第一章《8》
『オレ、勇者。わかる?勇者なわけ。で、あんた魔王なんでしょ?オレに負ける役。魔王は勇者に負ける。勝てない。これ常識だよね。オーケーオーケー楽な仕事だよね。あんた倒したらさ、国でかわいいお姫さまと結婚すんの。お姫さま、かんわいいの。でもさ、オレ勇者じゃん?モテるんだよね!モテモテなの。かわい子ちゃんたちがさ、勇者さまステキー!ってさ!もうハーレムだよね!あんたモテなそうだし、うらやましいっしょ。魔族にもさ、かわいい子ちゃんっていんの?あんた倒したらオレもらっちゃうね!いいっしょ、魔族だし。もうきっとさ、勇者さまってかけ寄ってきたりしてさ!うはうはだよね!だからさ、オレのためにさっさと負けてくんね?魔王だって言われてたってしょせんテキじゃないっしょ。そう言われたし。簡単だからって。オレ、イタイのヤだし、顔にキズついたら世界のソンシツじゃん?女の子泣いちゃうし、オレ罪な男だからさ。そうだ、魔王さ、オレの下僕なれば?そうしたら倒さないでやってもいいよ?腕イタイっしょ?勇者ってさ、魔王倒してばっかだけど従える勇者ってちょー新しくない?さいこーだよね!オレ勇者だし!ほらひざまづきなよ、勇者さまの前だよ?ほらオレってさいきょーの勇者だし!いやオレってやさしいよね~』
『黙れクズが。ざけんなよくだばれ』
『落ち着け!ルガシオ!』
『邪魔すんな。安心しろ塵も残さん。離せカベル…』
ルガシオの記憶を水面に映る映像付きで見せてもらった藤色は無表情だ。
石像は背面が西洋の棺桶のような形で、青年だろうヒトの上半身のみが乗り出すように前面に出ている。下半身は棺桶の中だ。
横から見ていた笹木は石像と水面に映る映像、そして抱えている切り落とされた両手たちを何度も見ている。
「あの、ひとまずなんですけど」
「なんでしょう、ササ様」
ルガシオの目をまっすぐに見た笹木は、視線は反らさず石像を指さした。
「ぶっこわしていいですか」
「修復するのでいくらでもかまいません」
「なんで直すんですか!砂利にして山に捨てちゃえばいいのに!」
「陛下の恩情で生きたまま石になるという軽度の罰を受けているのでございます。しかし、いくら石である身を破損させ、修復されたとしても、痛みといったものは蓄積されるものでございます」
うっとりと凄絶な笑みを深める。
「すべてはいつかのために」
いつか石化が解け、ヒトに戻った時に、この身に燻り続けるものが晴らされることを今から心待ち遠しくて仕方がない。
「ですが今は陛下が呼んでおりますので、また後日にいたしましょう」
「せめて指一本っ!」
顔を上げた藤色は真剣な顔でルガシオの方を向いた。す、とルガシオが向き直る。
「ルガシオさんって実は見た目より若い?」
「藤色さん!?今までそれ考えてたの!?」
がっと藤色の肩を掴んだ笹木に、はっきりと頷く。それ以外に何があると言わんばかりだ。
「石像なんていつでも壊せるよ」
「今!壊したい」
「一度に全部壊すくらいなら、私は削る」
「け、削る?」
「生きてるんでしょ?なら、生命活動に影響のないところを集中して破壊して、戻った時に精神ダメージを喰らえばいい」
「…具体的にどこ狙うの」
「髪。頭皮。毛根死滅するくらい、削る」
勇者なのだからきっと痛みに耐えられるだろう。痛みも落ちつき、自分の姿を確認できるようになったとき、自慢そうにかきあげていた金髪が無くなっていれば、どんな気分だろうか。ない!と叫ぶか。絶望するか。怒り狂うか。何にせよ笑ってやろうと藤色は決めていた。
「陰湿だ!スキンヘッドの勇者はイヤだ!て言うか勇者が大嫌いになった!知能ガキじゃん!」
「笹木さんはどうしたかったの?」
「腰狙うの」
途端に笹木は真顔になった。
「?」
「釘を胴回りに打ち込んで真ん中から折る」
他意はない。ただ破壊するには折りやすい腰がよかっただけだ。
「…じゃあ夜にやろう」
「なんで?」
「丑の刻参り」
「よしやろう!でも釘あるかな」
「ヤスリもね」
「やっぱ削るの?」
「もちろん当たり前。これをヤらずして何をヤれと?」
「藤色さんが変な方に情熱をかけだした!」
「ヤんないの?」
「ヤる。」
期待を込めてルガシオを見やると、素晴らしい笑顔で、用意いたしましょうと頷いた。
目尻に涙が浮かんでいるので、笑いを噛み殺していたようだ。
「ルガシオさん歳は」
「藤色さん忘れてなかった!」
「陛下と変わらぬくらいでございます」
お恥ずかしながら、と目元を染める中年に、思わず吐血しかかった。
「どうしても老けて見えるようでして。苦労が絶えないせいでしょうか…」
「ひっ。藤色さんの目が狩人の目になった!ルガシオさん逃げて!」
「臨むところです」
「実は狙ってた!?」
肉食獣同士の笑顔の宣戦布告を間近で見てしまった草食獣よりの雑食動物は、オロオロしている両手をわし掴むと安全圏であろう魔王の元へと逃げ出した。
道案内は両手が務める。