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植生  作者: 藍沢 要
第一章 林冠層
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第5話

樹が萌花の婚約者となるという話を俺はたまたま実家に帰った時に長兄から聞き、それはまさに俺からすれば驚天動地のことだった。

何故萌花の婚約者が樹になるのか、それがよくわからなかったからだ。


兄から聞いた所によれば、詳細はこうだったらしい。



あまりにも萌花の楓に対しての執着が凄かったようで、結婚出来ないならこの家を出て行ってやると脅したらしい。実際は親の庇護下で現役高校生をやっている世間知らずの甘ったれな萌花が家出をした所で、どうせ何日も経たずに帰ってくるのが目に見えているのだが、祖父はそんな萌花の家出発言に相当驚いたようだ。

孫娘を猫可愛がりしている祖父母としても、なんとかその願いを叶えたいと思ったのだが流石に御大の決定は覆せない。

いろいろと考えあぐねた結果、形はどうあれ何とか鳥谷部家との繋がりを得ればいいと結論付けたらしい。


つまり、鳥谷部楓の婚約者である敷島椿の兄である樹に目を付けたのである。



樹と結婚すれば義理の妹とは言え、楓と縁戚関係になる。

それは柏木家にとっても幸いだったので、祖父と祖母・両親はその考えにいたく乗り気になった。


だが、それに強固に反対したのが当の萌花だった。



「なんでこいつなわけ!?信じらんない!!もえ、嫌よ!こんなもっさい男!!もえは楓様じゃなきゃ嫌なのぉ!!」



と、樹に対して暴言を思う存分吐いたあいつは、縁談の席を荒々しく帰って行った。

それを追いかけた祖父母と母親は、その場に残された敷島の人達に申し訳ないの一言もなかったらしい。残った父が一応頭を下げたらしいが、下位である者を見下す傾向のある父がそれをしたとて本心からでは無かったのは俺が話を聞いただけで容易に判断できた。


一方残された敷島夫妻と樹はと言うと、何も言わずに帰って行き、後日彼等から「この件は無かった事に」と正式に断りを入れた。


しかしそれからも萌花の楓様と結婚したいと言うお願いは続き、その度に樹との縁談話が持ち上がったのだが、今度は敷島夫妻が頑として頷かなかった。

流石にあれだけの暴言を自分の息子に対して言われたの事への苛立ちもあったのだろうし、樹には自分で選んで幸せになって欲しいと常々思っていた夫妻の願いを知っていた俺としても、わがままな萌花との結婚で樹が不幸になるのはどうしても見たく無かったので丁度よかった。



だが、それも敷島夫妻の死で唐突に終わりを告げた。



その日は、西日本がすっぽり覆われる程の超大型台風が接近していて、テレビのニュースでは連日その報道ばかりがされていた。関東に住んでいる俺達からしてもそれは対岸の火事ではなく、西日本行きの新幹線や飛行機が軒並み運休や欠航、首都圏直撃とも言われたそれがいつ上陸するのか、そればかりが心配だった。


当時大学生だった樹と高校生だった俺は、樹の家で小学生だった椿の面倒を見ていた。

その時樹の両親は旅行に行っていて留守だったので、樹の「泊まっていけ」と言う言葉に甘えて、兄妹と夕飯のハンバーグを作っていた時、一本の電話が鳴った。


樹が電話を取りに行っている隙に、俺はテレビをちらりと観た。



点けっぱなしのテレビからは速報が流れていた。



『○○発○○行きの普通電車が土砂崩れに巻き込まれ、乗客乗員全員が閉じ込められている模様です。詳しい状況がわかり次第、お伝えします』



土砂崩れか…。

閉じ込められているって言ったって、多分駄目だろうなぁ…。とハンバーグの種を捏ねながらぼんやりとニュースを見ていると、電話の所に突っ立ったままの樹が目に入った。



「樹?」



声をかけても返事もせずに真っ青な顔で固まっている樹を見て、俺の頭の中で何かの危険信号が鳴ったのを覚えている。

俺は引ったくるようにして電話を取ると、電話口の声に慌てて対応していた。

電話をかけて来たのは、橘の時期当主である嵐の婚約者である蓮見旭(ハスミアサヒ)だった。



「もしもし?」

『ああ!秋さん!!樹さんは!?そこにいるの!?』

「樹だったら隣にいますけど…どうしたんですか?」

『樹さんのご両親が土砂崩れに巻き込まれたらしいの!!』

「…え…?」

『まだはっきりとした事はわからないんだけど、嵐さんも御大も詳しい情報を集めてるところなの。ね、樹さん大丈夫!?』



そこまで旭さんが言ったところで、樹が我に返ったのか電話を俺から取り上げるとさっきとは違う反応をし、流石は年上らしくそつのない対応で電話を切った。



「おい、樹…一体どうなってるんだよ」

「まだ詳しい事はわからない。だが、覚悟はして置いた方がいいだろうな…。おいで、椿」

「はーい。どうしたの?お父さんとお母さん、もう着いたっていう電話だったの?」




その時無邪気な顔で樹に両親の事を聞いていた椿がその二日後、泣きすぎて憔悴しきった顔をし、その椿の傍らに立って涙一つ見せずに喪主を努めきった樹の顔は生涯忘れることはないだろう。

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