きみへの贈り物
プロローグ
境遇も、性格も、全く違う三人。
まだ一〇歳の彼らに、何が分かるというのか。
いや、むしろ敏感に感じているのかもしれない。その純真な心で…
第一章 桜木一人 [さくらぎ かずひと]
「え、最新作!?」
五年二組の教室は、ゲームの話で持ちきり。「ミラクル・クエスト」の最新作が、今日の一時から発売。
集めたカードを、ゲームに使えるんだって。おもしろそう。
家に帰るとすぐ、公園に行った。いつもの二人が、待っている。
村上くんは、もう手に入れただろう、ドラえもんがいると思うぐらい、万能な家だから。
村上君が飽きるまで遊んだ後、ぼくたちにゲームが渡される。
クリアできれば、たくさんやらせてくれる。できなければ、仲間外れに。
村上くんと仲良くなれば、お菓子やおもちゃをくれる。従えば、だけど。
村上君のお誕生日パーティーの時は、夢のようだった。シャンデリアなんて、初めて。
「桜木、お前の番だ」
ゴミでも渡すかのように、ぼくにゲームを渡す。
「はいっ」
最近はおかしくなってきた。敬語まで使うようになったのだ。
生まれつき器用だったから、いつもクリアできる。今日も、どんどんポイントをためていった。
「いいぞ、いいぞ」「後でお菓子をやるからな」
大人のような口調で、村上君が叫ぶ。
その時だった。
ドン。
堺君が、階段から突き飛ばされた。泣き声が聞こえてきた。
「おれのスケボーに、触るなぁ!!!」
ウイングⅢ。村上君の宝物だ。指一本触らせてくれないから、「禁断のスケボー」と呼ばれているぐらい。それに、堺君が触れたのだ。転んで、ハンドルにおでこをぶつけたらしい。
「お前、お風呂もろくに入っていないくせに、菌がつくんだよ!!」
その時。ぼくのおなかのあたりから、マグマのようなものがわきあがっていた。
お母さんもお父さんも事故で死んでしまった堺君は、おばあちゃんと二人で暮らしている。
「ネンキン」とか、「セイカツホゴ」とかをもらっているらしい。でも、家はぼろぼろで、
塾で習った「サイテイゲンノセイカツ」とかいうやつかな。
その苦労は計り知れない。神様はいないんじゃないかと思うぐらい。
公園ぐらい、みんな平等に遊べばいいじゃないか。
「お前のペットじゃねぇんだよ、俺たちは!!!」
半分泣き声になっていた。許さない、絶対に。
ふと、ゲーム機が目にとまった。これだ。これさえなければ…
いや、ゲーム機だけじゃない。スケボーも、お菓子も、村上の家も、村上も…
気がつけば、ゲーム機をたたきつけ、スケボーを何度も踏み、村上に殴りかかっていた。
そして、スケボーを振り上げると、振り下ろし…
「やめろおおお!」
ぼくの手は、がっしりとつかまれていた。細い手に。
「堺君!!!」
「お願いだ、村上を責めないでくれ、お願いだ…」
嗚咽が混じっていた。
村上君の目が、血走っていた。ぼくは、最高の恐怖を味わった。
「どうしたの、そのアザ。」
「階段から落ちちゃった。バナナで滑ったんだよ、マンガみたいに。」
「ウソ、バナナで!? 兄ちゃん、ダサッ!!」
「なんだとぉ!?このいがぐり弘樹め。」
何事もないように、ごまかせた。
それからというもの、ぼくと堺君はゲームができなくなった。それでもいい。
堺君とかけっこやかくれんぼをするのも楽しい。もちろん、あの公園で。
家で弘樹と遊ぶのも楽しい。まあ、ほとんどけんかだけど。
新しい拠点を見つけたらしく、村上君を学校以外で見かけることはない。
でもある日、ぼくの家の前を、村上君が通った。
「ウイングⅣ」に乗って。
大きくWを描いた村上君。満足げな顔。機嫌が良さそうだった。
その時までは。
第二章 村上 爽太 [むらかみ そうた]
待望の最新作、ウイングⅣに乗って、その坂をジクザグに下る。
あれは、桜木の家か。小さいな。
まあ、堺の家は、「お化け屋敷」だから、こっちのほうがましかもな。
おれの父さんは、「村上光学機器」の社長。
おれの家は、みんなのいう「豪邸」。
鍵が、指紋認証だぞ。エレベーターとエスカレーターがあるんだぞ。
今まで何人もの人にそう言ってきた。
それにしても、庶民って馬鹿だよな。お菓子の一つで、手下にできる。
馬鹿、馬鹿、馬鹿…
「馬鹿っていう奴が馬鹿」っていうけど、おれのことなのかな。
急に、そう思えてきた。惨めになってくる。
おれ、この家に生まれてきてよかったのかな。
代わりに、堺が…
そのとき、おれの目の前が真っ暗になった。
何かに激突した。そんな感触があった…
頭の中で、虹色のようなものがうごめいていた。
数分後、おれはベッドの上にいた。ドラマでそんな展開、ありそうだな。
父さんと母さんが、泣いていた。
「爽太、生きてくれたんだね、爽太…」
おれはあのとき、車にはねられたらしい。思い切り、頭を打ったらしい。
三日間も、生死をさまよっていたらしい…
「爽太、生きていてくれてありがとう、爽太…」
ありがとう。
なれない言葉だった。おれは友達に、「ありがとう」と言われたことがなかった。
お菓子をあげても、固まったまま受け取られた。
おれも、ゲームをクリアしてもらった時、「ありがとう」と言わない。黙って奪い取るだけだ。
隣の部屋で、親子が歌っていた。
ありがとうって いいことば
ありがとうって いったなら
ともだちひとり ふえるんだ
しんせつをを されたなら
ありがとうって いうんだよ
それがたとえ うれしくなくても
ありがとうって いわないと
ともだちは できないよ
しんせつの きゃっちぼーる
ありがとうの きゃっちぼーる
おれの目から、なみだがこぼれはじめた。
『お前のペットじゃねえんだよ!!!』
おれはキャッチボールをしていなかった。それどころか、ボールも持っていなかった。
おれは、なんてひどい人間なんだ…
泣き続けていた。
「わかってくれたなら、いいんだよ」
桜木! 堺! 見舞いに来てくれたんだ…
「おれたちも、村上と楽しくやりたいんだよ。お金のこと抜きでさ。」
二人は、おれを、見捨てなかった。
「最初は、大嫌いだと思ったけど、無理に張り合うこともないと思って」
「ありがとう…」
三人で、泣いていた。うれしくて…
ありがとうって いいことば
ありがとうって いったなら
ともだちひとり ふえるんだ
しんせつをを されたなら
ありがとうって いうんだよ
それがたとえ うれしくなくても
ありがとうって いわないと
ともだちは できないよ
しんせつの きゃっちぼーる
ありがとうの きゃっちぼーる
やさしいメロディーが、耳に入った。
その時。
「爽太君ですが、脳に大きな腫瘍があります」
地球が、オセロのように一八〇度回転した。
第三章 堺 純二 [さかい じゅんじ]
「村上くんは、手術のため学校を一カ月休みます」
井上杏子先生が、暗い声で言った。
みんな、悲しそうにしてる。
脳に「しゅよう」ができた。しかも、手術の成功率はほぼない。
悔しい、悔しすぎるよ。せっかく仲直りしたのに。
悲しさが、こみ上げていた。たえきれないよ。
しかも、ぼくと桜木くん以外のみんな、満面の笑顔。
「バチが当たったんだよ」
「でしゃばってるからな」
ぼくが一番ムカッと来たのは、この一言。
「死んでしまえ」
人の命を、何だと思っているんだよ。確かに、村上君は性格が悪かった。でも、反省してるんだよ。
ぼくの家は貧しくて苦しいけど、村上君のほうが千倍苦しいよ。命が危ないんだよ。
いくら事情を知らないとはいえ、ひどすぎるよ。
涙が、あふれてきた。祈るしかない。
手術が、成功しますように。
村上君の病気は、今流行しているらしい「医療ドラマ」のスーパードクターでもかなり難しいらしい。
成功したら、それは「奇跡」らしい。
奇跡って、人が願わなければ、起きないんだって。
ぼくはいつも、願い続ける。
ついに、手術の日がやってきた。その日は、皆既日食。
二~三十年に一度の、特大イベントらしいよ。
「皆既日食のとき、不吉なことが起きる」とおばあちゃんから聞いたとき、ぼくの心は沈んだ。
ぼくの心が沈んだことが、奇跡を信じていないようで、もっとぼくを暗くさせた。
ぼくと桜木君で、あの公園に行った。ダイアモンドリングを見ながら、両手を合わせた。
あたりは、夜になった…
次の日。ぼくは、気が気でなかった。桜木くんも。
井上先生が、口を開いた。
「みなさん、手術は…」
ぼくは、押しつぶされそうだった。
「成功しました!!!」
わっ。ぼくは泣きだした。
桜木くんと、思い切りハイタッチをした。
見ると、みんな泣いていた。
最終章 サンタクロース [さんたくろーす]
三人とも、成長したのう。
村上君の手術、成功するようわしが奇跡を起こしたのじゃ。
桜木くん、堺くん、ほんとうにありがとうな。
おっと、今日はクリスマスイブじゃ。急がねば。
最後に、みんなで歌おうかのう。
ありがとうって いいことば
ありがとうって いったなら
ともだちひとり ふえるんだ
しんせつをを されたなら
ありがとうって いうんだよ
それがたとえ うれしくなくても
ありがとうって いわないと
ともだちは できないよ
しんせつの きゃっちぼーる
ありがとうの きゃっちぼーる
それじゃ、行くとするかのう。
シャンシャンシャン…
鈴の音が、乾ききった空に響いていた。
エピローグ
「もういーよ!」
「堺、そこすぐにばれるぞ。『頭隠して尻隠さず』だな。」
「え、ほんと!?」
「ねえ!まだ隠れてないんですけど!」
「なんだよ、いがぐり弘樹。はやくしろよ。」
「あはははは……」
笑い声が、空に響き渡った。
シャンシャンシャン…
「あれ、いま鈴の音がしなかったか?」
「ほんとだ、今日はクリスマスイブだよ!! 早く帰ろうぜ!!」
次の日、少年たちは「ウイングⅤ」に乗って公園をさっそうと駆け抜けた。
靴下に張ってあった手紙。
「ありがとう サンタクロース」
今年も、メリークリスマス。