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植生  作者: 藍沢 要
第二章 高木層
21/26

第21話

5月9日少し修正しました。

「今回のパーティの一番のサプライズだな…秋、お前このこと知ってたか?」

「……い、いいえ。全然知りませんでした…まさか椿が結婚したなんて…」

「しかも相手があの緑川光とはねえ…恐れ入ったぜ」



樹と椿が二人で話をしに庭へ出たのを離れた場所から見ていた俺は、樹の元婚家である柏木家の三男坊である秋と一服しつつ、酒も飲みながら話をしていた。

俺はてっきり秋は敷島家については何でも知っていると思っていたのだが、今回の椿の結婚のことは流石の秋も知らなかったことらしい。


椿の婚約が正式に破棄されたのは、樹が戻ってくる一ヶ月ほど前だった。その知らせを聞いた時、俺は正直ようやくか、とほっとするよりもどこか呆れに近いものを感じていた。

何故なら、椿の婚約者である鳥谷部楓は長年に渡っての女性遍歴を隠すことなく流し続け、幾度となく椿が被害を受けていたからだ。せめて椿を他の女達と同様、もしくはそれ以上に扱っていれば話は変わったのかもしれないが、楓の程度の悪さは底辺だ。全く救い様が無い。

救い難い馬鹿に義理立てする必要なんてないにも関わらず、椿は純粋に楓を慕い続けた。

それが良かったのかと聞かれれば、否なのだが。


椿は腹黒い樹に似ず、純粋培養で育ったのか、気持ちが素直で綺麗だと俺ですら思う。

だが、その心を蝕んでいたのが当の恋い慕う婚約者だとは皮肉な話だ。



その長かった婚約を破棄してから椿は会社を辞めた。さすがにそこまでするとは思っていなかった者が多く、一族内、とくにうち以外の二家は大変驚いたらしい。そこに楓も含まれているのかと考えた時に少し笑えたが。

既に子会社に移っていた俺は遅ればせながら聞いたのだが、まあ驚くに値しない、と思っていた矢先のこの結婚。


しかも、相手がうちの一族と双璧をなす緑川グループの最高経営責任者である緑川光。



「すげえな。しっかし、どこで知り合ったんだ?」

「わかりませんね…俺も椿から緑川社長の事なんか聞いたこともありませんでしたし…多分なんですが、樹本人も椿が結婚したって知ったの、今日じゃないかと思うんですが…」

「樹が帰って来たのって三日前だっけか。で、椿がいつ婚姻届出したって?」

「二週間ほど前らしいです」

「へー。婚約してた時と違ってすっげえスピーディだな」



タバコを一口吸って視線をその『前』の男にやると、やけに派手な女が隣に立っているのが見えた。一見すると清楚そうな服を着ているものの、醜い光景を垣間見ただけである程度の女かわかってしまった。

確か三神建設のお嬢様だったと記憶しているが、生憎俺はゲテモノ趣味はない。それに、危ない橋を渡っている三神のオヤジに、万が一気にいられでもしたら後が大変だ。せっかく手塩にかけて上向かせた会社を、みすみす危険な目に合わせるつもりも毛頭無い。

そして三神のお嬢様は、さっきの自業自得のアクシデントが原因か、服に随分と大きなシミをつけてしまったらしい。楓を相手にキーキー喚いている様子が見て取れたが、そのうち怒り心頭と言った感じで会場から出ていってしまった。

帰るのか、それとも服を変えてくるのか?まあ、俺には関係ないが、あくまでも見てる分には面白い。


しかし、馬鹿だな、あの女。

まるで砂糖菓子に(たか)る蟻のように、楓には違う女がすぐ寄って来るのだからマーキングはしっかりしておかないと駄目だろうと思った矢先、見知った女が楓の側に歩み寄ってるのが見えた。

にやりと口許を歪めると、側に置いてあったブランデーを一口飲んだ。



「樹と婚約破棄してから、随分と積極的だねー。も・え・か・ちゃん!」

「海斗さんの口から間違っても『も・え・か・ちゃん』だなんて言葉が出るとは思ってもみませんでしたよ。正直、気持ち悪いです」

「気持ち悪ぃのは、あの女のツラだがな」



男に媚を売るのは別に構わない。俺も御崎家の端くれ、そんなのは日常茶飯事のことだ。

だが萌花の楓に対する執着と言うのか、哀れすぎる反応の仕方が怖気の走るものだからか、端から見ていてこの女、痛いなと痛感する。



萌花が楓に執着したおかげで、椿の兄である樹が割りを喰ったのは間違いない。

萌花が樹の婚約をごり押ししたせいで、樹に圧し掛かるプレッシャーは嫌が応にも増えた。妹が分不相応な婚約関係を結んだ事だけでも大変だったのに、更に輪をかけて七面倒臭い家の娘との婚約だ。俺だったら愚痴の一つも言いたいところだろう。にも関わらず、ただ飄々と日常を椿だけに重点を置いて過ごしていた樹はその重圧があることすら感じさせなかったのだが、やはりあいつの何人たりとも不可侵のような正体不明さは当時から健在で。


萌花にクレジットカードよろしく呼び出されては、金の支払いをさせられていたのに文句も言わなかった。飲食代や、買い物した料金。はたまたエステやカット代まで様々。それに何も言わずただ黙って支払っていたお陰で、更に萌花は増長したのはお約束ってとこだ。

萌花は、自分が樹に使わせた金がどこから出ているか知らないのだろう。世間知らずの馬鹿なお嬢様は、金の出所には興味がないだろうから。


だが当の樹はその金をどこから得たのだろうと考えた時に、敷島夫妻の保険金があったかと検討をつけた。

不幸な列車事故での死で、当然彼等には夫妻の保険金が下りた。特に樹の父親は本社の営業本部長だったので、手取りもよかったはずだ。子供二人を育てている途中、更に亡くなる何年か前に家のリフォームをしていたので多少は厳しくはあっただろう。しかし夫妻の生活は質素そのものだったし、樹の大学も椿の学校も私立ではなく公立だったのを考えれば、多少の増減はあるかもしれない。

その貯金と保険金。相続税は支払ったし、リフォームした際のローンは残っているだろうが、それでも二人で生きていくには十分だっただろう。

だが、その遺された金をシロアリの如く食い潰していく萌花たるや…厄災以外の何者でもない。

当の樹は大学での部活を辞め、バイトをし、それでなんとか生活していた。本当に萌花…と言うか、柏木家については開いた口がふさがらない。

萌花は本社の花型部署である秘書課に在籍、しかも営業二課部長に付いているからにはいい給料を貰っているだろう。しかしそれを全額遊びに使いきり、貯金なんて言葉はあれの頭にはないに違いない。

実際、萌花には預貯金残高が底を尽きそうだという噂もあるくらいだ。多分情報員でもある秋に調べさせれば簡単にわかるのだろうが、俺が萌花の事などにわざわざ手を煩わせたくないし、被害を受けた樹だってやっと婚約者と言う制約が無くなったのだ。今更金を返せなどとは言わないだろう。


御大や鳥谷部家が彼等を援助すると言ってくれた手前、それに甘えてもよかったのだったのだろうが、樹がそう言った援助の類を受けたという話は今までに一度も聞いた事が無い。



そう言えば最近変な噂をある筋から聞いたことがある。

なんでも、敷島家所有の土地が売り出されそうだという驚愕のものだ。秘密裏に手を回して噂の真相を調べてみたのだが、それらしい証拠は見つからなかった。ただ敷島の土地ではなく、調度品がオークションで取引されていた痕跡は見つけた。

秋に話を聞くと、萌花が勝手に敷島家から持ち出してはインターネットオークションや質屋で流しているらしい。その事実に呆れると同時に、萌花の困窮振りに眉根が寄る。

柏木家の小うるさいジジイが亡くなり、当主が代替わりしてから確かに前ほどの勢いは無くなった。だが、あのジジイが死んだ際、萌花も家の者も相当額の遺産相続を受けていたはず。にも関わらず貯金額が底を尽きそう、と言う事は相当散財癖が酷いのだろう。

あの遺産相続はジジイの遺言があったからああなったらしく、秋に全く遺産配分が無かった事で萌花の取り分が多くなったのだろう。が、相続分の土地の件で今水面下で国税庁が動いているというのも情報筋から聞いて知っている。どうやら秋の二番目の兄貴が、土地の相続税をちょろまかしたらしい。

あのジジイが生きていた頃だったらそんなヘマはしなかっただろうが、そんなヘマをやらかすのが今の柏木家の実情であり、現実だ。




「つーか、楓の視線うっぜぇ」

「椿ばっかり見てますね…今更、なんだよ…」

「あのドレスは確かに男の目にゃ毒だぁな。それが今までの婚約者だった女が着てるなんてなれば、まあ尚更だし」

「手放したものへの哀切…とかですか…」

「手放した?はっ、秋。それは違うぜ」



手放したのは椿。


捨てられたのは楓。



その確固たる事実を間違えてはいけない。

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