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剣のメダリスト  作者: Qan
禁断の光
4/22

三枚目・神の創りし玩具

「さぁ、どんどん食べてね」

 大柄で強そうな女将がキッチンにおいて、大小様々な具材と格闘中のこと。汗臭い男達が列を成して運ぶのは女将によって調理された料理の数々、運ばれる先はアルベルドとロイが座る木製の長いテーブル。

 そんな数々の料理をガツガツしながら腹に収めるアルベルドの様を見た姉妹は唖然とするしかなかった。

「凄い食べ方ね。子供みたいに汚いわ」

 姉のエメリアは馬鹿を見る目で呟いた。酷い言われようであるが、実際にアルベルドの食べ方は汚いものだ。野菜は素手で取り、骨付き肉は骨に微塵の肉も残さぬように、スープや飲み物は音を立てて、テーブルマナーの欠片も無い程の汚さ。

 それ以前にフォーク、スプーン、ナイフ、それぞれの持ち方からマナーが備わっていない状態である。その横ではロイが『礼儀正しいマナー』で食事をしているので、二人の間には見えない格差が出来上がっていた。

 片方は豪快、もう片方は繊細、二つが混ざれば丁度良いものにでもなるくらいだった。

「うるせぇ、俺の勝手だろ。この方が食べやすい」

「見苦しくてすまないな。いつもこんな感じなんだよ」

 姉妹と男集は横から必死に庇うロイが不思議と不憫に思えてきた。

 アルベルドにとってロイとはベストパートナーであると共に良き世話係でもある。マナーが一つも成っていないアルベルドに対して『マナーとは何たるか』を散々と教えてきたつもりではあったが、肝心の本人は聞く耳持たず。そして現在までに至る。

「何でこんな奴とギルドやってるの?」

「それ、誰にでも言われるよ。まぁ、俺に託された使命ってものなのかな」

「ふーん」

 エメリアから聞いておいてこの態度も問題だが、今はアルベルドの食事マナーが一番の注目の的だ。例え女将が包丁で指を怪我しても、汗臭い男が一人で勝手に転んでも、外で酔っ払いの喧嘩が起っていても、誰も気にしない。それほどのマナー違反だった。

「さて、このくらいでいかがかしら?」

 キッチンから笑顔を見せる女将に対し、アルベルドは口に麺料理を含んだままの状態でピースサインを見せた。この料理は手前金のつもりで二人に出されたフルコース。

 正規のお金は解決してからということで話がついた。

「しかし、それならそうと早く言ってくれればいいのに。変に疑って悪かったわね」

「いえ、疑われるのは二回目ですから」

 女将の後方では暗い表情の親父が威厳を無くして立っている。

 一時間前に全てを説明された女将と、三十分前に休憩を取りに戻ってきた親父が、一方的な夫婦喧嘩を繰り広げた末の状態である。

 ちなみに姉妹二人と男集も恐怖の説教をされる結末となったのだが、そこはロイが落ち着かせることで最小限に治まった。

「娘の依頼は親の依頼ってことだね。この依頼を受けてくれるのかい?」

「おぅ、その為にここまで来たからな」

「そうかい、それはありがたいね。でも厳しい事ないかい?依頼日は一年前だよ。ようするに丸々一年もの間に『誰もこの依頼を受けたがらなかった』って事じゃないかい。それに、この依頼書は赤色だし、赤色っていうのは難しい依頼ってことだろ?」

 軍関係に弱そうな人達に見えたが、色の事を知っていることからそうでもないらしい。

「そうだな。でも大丈夫だろ。何とかなるって」

 赤い色は命を保証しない事が帝国政府からのお決まり。

 それは『依頼主の立場から』という事にも当てはまるが、依頼主個人からすれば後味の悪い思い出となるのがほとんどである。

 依頼遂行のレベルを決めるのは政府で、依頼主個人は自らが出した依頼書が、何色に染まるのかを知らない。その決まり事は承知の上と理解していても夫婦に不安は付き纏う。

 それでもキャンセルという選択をしなかったのは『消えてしまった祖父に会いたい』と願う強い想いがあったからである。

 そしてそれは夫婦だけではなく、レイアや男達も同じ気持ちでいっぱいだった。

「キャンセルした方がいいんじゃないの?」

 ただ一人だけ、現実を見た発言をする者が居た。その人物はエメリアだった。内容がどうであれ、赤色の存在自体が危険度を意味している。

「死なれたら迷惑するのはこっちよ?」

「エメリア!何てこと言うの!」

 女将が鬼の形相で詰め寄る。しかしそれだけで終わる。

それ以上の叱責をしないのは、やはり赤色の存在が大きいからだった。

 娘が勝手に出した政府への依頼が赤ランクで手配されているとは思ってもいなかった。身内の心配するのは当たり前の行為であり、少しの希望があるのであれば試してみたいというもの。今回がその希望だ。アルベルドとロイの二人がたった少しの希望だった。

 赤色に怯える自分が居て、希望に賭ける自分が居て、矛盾の狭間に彷徨い続ける者が叱責などという愚行ができるわけがない。

 夫婦は迷っている。それも依頼する方向に傾いた状態で………。

 祖父の捜索は何度も試みたが全くの手掛かり無しの結末という。

だったら軍に依頼をしてみるが『痴呆の相手はできない』と、訴えられての応対止まり。他人に相手にされず、家族と職場仲間では捜索に限界があり、全く打つ手なしの苦悩の日々だった。

「フン、名の知れたギルドならともかく、食事のマナーも知らない奴に達成できるほど赤色って簡単なわけ?」

 この嫌味垂れ流しの発言に、アルベルドは少しだけムッと腹を立てる。

「最初から無理って思ってんじゃねぇよ。お前、そんな生き方考え方しかできないのか?」

「何よ、偉そうに!どうせ弱小ギルドのくせに!」

 この発言に対して今度はロイが立ち上がる。それは冷静な表情で、腹の底が煮えたアルベルドを宥めながら立ち上がる。

「『イビリティ・ラ・ベーヌ』ってギルドを知っているかい?」

 ロイが名乗ったギルド名を聞いた者全員が「まさか」と、声を漏らしつつ驚愕する。その驚愕の意味を知らないのは女将と姉妹の三人だけで、親父と男集の全員からはざわざわとした小言が上がる。

「『イビリティ・ラ・ベーヌ』って、あの『イビリティ・ラ・ベーヌ』か?」

 静かに話を聞いているだけだった親父が会話の中心へと足を進める。

「あぁ、嘘じゃない本物の『イビリティ・ラ・ベーヌ』だ」

 ロイがそう言って懐から取り出したのは、縦と横が五センチ、厚みが五ミリの正方形の鉄製の手形だった。その手形の中心には特殊な機材によって大きな渦が描かれており、その渦の中には力強く『真』の字が刻印されていた。その裏には『此れ、イビリティ・ラ・ベーヌの使途の証なり』と、小さな文字で紹介もある。嘘か本当かは手形が物語っている。

 ギルドの者を証明する手形は身分証明書と同じ様な物で、一つのギルドに一つの手形という形で存在している。

「マジかよ………」

「あの超有名なギルドか?」

 二人を見る目が変わる。恐れる、しかし良い意味での恐れである。

「ねぇ、お父さん。この人達って凄いの?」

 何も知らぬレイアは父親の太い指を引っ張る。違和感だらけの雰囲気に女将とエメリアが味の無い唾で喉を潤す。

「凄いも何も『イビリティ・ラ・ベーヌ』って言えば正規ギルドの中の、三大ギルドの一つだぞ」

 一度でもギルドに関わったことのあるものなら絶対に知っている三大ギルドの一つ、その一つがイビリティ・ラ・ベーヌ。そもそも正規ギルドとは、帝国政府が公認したギルドで、帝国政府が直接関わることのできない任務を遂行する小組織のこと、表向きには遊撃隊や下請けといった評価が一般的で、汚れ掃除を受け持つことが多い。

 しかし行動範囲は広く、規制ルートを通り任務を遂行する帝国政府とは違い、どこにでも自由に踏み込むことのできる組織なのがギルド。

 そのギルドの中でも有名所の一角を担っているのが、アルベルドとロイが属している『イビリティ・ラ・ベーヌ』というギルドなのだ。

 請け負った依頼の遂行率が百パーセントの実績を誇った最前線に立つギルド。その現実を叩きつけたアルベルドの鼻は高々と伸びて大きく姉妹を見下す。

「この依頼は俺達が請け負ったぜ!文句ある奴は居るか?」

 机の上に片足を乗せ、腰に両手を当てて、何とも言えぬ自慢臭をプンプンと放出する。

「おぉ、ありがてぇ」

「これで先代が見つかるのも時間の問題だ」

「兄ちゃん応援してるぜ!」

 周囲からは熱い声援が飛び交い、精神的に若いアルベルドは調子に乗りまくる。

「よっしゃ!そうと決まれば、さっさと手続きしようぜ」

 ロイがテーブルの上に赤い依頼書を広げる。依頼書には既に『イビリティ・ラ・ベーヌ』の印が押してある状態で、後は本依頼主であるレイアと保護者二人の直筆サインが必要となっているだけの状態だった。

「ちょっと待って、レイアには荷が重すぎる。もしも失敗して死なれたりでもしたら―――」

「暗い現実ばっかり見て楽しいか?そんな性格じゃこれからの人生は何もできないぞ」

 エメリアの言葉はアルベルドの言葉が掻き消す。

「うるさい!何で平気な顔していられるのよ!赤色よ?命の保証が―――」

「お前、少し黙ってた方がいいぞ」

 エメリアの言葉は再び掻き消される。

「黙るのはあんたよ。人を小馬鹿にしたその態度、ムカつくのよ!」

「勝手にムカついてればいいさ。お前と俺は絶対に解り合えないと思うし、だけどこれだけは言わしてもらう………」

 そう言いながらテーブルの上に広げられた赤い依頼書を鷲掴みで取り上げ、エメリアの目前へ突きつける。『イビリティ・ラ・ベーヌ』の印でエメリアの視界を支配する近さ。

「こんな赤紙レベルなんか何枚も経験してんだ。プロの心配なんかしてんじゃねぇ!」

そう言い切ると同時に赤い依頼書はテーブルの上に叩きつけられる。力の強き手で。

「無理なら無理って一生思っていればいいさ。その変わり俺に指図するな」

 エメリアの息の根は止まり静かになる。プロであるアルベルドの圧勝に終わった瞬間。

 この言い争いには何者も口を挟まなかった。怖くて呆然としていたレイアは別だが、その他の大人達は二人の言っていることがどちらも共感できたからだ。心配するエメリアの気持ちも、プロとしてのアルベルドの気持ちも、そのどちらも正しく思えた。特に同じプロとしてのアルベルドの気持ちはかなり理解できた。

「もういい!」

 静まりかえった室内にエメリアの負け惜しみが響き渡る。

 隅に置いてあったゴミ箱を蹴飛ばし、握り拳で壁を殴り、玄関から外へと飛び出ていく。

「あいつ、まるで子供だな」

「お前が言うな」

 ボケではないアルベルドにロイのツッコミが入る。

「すまないが誰か行ってやってくれ。俺は手続きしなきゃいけねぇからよ」

「わかりました」

 若い男の一人が素早く謎の敬礼をしてエメリアの跡を追って飛び出して行く。エメリアを狙っていた他の若い男集からは「クソッ」という、これまた謎の小言が漏れたが女将と親父には聞こえていない。

「じゃあ手続きをするが、ここにレイアと保護者二人のサインを書いてくれ」

 今回の依頼者はレイアとなっていて、本来ならば契約書に『依頼者』と『ギルドの印』の二つが記入されることで契約は完了となるのが通常契約である。しかし今回の依頼者は十歳にも満たない子供ということもあり、よってこの場合は保護者のサインが必要となる特殊なケース。

 可愛らしい字で「レイア・ウェルテスタ」と書かれたすぐ横に、母親であるアーマン・ウェルテスタと、父親であるダリアン・ウェルテスタのサインが追加された。

「これで、よしだな」

 契約の意味を半分も理解できていないレイアであるが、その表情はニコニコとして幸せそうな温かさを漂わせている。

「あれ?」

 そんなレイアが何かに気づいた。不自然な目線はアルベルドの左胸へと突き刺さる。

 ジッと見つめる視線に気がついたアルベルドは半ば恥ずかしそうにして受け止める。

「どうした?何か変か?」

「うん。超が付く変だよ」

 無礼を知らぬレイアの即答に少しショックを受けたアルベルドは髪型、上着、ズボン、靴、更には近くに飾られた鏡で顔のチェックと自らの格好を厳しく確認していく。

「これでどうだ?」

「うーん。まだ変だよ」

「まさか………、靴とか言わないよな?この黄色い靴は喜びの象徴なんだぞ、喜びの上に立って歩いて行くという意味を込めて―――」

「服とかじゃないよ。心臓の所が変なの?」

 黄色が何たるかを語り始めるアルベルドの言葉はレイアの純粋な声によって遮られる。アルベルドの服はかなりのお古で、襟が伸びきったヨレヨレ状態となっていた。

 少しでも前屈みになれば胸元のセクシーが味わえる装備品なのだが、着こなしているのが女でないのが残念。よほどの変人でなければ青年のチラリズムなど嬉しくは無い。

「お金?」

 レイアの突き刺さる視線はアルベルドの胸元でキラリと輝く一枚のメダルへと向けられていた。

「あぁ、これのことか?」

 ヨレヨレ状態の襟に追い打ちをかけるが如く、力強くグイッと下に引っ張って心臓部を見せる。するとそこには、開いた口が塞がらなくなるような光景があった。

 アルベルドの心臓部に一枚のメダルが張り付いている。

 それはネックレスや刺青でもなく、張り付いている状態。

 もっと正確に言えば『埋め込まれている』と、説明した方がわかりやすいだろう。初めて見る光景がそこに広がっていた。

 それは凄く痛々しい光景で、考える時間を奪う上に瞬きや唾を飲むといった生理現象を止める。ロイ以外の者の視線が一点に集中している。

 先程まで馬鹿みたいに騒いでいた大人連中は静かになり、室内に聞こえるのは祭りが行われているイベント会場の爆破音だけとなっていた。

「そりゃ、一体………、何だ?」

 当然の一言を放ったのはダリアンだけ、他の者は寝ぼけた表情で立っている子供と同じ。

「これはメダル。俺はメダリストだからな。もしかして見るのは初めてか?」

 全くその通りだった。皆が初めて見る光景だった。

初めてのメダリスト、子供の頃に学校で『少し齧った程度で教わった』という、ただその程度の情弱脳。

「マジで存在したんだな」

 この世界を創造した全知全能なる神は、暇つぶしという遊び心として数百のメダルを創り上げた。そのメダルの一枚一枚には不思議な力が宿っており、銃や刀といった武器を宿した物から、火や水といった自然の力を操る能力を備えた物まで数多く存在している。

 そんな当たり外れの激しい力を持ったメダルを使いこなす者のことをメダリストと呼んでいる。

 しかし力を行使するにはかなりの精神力が必要で、スバ抜けた集中力が無ければ使いこなす事は不可能だという。

「メダリストなんて初めて見た」

「生だぞ、生!」

「写真撮っておこう!いや、ここはサインか?」

「馬鹿野郎!あまり刺激を与えると爆発とかするんじゃないか」

「そうだな、心臓の上にあるとか危ないよな」

 メダルからは、まるで生きているかの様なオーラを感じる。

 主の心臓と共に鼓動して生きているかの様に………。

「危ないって思ったことは無いな。メダルの原動力って行使する人間の生命力だから、怖くはないぞ」

「いや、その説明だけでも怖いから!」

「生命力?危ないじゃねぇか!」

「命を吸い取るのか?」

「メダルっていう呪いだな」

 軽い反応のアルベルドに袋叩きのツッコミが入る。しかし本人は慣れた感じで聞き流す。

「吸い取るとか、寿命が縮むとか、そういうものじゃねぇよ。メダルは主の生命を感じとって力を貸してくれるんだ。だから最も感じやすい心臓の上にあるし、俺の体は健康だぞ」

 確かにアルベルドの外見は健康そうなもので、ガリガリに痩せていたり、目の下にクマができていたりと不健康には見えない。

 でもそれは外見上なので、内側がどうなっているかは本人以外わからない。よって皆は念の為に距離を置いた。

「おい、馬鹿なことやってねぇでさっさと仕事に戻れ!」

 ダリアンの大きな怒号が飛ぶ。短時間の急な展開に混乱した部下達を静める為の策。メダリストの話はさて置いて、中心にあるのは自らの身内事情だ。関係の無い部下達まで巻き込むのは一人の人間としてのプライドが許さない。

「はいはい、早く会場に戻んな!」

 夫に続き空気を読んだ妻のアーマンが手を叩きながら室内から無理矢理にでも追い出す。

 鬼の夫婦に尻を叩かれた男達が「うおぉ、殺される」や「尻の毛が全部抜かれるぞ」などと言いながら一目散に会場へと戻っていく。そして更に爆発音は大きくなった。

 全員の部下を追い出したダリアンは「さて」と、一呼吸だけ置いて椅子に座る。

「別に俺やアーマンはメダリストだからとか、そんな理由で差別的なことは一切しない。というよりもメダリストなら心強い、本当にこの依頼を引き受けてくれるのか?」

「当たり前だろ。この通り契約は済みましたしね」

 ロイが改めて赤い紙をテーブルの上に提示する。必要なサインは全て揃っていた。

「じゃあ、親父のことを―――」

「言うな。絶対に捜し出す!」

「ありがたい。本当にありがたい」

 ダリアンの目は真っ赤に染まっていた。それほどまでに望んでいた言葉だからだ。そしてそれほどまでに悩んできた心の痛み。抱えていた闇の全てを目の前に立つ二人の青年がブチ壊してくれるという希望がダリアンだけでなく、アーマンやレイアの心を救済する。

「まぁ本格的な捜索は明日からだな。何か少しでも手掛かりは無いか?」

「あぁ、手掛かりなら一つだけある。お前ら、ツインタワーって知っているか?この町のシンボルになる予定の建物だが」

「あぁ、ツインタワーね。未完の塔だろ?」

「片方だけな。あれが完成すれば経済発展の足掛かりになるって言われているが、その前に俺達が死ぬだろうな。反対する住民と市長が真っ向から激突して一色触発の雰囲気が漂っているのが現在の状況」

「その現状も知ってるよ。何か他に無いのか?」

「まぁ、いいから最後まで聞けって」

 話のオチまで待ちきれないアルベルドをダリアンが優しく撫でる。

 撫でられた本人はイラッとしたが、そこはロイが宥めた。

「実は、俺の親父は反対住民の代表をしていたんだが、この町で何かトラブルが巻き起これば親父が動き、そして住民も動く、それほどまでに親父の信頼は厚かった。そんな最中、ツインタワー建造の計画が持ち上がり、誰よりも一番に反対したのが親父だった。毎日のように話し合いの場が設けられ、毎日のように親父は応じていた。そして一週間が過ぎた頃、それは突然起こった」

「行方不明………」

 ダリアンに続いたアーマンの声は小さく、体に似合わぬ程に弱いものだった。

「その市長とツインタワーが怪しいっていうわけだな」

 誰がどこで聞いているかもわからない会話に、ダリアンは周りを気にかけながらも小さく頷いた。アーマンはレイアをギュッと抱き寄せる。

「わかったよ。任せとけ、俺達が何とかしてやるから」

「頼んだ」

 ドタン―――。

 その時だった。強い力で玄関の扉は開かれ、外からエメリアと、エメリアを追って出て行った男が血相を変えて戻ってきたではないか、そして二人の後ろには上下共に黒いスーツ姿の男が立っている。

「お父さん。お兄ちゃんが戻ってきたよ!」

 兄と呼ばれるその男は、エメリアの後ろで不気味な笑みを浮かべる。

 酒を飲んだ後なのか頬は赤く、髪はボサボサで浮浪者を連想させた。

 兄と呼ばれる者の笑顔を見ると同時にダリアンの目つきが豹変したのだが、それとは別にアルベルドとロイの二人が何かに気づいて動いた。

「伏せろ!」

 それは瞬時の出来事。ロイがライフルを構え、慣れた手つきで引き金に力を入れる。

 放たれた弾丸はエメリアとスーツ姿の男の間を見事にすり抜け、遠くの標的へと突き進む。

 室内にはアルベルドの姿は無く知らぬ間に消えていた。

「クソ、逃がしたか」

 弾丸は向かいの家の壁に減り込む形で止まっていた。

 銃を強く握るロイは舌打ちと共に椅子に座り、それ以外の者は呆気にとられて立つことしかできなかった。

(まぁ、アルベルドが追ったなら大丈夫だろ。それよりも………)

 ロイは今一度だけエメリアとレイアの二人を見つめる。

(他の連中は関係無いが、あの姉妹だけ暗い闇に覆われた様な目をしてるな)

 不審な疑問を抱きつつ、机の上にあるワインボトルに手を伸ばした。




 褐色の男はひたすら走る。逃げているわけではなく、一旦作戦を練り直す為の疾走。髪はオールバック、整った顔に黒色の上下、闇に紛れるには素晴らしく適応した服装と言えよう。

 そして目は禍々しく執念深かった。とある主人の命に忠実な部下に『失敗』の二文字は断固として許されない。請け負った命は必ず遂行させる。

 今までもそうしてきた。

 家と家の間にある狭い路地に身を隠し、追っ手の存在を確認する。

 息を殺し、存在感を消し、体勢を低く、暗殺を得意とする忍者のようなそのポーズは慣れたもので、殺しの仕事が初めてではないことを語る。

(あの家は確か、例の老人の―――)

 と、ここで暗殺者は考えることを止めた。それは何者かの気配を近くに感じたからだ。

 そして、気配は自らの方向へと向かってきている。

「そんなに急ぐと転ぶよ。暗殺者さん」

 剣を片手に、アルベルド・ヴァッケンハートは言った。

「心配無用だ。転ばない走り方をマスターしているからな」

 袖の中から手の平へ、小型ナイフを慣れた手つきでスライドさせて暗殺者は言い返す。

「あんまり虐めないでほしいわけよ。俺の大切な依頼人だからさ」

「ほう、ギルドの者か。俺の速さを追ってくるとは、大した奴だ」

「あんたの名前は?職業は?」

「ギルド風情が、職務質問のつもりか?今から死ぬ奴に名乗る名は無い」

「そうかい、そうかい、そいつは残念だねぇ。今からボッコボコにする奴の名前くらいは覚えておきたかったんだけど」

 暗殺者はニヤッと笑う、一本の小型ナイフを構えた状態で。

「死ね」

 ナイフは投げられた。弧を描くことも無く、速く、それでいて一直線に飛ぶ。街灯の少ない暗闇の路地裏では相手の顔を拝むのが精一杯の状態であり、相手の飛び道具など回避するのは『絶対』が付く無理なものである。

 それでもアルベルドは慌てることもなく、ただ余裕に首の骨を鳴らす。そして避けた。

(避けた、だと?)

 それは綺麗に、無駄な動きなど無く、ただ投げられたナイフのみを回避する為だけに必要なエネルギーを使い、受け流す。

 これまでの『絶対』ルールが通用しない相手、その相手からの後攻が始まる。足下に捨てられた空き缶を暗殺者に向けて蹴り飛ばすと同時に自らも動く。缶の中身は空ではなく、微量の液体が入った状態。

 少々の重みを備えた缶は中身の液体を撒き散らしながら暗殺者の目前へと迫る。

「ゴミは人に向けて捨てるものではない」

 当たり前の説教を混じらせて暗殺者は前屈みになる。その上を缶が舞う。

 暗殺者が二本目のナイフを取り出す。慣れた動きでそれを投げる。

 腕だけを動かし、他の部位は微動たりとも動かさない、投げたと同時に暗殺者も前進する。

「遊んでやろう」

 その言葉は余裕の意味が込められている。時は対峙してから三分も経過していない、しかしアルベルドは見下されている。最低の評価をされてしまっている。

「余裕なのも今の内だ」

 アルベルドの後方では空を裂いた二本目のナイフが壁に突き刺さり、暗殺者の後方では飲みかけの缶が鈍い音と共に地面に落ちた。

 ギーン―――。

 長さの違う刃を交えながら両者は激突する。ギギギと、力の押し合いが始まる。

「なかなかの腕前だな」

「その上から目線やめろ」

 アルベルドは両手で剣を、対する暗殺者は片手で三本目のナイフを持つ、片手の空いた優勢な暗殺者が四本目となるナイフを取り出すと、それをアルベルドの脇腹へと走らせる。最悪の結末を思い描きながらも、アルベルドは危機が迫る側の片足を上げて、ナイフを靴底で受け止めた。

 靴底には鉄板が仕込んである仕様で、並の弾丸であれば防げる強度だ。

「危ねぇ」

「よくも動けるものだ。それは若さだな」

「死線を潜ってきた数なら百に近いよ」

「それは凄いな。だが遊びは終わりだ。本気で殺す!」

 ゾワッとした脅威がアルベルドを襲った。直感的に『ここは退かねば』と、今までの経験が物語る。自然と足が動き、後退し、そして背中は何かに衝突する。

ゆっくりと後退した先にあるのは壁だった。結果的に足は止まった。

「ヤバいな」

 勝手に漏れた一言が事態の深刻さ、劣勢のレベルを示していた。

 一瞬の混乱状態で殺気に包まれた暗殺者を見ると、その両手にはナイフは所持されていなかった。

(何でナイフが無い?)

 その答えを出すのに時間はかからなかった。後方に回避先を作ろうと思い、一旦壁から離れようとしたその直後に違和感があった。

 いつの間にか上着が二本のナイフによって壁に縫い付けられている。

「終わりだな」

 最後のナイフをアルベルドに向けて全力で投げつけた。

 狙ったのは額一点のみ、向かってくる得物を前にアルベルドの視界はスローになる。しかし脳内に走馬灯は流れなかった。暗殺者は勝利を確信する。

 そしてアルベルドに対し背を向けて瞼を閉じた。

 耳を澄ませて音に集中したのだ。今までもそうしてきた。

 残酷なシーンは目に焼き付けるものではないプライドがそうさせる。

 残酷なシーンは最期の音で耳に焼き付けるものであると、ただナイフが突き刺さる音だけを楽しむのだ。今まで葬ってきた者にも同じ様なことをしてきた。きっと今回の挑戦者も同じ音を奏でるのであろう。そう信じていた。

 カツン―――。

 でも、違った。異音がした。暗殺者は自身の耳を疑いながら振り返る。

 それは優勢であった者の顔が歪んだ瞬間。絶対の自信を持つ者の顔ではなかった。

「まぁ、次から次へと、よくも投げてくれやがって」

 最後のナイフは壁に突き刺さっていた。アルベルドは上着を脱ぎ捨てて回避しており、目の前でピンピンと元気にしているではないか。

「まさか、何故に、生きている」

 今度は暗殺者が後退を始める。愕然とした状態で一歩、また一歩と後退したその時、激痛が襲ってきた。眉を歪める程に太股の辺りから来る激痛の正体は切り傷だった。

 血は滴り、地面を汚す。あまりの激痛により、暗殺者は長き混乱状態に陥る。

「さぁ、何故でしょうね」

 ガツンとした一撃が暗殺者の頬を抉る。衝撃で吹き飛んだ体は仰向けになり思考停止となった。

「さて、終わりなのはどっちでしょうか?」

 剣を携えた影が迫りくる。

「終わってはいない!」

 ポン―――。

 乾ききった可愛い音と共に眩い光が視界を遮る。

 咄嗟にアルベルドは動きを止め、その場で身を低くした。

 耳は生きているようで遠ざかる足音だけが聞こえる。

「クソ野郎が、ベタな逃げ方しやがって」

 どうすることもできないアルベルドは、悔しさの雄叫びを上げることしかできなかった。

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