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ゴミ箱の世界  作者: 吉叉
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第一章《3》


 カベルネの腕に掴まり立ち上がると、シンプルなワンピースを着ていることに気づき、摘まんでまじまじと見てしまった。

 肌触りのいいシルクのような布であるのに、縫い目がない。

 肉もない。


 ガッと自分の腹部に手をやり触りまくる藤色にカベルネが一歩退いた。しかしすぐに何をしているのか思い立ったのかくすくすと笑う。


「肉がないんですが。いやあるんですけどないんですが。限りなくないんですが。皮と骨と筋肉…?」


「うん。そうだね。落ちた体力はこれからとりもどそうね」


「は?」


 弛んでいた脂肪が、段になっていた腹が、しつこい太ももと二の腕の肉がごっそりなくなっていた。


 カベルネ曰く、眠っていたからだと。


 いったいどれだけ眠っていたらここまでになるのか。藤色の顔にありありと書かれていたのだろう。カベルネはひとつ頷いくと、こう言った。


「5…年も寝ていたからね」


 目を見開いた藤色は、すぐに眉間に皺が寄った。自分の両腕をよく見て、首に触れ、足首を確認する。


「点滴の痕はないですよ」


「よくわかるね」


「子供の頃は病院三昧でしたから。診察入院点滴レントゲン検査、し慣れました。看護師さんたちには完璧に名前を覚えられてますし、レントゲン技師のおじさんとは仲がいいです。病院行く度また来たの、と言われます。また来ちゃったんです!ごめんなさいね!」


 肩で息をする藤色を宥めていると、カベルネはす、と部屋の入口の方を向いた。

 入口には扉がなく、壁は白い。左を見れば藤色がいた寝台の奥に窓があり、庭らしきものが見えた。右を見れば同じような寝台がもうひとつあり、綺麗に整えられてある。

 他にはこれまた白いソファーがあり、どれだけ白が好きなんだと呆れてしまう程だ。

 魔王なら黒だろ。黒に赤。真紅もしくは赤黒い感じでシックなのも有りか。


「藤色さんの匂いがする!」


「黒に青も有りだよね」


「え?あり、じゃない?」


「黒に黄色は?」


「どちらかと言えば金色かなぁ」


「じゃあピンク」


「かわいい」


「そっか」


 悩みだした藤色に、静かに待っていた笹木はハッと我に返った。


「何の話!?」


「笹木さん久しぶり〜」


「うん、久しぶりだけどさ」


「うん」


「…あの、ねえ藤色さん?藤色さーん。無視やめて!いや無視してないのかもしれないけどこっち見て!?言うことあるよね!ここどこ!?とか。なんで私が!?とか。魔王って何!?とか。なんで何年も寝てるの!?とか。匂いって何!?とか、笹木さん小さくなってる!とかぁ!」


「よくも道連れにしてくれたな!」


「そこ!?今そこ!?」


「若作りした?」


「してない!」


「笹木さん、確かに10代からすれば20代なんておばさんだけどね、過ぎた時間は戻らないんだよ?」


「憐れみの眼差し向けられた!?してないからね!若作りなんてレベル以上に若返ったけど!過ぎた時間は戻らないのはほんとうだね!私たち人間辞めたからね!」


「…は?」


「あ、藤色さん戻ってきた」


 静けさが戻ってきた瞬間カベルネが噴いた。それはもう息ができないのではないかというほどの大爆笑だった。

 10分ほど笑い転げていたカベルネは苦しそうに息をしながら立ち直ると嬉しそうに笑みを浮かべた。その目尻から溢れた涙が流れていく。


「いいね、最高だ。最高だよ、トトイラ」


「?とといらってなんですか?」


「ん?そうだね、『孫』に一番近いかな」


「孫?」


「因みに親はここです」


 そう笹木が指差したのは、心臓のある場所。


 脳裏にフラッシュバックしたのは白い草原に白い男の人。笹木もいて、白い少女もいた。彼らはなんと言っていた?



―…ここに、ぼくらは生きる。



 ここに。そう手が添えられたのは、心臓だ。



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