第一章《2》
全てが白い、草原に立っていた。
空も木も草も土も白くて、形作る線だけが灰色。
左隣には笹木がいて、ぽかんと口を開けたまま辺りを見回している。あれ、と笹木をよく見ると違和感に気がついた。
笹木も白いのだ。
薄ピンクだった制服もジーンズも、黒かった長い髪も、肌も瞳も、周りと同じように白くてなっている。まさかと自分を見て、同じだと息を飲んだ。
―…気にするな。
はっと右隣を見ると人がいた。
背の高い、同じように白い人。顔は見えないが、男だとわかる。
―…害はない。一度、色を落とすだけだ。
―…色を?
音のない笹木の声に、そちらを見ると笹木の奥に白い少女がいた。やはり顔は見えないが笑ったのはわかった。
―…そうだ。色を落として、入れ換える。色が残っていては、巧くいかない。
―…なぜ?
―…ふたつの色は、上手く混ざらない。
―…何も全部の色を落とすんじゃないよ?必要な所だけだから。
―…必要って、なんで。
―…ぼくらが、混じるため。
白い男の手が胸の、心臓の位置に添えられる。笹木も少女の手が心臓の位置に添えられている。
―…ここに、ぼくらは生きる。
カッと心臓が熱くなり、周りの白が輝くように意識を染めていく。
完全に意識が白くなる寸前、彼らの顔が見えた。
ああ、なんて綺麗に、優しく、柔らかく、温かく微笑うのか。
―…はじめまして。会えて嬉しいと思う。
―…いらっしゃい。楽しみにしてたの。
―…ぼくらの ラティロ
「…あ」
「おはよう。気分はどうだい?」
優しい色の瞳に、なぜか涙が溢れた。この瞳を知っている。そう藤色は思った。
「ササは先に起きているよ。話をしていたら君の名前を叫びながらパニックになってしまってね。詳しくは君が目覚めてからということになったんだ」
長い髪は引きずるほど長く、肌は青白い。そしてなにより。
「で」
「うん?」
「でかっ」
その身長。
ゆったりとした黒い服を着ているのも大きく見える原因だろうが、それがなくても大きい。 2.5メートルは軽く越えている高身長。それに見合う鍛えられた肉体は壁のようだ。
きょとんとした表情は幼く、鋭い顔つきからは想像もできないくらい柔らかく笑う。
「大丈夫?」
「はい」
「ササを呼ぼうか」
「ササ、って笹木さんですか?」
そうだと頷くと、男は恥ずかしそうに苦笑した。
「長く生きてるというのに、うまく発音できなくてね。ササと呼ばせてもらってるんだ。キミのことは、どう呼んだらいいかな」
外見年齢は30代だというのにどうしてこう仕草や表情が可愛いのだろう。
ガン見する藤色にオロオロする様さえ可愛らしい。
「私は藤色です。ふじいろ」
「フジェイロ?」
「…ふじ」
「…フジェ」
俯いて赤くなった顔を隠そうとする。藤色は一度ガッツポーズをすると、深呼吸をした。
「かわいいんですけどかわいいんですけどかわいすぎるんですけどお兄さん」
「かわいいって何?お兄さんって言われるほど若くないんだけど…あー。俺はカベルネ・ソーヴィ。魔王をやっている」
赤い顔を険しくしてそっぽを向くのがまたかわいいとなぜわからないのか。藤色は思いっきり笹木の名を叫びたい気持ちをぐっと抑える。
彼女ならば理解してくれる。しかしその前に気になる単語を聞いた気がした。
「まお…?」
「まあ話はササと一緒にしよう。前もって言っとくけど、世界征服とか魔物の暴走とかどこかの姫を拐ったりとかしてないからね。あ、キミ達を誘拐したのは俺だけど、深くはない理由があるから」
「深くはないんじゃん。てかそれ全部笹木さんでしょう」
「まあまあ、ね?」
肯定にしかとれない苦笑に、流石は笹木さんだとひとつ頷いて藤色は寝ていた寝台から足を下ろした。すかさずカベルネが腕を差し出す。
差し出された手を取ろうとして、藤色は目を見開いた。
「ごめんね、腕に掴まってくれるかな」
カベルネの袖口から先にあるはずの手が、存在しなかった。