一枚目・その者、剣のメダリスト
ガッシュ、ガッシュ、という大きな音を立てて走る蒸気機関車。
向かう先は爆弾専門で有名な炭鉱都市・ゴリムクラムディ。
機関車の中は爆破依頼の申請手続きをする為の者や、年に一度の祭りを観に行こうとする者で満員の状態となっている。
そんな中に前者と後者とは無関係な青年が二人居た。
一人はアルベルド・ヴァッケンハートという、肩まで伸びた白い髪に赤眼、白色のジャケットに内側は黒いシャツ、下は紺のジーパンを穿いた普通の青年。
おまけにファッションが合いそうにない黄色の靴を履いている。
そしてもう一人はロイ・ローヴィックという、茶髪に金の眼を持ち、緑のシャツに下は黒いズボンの不機嫌中の青年。
そんな二人はテーブルを挟んだ状態で向かい合って座っている。
「食べないのか?冷めるぞ?」
アルベルドとロイの目の前には茶色の紙に包まれたボリュームたっぷりのハンバーガーが朝食として置かれていた。パンに挟まれているのは一センチ超えのジューシーな肉、肉厚のトマトと細かい刻み玉葱。それに新鮮なレタスが一枚に決定打となるマスタードとケチャップを混ぜた特濃ソース。腹ぺこ者ならば文句の一つも出てこない一品なのだが、ロイは不機嫌にそれを見つめていた。
「こんなのじゃ駄目だ」
ロイの呟きが、今まさにハンバーガーを口に運ぼうとしたアルベルドの両手を止める。
「何が?」
「朝食がこれじゃ駄目だろ!」
不機嫌の理由はたったそれだけのことだった。
「何故に朝から重い物を食べなきゃならない?朝は軽い物が当たり前だろ?それにだ………」
一車両全体に聞こえる声で文句を垂れ流し始めたロイを、アルベルドは黙って見つめる。
そして黙々とハンバーガーを食べ終えた。
「じゃ、貰うよ」
バシッ―――。
アルベルドが伸ばした手をロイがビンタで弾く。
「なんだよ。やっぱり食うのか」
「文句は言うが食べないとは言ってないだろ」
確かに一理あるが『面倒な奴だな』と、一部始終を嫌でも聞かされていた乗客全員が思う。
「お前、結婚しても直ぐに離婚するタイプだわ」
「勝手に言ってろ」
窓の外には山しか見えない。それも異常な形の窪みができた山々が続いている。
外の空気を吸おうと完全スライド式の窓を上へスライドさせ、アルベルドは胸いっぱいに空気を吸い込む。胸いっぱいに吸い込んだ後は無邪気な子供みたいに、頭を外に出しては風を豪快に肌で感じる。そんなアルベルドをロイが「出すな」と、一喝し無理矢理に引っ込める。
「なぁ、後どれくらいで到着する?」
「そうだな………、多めに見て二時間ってところだな」
ハンバーガーを食べ終えた手を自らのズボンで拭きながらロイは答えた。
「長過ぎ、暇過ぎ」
欠伸混じりのアルベルドを横目に、ロイは大きな地図をテーブルの上に広げる。
地図の端には大きな字でブロスフィア帝国と書かれており、一部分だけ赤いペンで丸い印が付けられていた。その部分こそが今回二人が向かっている、炭鉱都市・ゴリムクラムディ。
長年の歴史あるその町は、炭鉱採掘として栄えてきたところ。
ゴリムクラムディでしか採掘できないマーメイドという名の天然石があり、帝都ブロスフィアへ高く輸出する為の大切な資源である。
「女っていうのは、こんな石のどこに惹かれるのかね」
ロイが人差し指だけを使いコロコロと弄ぶのはマーメイドの欠片。欠片には亀裂が入っている上に、形が残念過ぎる。加工もできず売り物にもならないだろう。
「男には到底わからないだろうな。つーか、宝石に興味は無いね」
「そりゃそうだな」
ゴリムクラムディは炭鉱採掘として栄えてきた町。
だがそれは百年も昔のことで、今のゴリムクラムディを支えているのは爆弾技術である。
炭鉱で採掘できる特殊な石を細かく砕き、それを火薬に混ぜることで通常の五倍もの威力を誇る爆弾の開発に成功したのだ。その爆弾の前ではどんな強度を誇る壁も紙切れ同然の扱いとなる。
「でさ、今回の仕事ってどう思う?」
「うーん。ガセっぽいな」
アルベルドとロイの二人は帝国が認めた正規ギルド、『イビリティ・ラ・ベーヌ』に所属する人間。ギルドとは帝国が処理仕切れない裏仕事や、小さな仕事を遂行する組織。
毎月手配される軍からの仕事依頼に受領印を押して、そこで初めて仕事の契約となる。
仕事と言っても怪しい噂の解明や軍の手伝いといったものがほとんどで、中途半端なものが大半だ。大事なところは軍に全て捧げなければならない。
「まぁ、そうだよな」
机に広げられた地図は窓からの強風によりバタバタと暴れる。
ロイから窓を閉めるように促されたアルベルドが窓を閉めて施錠したところで、ありがたい説明が始まる。
「一度しか言わないからな?」
ロイから強く忠告され、首を縦に三度も振りながら応える。
「今回の依頼は赤ランクだ」
依頼の危険度は依頼書の淵の色によってある程度の把握が可能となっており、危険度が高い方から順に黒、赤、黄、緑、青といった色合いになっている。
今回のランクは赤色。危険度は高く、命は自己責任レベルのものだ。
本来ならばそんな赤ランクの依頼など受領しないのだが、そんなことなどアルベルドには関係無い。命の安全よりも喰い付いたのは内容の方だ。
「『神の力の謎を暴け』か」
アルベルドの呟いた言葉、それが依頼書のタイトル。
気になる内容は次の通り、
『誰でもいいから助けてください。神様に会いに行ったお爺ちゃんが帰ってきません。きっと牢屋に閉じ込められています。町のみんなで助に行こうとしましたが『勝てる相手じゃない』と、そう言って誰も助に行ってくれません。私はお爺ちゃんが大好きです。優しいお爺ちゃんがとても大好きです。まだまだいっぱい遊びたいです。だからお願いです誰でもいいですからお爺ちゃんを助けてください。お願いします』
お世辞にも綺麗とは言えない字で書かれた依頼書は幼い子供のもので、依頼書の裏にはレイア・ウェルテスタと名前がある。
「これが赤ランク………。たぶん軍の上層部は、ゴリムクラムディを拠点の一つにしている『奴ら』が、絡んでいると思って赤色にしたんだな」
ゴリムクラムディを拠点にしている『奴ら』とは、反組織のことを指す。
帝国に不満を持つ者が結集した組織が反組織。その者達のことを帝国は『キャンセラー』と呼んでいる。近年、キャンセラーの行動は活発になってきており、キャンセラーによる事件での年間の死者数は百人を超える事態になっている。
帝国軍は何としてもこの事態を食い止めるべく、血眼になって拠点を潰しているのだが、蜘蛛の子のように散った反組織の前では全く効果は無く、それどころか増える一方である。
「キャンセラーか、やっかいな相手だよな」
でも、とロイが呟いてアルベルドの方を見る。正確には依頼書の裏面の字を見た。
裏面には同じ様な汚い字でこう続いている、
『神様は死者を生き返らせる力を持っています。気をつけてください』
軍は気にしていないようだが、二人はこの内容に惹かれた。
「もしも、これが禁断の力だったら?」
「真実に辿り着けるかも………、だな」
二人の青年はニタァと笑い合う。次にタッチを交わして声を出して笑う。
その光景を畏怖の念を抱きながら見つめる周りの乗客はビクビクしながら困惑する。
「あの、お客様、申し訳ありませんが他のお客さまの迷惑になりますので………」
注意してきたのは新人清掃員の男。初注意となる彼は勇気を振り絞ったに違いない。
そんな彼を称えながらも二人の青年は大人しくなった。
「すまねぇ、凄く嬉しいことがあったからさ。気を付ける―――」
ドン―――
謝罪するロイの言葉は前方車両から響く一発の銃声によって遮られた。
前方車両から飛んできた弾丸は新人清掃員の腕を貫通し、後方の壁へと深く食い込んだ。
騒然となる車両、それは最悪の状態だった。
誰が説明するまでもなく蒸気機関車はジャックされたのだ。
前方からガツン、ガツン、という鉄の音が聞こえてくる。
「あぁ、誰かに当たったか?」
前方車両から姿を見せた人物は明らかなジャック犯だった。
言い逃れのできない一言と、言い逃れのできない凶器を片手に所持している。
「さぁ、この乗り物は現時点で俺様が乗っ取った!人質になりてぇ奴は居るか?」
男の両脚は鉄製の義足で、ガツンという音はそれが原因だった。
「テメェか?それともテメェか?」
男が一人一人に銃口を向ける度に悲鳴が上がる。それが楽しいようで男もエスカレートしていく。その光景はまるで戦隊モノのヒーローショーで悪者が子供に近づいて悲鳴を上げさせているようだった。
「おい、あんた血が酷いぞ」
他人事の様にアルベルドが倒れた新人清掃員を見る。
「そこのお前、こっちに来い!」
ざわざわとした悲鳴だけが上がる車両内で言葉が上がるのは非常に目立った。
ジャック犯はアルベルドを指名した。
「お前が人質だ。こっちに来い!」
「お前が来いやボケ!」
即答の反抗に周りの乗客は『こいつ馬鹿じゃないのか』と、唖然となった。
「坊主、いい度胸だな。もう一度だけ言うぞ?こっちに来い」
ジャック犯の優しい言葉は最期の忠告を意味していた。
しかし、それに気づかないアルベルドは見下したような態度で踏ん反り返る。
「仕方ねぇな、行ってやるよ」
アルベルドはそう言い放つと左手を心臓部に当てた。
次の瞬間、左手と心臓部の間に強く眩い光が生まれる。
「お、お前、もしかして………」
やがて光は静まる。そして左手には一本の剣が存在していた。
「メダリストだったのか………」
「うん。そうだな」
ジャック犯が大きなアクションで銃口をアルベルドに向ける。
その瞬間、決着はついていた。ジャック犯の持つ銃の先端は鋭利な剣によってスパッと綺麗に解体されていた。何が起こったのか、それは誰にもわからない出来事だった。
瞬きをした者は完全にわからず、瞬きをしていない者ですら完全にわからない。
それは誰にも説明のできない力だった。銃を解体されたジャック犯は呆然とすることしかできず、アルベルドはその真後で余裕の表情を浮かべて立っていた。
「まぁまぁ………、かな」