道の無い歪な鍵を鍵穴へと差し込み、軽い力で半回転させる。すると南京錠はカチッという音と共に外れ落ちた。いよいよ中身を拝見できる。その様子をアルベルドが辛そうな眼差しをしながら一生懸命に見つめる。
「乱暴に扱うと危険だ。慎重に頼む」
アタッシュケースの中には、小さなハンドガンが一点と、その他に赤い錠剤が一点あった。
バートンの一言と赤色の錠剤ということもあり、危険な香りが漂う車内。
危険と言われてみて慎重に手に取ってみる。
ハンドガンの方は銃弾の入っていない普通の代物に対し、赤い錠剤は血が固まった様な異常な代物に見えた。
何にせよ長く触れていたくはない代物と思い背筋に悪寒を感じたロイは直ぐに戻す。
「これが関係………、あるのは当然だな」
ロイの言葉にバートンが重く頷く。ハンドルを握る手には力が入っているらしく、甲には細い血管が浮き出ていた。思いつめた莫大な想いを抱いているようだ。
「それは最悪の兵器だ。錠剤の原料はここで採れた特殊な鉱石、一緒に入っていたハンドガンを使って射出する。一粒の威力は絶大な物だ」
「何だって?これが?どれくらいの火力なんだ?」
ロイもアルベルドも、ハンドガンという武器に粒状の弾丸から連想し、想定内の威力を持つ爆薬か何かだと思っていた。
しかしそれは違った………。
「火力とかじゃ無いさ、最悪のウイルスだ。人の肌に着弾すれば分散して毛穴に根を張る。そして対象物が絶命するまで二度と離れない。根からウイルスを流し込むことによって血を固まらせ、激しい激痛と共にその部分を壊死させる。更に激痛は脳へと走り侵食し始める。勿論だが脳自体の侵食だ。対象物は狂い暴れ、数分後には絶命する」
バートンの言っている事が全くといっていい程に呑み込めないロイは、グロッキー状態のアルベルドに顔を向ける。
しかしアルベルドは窓から遠くの景色を見て沈静を図っている状態でロイの顔と合うことは無かった。
「それを開発したのは他の誰でもない俺自身だ」
最悪と言われた兵器を膝の上で抱えたロイはバートンの一言を聞き、神妙な表情で突き刺す様な視線を向ける。この時ばかりはアルベルドでさえも同じ表情と視線を向けていた。
敵になるかもしれないといった最悪の未来を想定内に入れ、耳の集中力は自然と増す。
「俺はこの炭鉱都市の未来を約束された者として育った。爺さんからは大切に育てられ、親父からは熱く育てられた。幼い頃の俺はその気持ちに応えられる様に、一心不乱にこの町の事について学んだ。採掘道具の事、鉱石の事、爆薬の事、それら全てだ」
熱く語るバートンの声は高らかに大きくなる。だがしかし、冷たくもなったりする。
「だけど二十歳を少し超えたくらいの時だったか、全てを学んで『完璧』と自惚れていた時期があった。丁度その時に失敗したのさ、正直に言って心は折れた。爺さんや親父、それに周りの人達は『心配するな』と言ってくれた。でも俺には無理だった。そこからは些細な事の失敗の繰り返しで、いつの間にか俺は沈んでいった。爺さんや親父の背中が大きく思えた。どれだけ手を伸ばしても届かない存在として大きくな………、今振り返れば馬鹿だったと言える。当時の俺は心が弱かったんだろう、そして俺は逃げ出した。他にできる事を探して」
それは誰もが生きていく上で必ず通らなければならない挫折という試練。
人はそれを乗り越えることで一回りも二回りも大きく成長する。
若き日のバートンも経験したのだ。しかし乗り越えることはできず、そこで立ち止まってしまった。支えてくれる者は十分に居たにも関わらず、自分で悩み続けて沈んだ。
「探し回って行き着いた先がこれってことか?」
アルベルドが腹の底から込み上げる物を抑え込み、怒りだけを込み上げて言う。バートンはただ申し訳なさそうにして聞いているだけで何も応えない。
「で、でもさ、それと今回の件がどうやって結びついているんだ?」
アルベルドの気持ちもバートンの気持ちもわかるロイが、険悪な空気を遮る様にして問いかける。過去からの害を問うよりも、今現在をどうにかしなければならないのだ。
「何度も言うがそれは俺が作った物だ。そしてそこにあるのは最後の作品とした物だ。もう兵器など作らないと死んだ爺さんと自身に誓った」
「………は?」
バートンの何気ない一言に耳を疑った。『何処の誰がどうしたというのだ?』と、二人の脳内はパニックに陥った。
「『死んだ爺さん』って、レイル・ウェルテスタの事か?」
「あぁ、そうだ。爺さんは殺されたんだ」
急展開する事態を把握するには、何度も詳しく聞かなければならないようだ。
「全くわからん。どういう意味だ?」
レイル・ウェルテスタは任務の達成に一番必要な人物。
その存在が居ないとなればこれは困った事になるのだが、何よりも困るのは家族の方であるのは間違いない。
レイアは?エメリアは?アーマンは?ダリアンは?それに、その他の皆は?どんな惨劇が待っているのかは、必ず想定できるものだった。
『行方不明』
アーマンの一言が今になって重く圧し掛かった。そう聞かされていた二人は、最悪の結末も考えていた。………というよりも、最初に話を聞いた時から暗雲が晴れることは一時もなかった。これまで様々な任務を遂行してきた二人はプロの直観力が備わっている。
そのプロが言ってはいけない言葉など誰に言われるまでもなくわかっている。恐らく、夫婦二人も同じ考えを抱いていたであろう、ただ言葉にするのが怖くて言わないだけなのが顔を見れば良くわかった。
「俺は当初、鉱石と鉄を組み合わせた武器を作っていた。武器といっても鑑賞目的の玩具であって人を殺す物じゃない。綺麗な鉱石を散りばめた短剣や、特殊な鉱石と混ぜて作った頑丈な盾といった物、誰もが観て楽しめる物だ。商談は休み知らずで、毎日のように客が店に足を運んだ。だけど客の中には危ない奴も居た。戦争を生業とした異常な奴らの事さ。当然だが俺にはそんな奴らに加担するつもりも無い、直ぐに追い返してやったさ」
車は線路の前で一時停止した。列車が近づくサイレンが両隣の警報機から発せられ、二本の遮断機も下りてくる。列車が通り過ぎるのに僅か四十秒掛かるのだが、バートンはその短い時間の中で一本の煙草に火を点けて大きく吸う。吐き出す煙はバートンの現在の心を表すかの様にして、綺麗とは言えぬ灰色をしていた。
列車が通り過ぎてサイレンが鳴り止み、二本の遮断機が上がると同時に煙草を灰皿に押しつける。
「でもあいつは………、市長は違った。俺が何処の出身かを知っていた奴は家族を人質にして一枚の設計図を手渡してきた。その設計図を基に作られたのが、その兵器ってわけだ。クソみたいな感情が込み上げてきたよ、自身が身につけた知識がまさか最悪の兵器に繋がるなんて夢にも思わなかった。そして惨劇が起きた」
ロイの口から『まさか』と言葉を挟みかけたが、許すこと無くバートンの口は動く。
「爺さんが殺された。しかも俺の兵器の実験台に使われた!」
ドンという力強い大人の両手がハンドルに激突する。
それは怒りの感情ではあるが、その中には自分への怒りも込められていたに違いない。
「わかっているさ、俺の責任だ。でも家族を守りたかった。でも結果的に家族を殺した。苦しみから逃れる様にして自殺をしようとしたが、結局のところ生きている。そんなボロボロの俺に二枚目の設計図ときた。最悪を重ねた兵器の設計図だ。家族を人質にとられた俺に拒否はできない。軍に相談しても相手は市長だ、直ぐには動いてはくれない。設計図は奪われ証拠も残っていない。更には監視付きというフルコースだ。それならば、せめて残りの家族を守り貫いてから市長を殺して死のうと決めた。俺は二枚目の兵器の報酬に、遠く離れた故郷であるゴリムクラムディでの『土地の権利書』と、炭鉱の『採掘経営権利書』を要求した。それでいつでも家族を逃がせられる。だけど親父はわかってくれなかった。………一発の返事だったよ」
再び車は止まる。大きな交差点に差し掛かったのだ。
交差点の中央には棒状の機械が設置されており信号機の役目を果たしている。これには黄色は無く、赤と青の二色しか光らない。赤色に光っている時が止まれで、青色に光っている時が進めの合図となっている。
「あのさ、市長って何がしたいんだ?そんな兵器を作っても立場的に意味が無いだろ?」
確かにロイの言う通り、市長という健全な立場からすれば殺戮兵器を始めとした、武器に分類される物の使い道が考えられない。一体何がしたいのか、市長の中身が気になる。
「噂は聞いた事ないか?反組織と繋がっている噂を」
「えっ?市長とキャンセラーって繋がっているのか?」
「あぁ、確かに繋がっている。二枚目の設計図を渡しに来たのがそいつらだからな」
世界中の人間が正義と悪に分かれるならば、市長は正義側でキャンセラーは悪側というように分かれるだろう。だがそれは違うこともあるようだ。
「そういう奴らを雇って利用することで市長は帝都の乗っ取りを計画している。俺が作った二つの兵器は既に反組織に渡っているだろう。そして爺さんを殺したのは反組織の奴らで間違いない」
全てが繋がると共に、全てが最悪の二文字で表せる事を知ってしまった。
後戻りをすることもできないし、後戻りするつもりも無い。
車は目的地に到着して停車する。窓から見えるのは大きな二つの未完の塔。停車と同時にアルベルドは元気になったようで、ゆっくりと手を前に伸ばす。
「俺は真っ先に市長を殺す。お前達が通報しようがどうしようが好きにすればいいさ、今の俺には全く関係の無いことだ。何にせよ―――」
バートンの決意の言葉は後ろから伸びたアルベルドの手によって切り裂かれた。鬼の様な形相でバートンを睨み、筋肉モリモリの大人も驚愕するような力で首を押さえつけている。
「フザけんなよテメェ、何が『死ぬ』だ。ただ単に真実から逃げてるだけじゃねぇか!大人ぶった格好で語っても所詮は戯言だ。残された家族は………、妹達はどうするつもりだ?テメェが死んだ事だけ知って、真実を知らずに辛い想いするだけだろうが」
「それ……、でも、家族が消えるよりは………、あんな想いをするよりは………、マシだ!」
喉を押さえられた状態のバートンが必死に抵抗しながらも、絞り出した枯れ声を出す。
「だったら同じだな」
「何……、だと?」
「きっとあいつらも同じ気持ちだ。テメェが消えたらどんな気持ちになるかわかるだろ?爺さんの時みたいに悲しむだろうな」
バートンは初めて気づいた。今から自分が犯す事の意味は、家族が悲しむという事に。
「ケジメなら、生き抜いてからつけろ。死んだら何もできない、大切な言葉もかけてやることができないんだ」
ここでアルベルドの手がバートンの喉を解放する。
「過去に後悔してるのなら、今から未来を正しく歩け!」
力強いアルベルドの一言が、非力なバートンの背中を少しでも勇気づける。
「だったら今の俺はどうすればいい?俺は……、俺は………」
「そんな事は簡単だ。今のあんたにだけできる事をして、後は俺達に最高の結末を求めてりゃいいんだよ。相手がわかった以上、ここからはプロの仕事だ。今から戦争だ」
二人の青年が車から降りる。
何も語らぬ二人の背中が見えない境界線を引いて立ち入れない事を示す。
前代未聞の大戦争が始まろうとしていた。