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植生  作者: 藍沢 要
第二章 高木層
20/26

第20話

今回から視点が変わります。

御三家の人間である御崎海斗から見た本編のアナザーストーリー。

「よお、久しぶり。思ってたよりも元気そうだな」

「そうでもないけどさ。でもまあ、五体満足で帰って来れたことにほっとしてる」



複雑そうに笑った男の顔は十分に日に焼けて、健康的だ。

何年か前に一時帰国した際に垣間見たときにあった顎ヒゲは綺麗に剃られ、伸ばされていた髪は学生の頃よりも短くなった。そのすっきりした顔には脂の乗り切った男の、何とも言えない色気がにじみ出ているのは気のせいでは無い。赴任した現地では肉体労働が多かったのか、元々剣道で鍛えていたがっちりとした身体が更に一回りほど大きくなったのではなかろうか。だが、それも服を着ている分にはわからない程度のもので、世間的に言うゴリマッチョとか言うまでのものではない。

脱いだらすごいんです、とは随分前に流行った某CMの台詞だったりするが、こいつも脱いだら多分凄いのだろう。日本人によくありがちな細身の身体に筋肉をつけた感じではなく、元々の均整が取れた身体に更に筋肉がついているから少し羨ましい。


現に今、馴染みの一族のパーティできっちりとしたブラックスーツを着こなしている男の存在感は群を抜いている。すっと立つ姿勢がいいのも相まって、多分本家や俺達御三家の人間よりも目立っているのは気のせいでは無い。あれほどこの男の事を貶してきた女共のさざめきのようなどよめきと言ったら見られたもんじゃなかった。


なんて見苦しく醜悪か。


流石にあからさまにモーションをかけてくるような馬鹿はいないが、これから先出てくるであろうことは容易に想像出来てしまった。


五年間の中東赴任で培ってきた実績と経験は、こいつに自信を持たせたに違いないだろう。

とは言え、この男がその自信はおろか自身の感情を滅多に表へ出さない性質をしているせいか、その厄介な性格を知るものはほとんどいないに違いない。



敷島樹という男は実に不可思議。


穏やかに微笑んでいても、腹の中では何を考えているかわからない。その事を察知させない感情の被覆性は特化しすぎていて、正直気持ちが悪いとも思っている。

だが、樹の内面に踏み込みすぎさえしなければ十分信頼に値する男だし、こちらのケースもある程度なら飲み込んでくれる。

俗に言う『敵にしたくないタイプ』とでも言えばいいのだろうか。自分の味方であるときは優しい、気が利く、度量が大きい等々のいいとこ取り。だが、一度樹を敵にした時は周囲の味方もろとも道連れにしても全く気が咎めないほどの冷徹さも併せ持った男だ。



何故樹があれだけ御大や嵐に、その厄介な性格が知られていないか。

そもそも御大も嵐もどこか平和ボケをしているっていうのもどこかにあるが、俺は樹が育ってきた環境だと思っている。はっきり言って、今こんなに穏やかに笑っていられるほど生易しいもんじゃなかった事だけは確実に言えることだ。

あれだけの悪意と嘲笑の真っ只中に妹と二人放り出されて、精神的に完全武装しない方がおかしいだろう。ましてや敷島夫妻が亡くなった当時、樹は大学生だったが、椿はまだ小学生だった。まだ二十歳やそこらで親を亡くし、更に妹を無事に育て上げ、更には周囲の悪意から護ってやらなければいけなかった。


兄妹二人しか居なくなった敷島家を一族のほとんどが哀れみと憐憫の目で見、そして椿の婚家である鳥谷部家との婚約撤回に躍起になっていたあの頃、樹の目からはどんどん感情が削がれていったのを誰も知らない。



樹は椿を護るために、悪魔に魂を売った。



そう言われても俺は特段驚きはしない。



実際そうでしかないのだから。




「ようやく椿が婚約破棄か。長かったな」

「そうだな。これでようやく椿が苦しまなくてすむと思うとほっとする。だけど、まさか海斗さんが椿の心配してくれてたなんて意外だな。てっきり他家の事には口出ししない主義かと思ってたが」

「ま、長い付き合いだからな。…つか、お前も婚約破棄したって?おめでとう」

「ははっ、ありがとうというべきなのかな」



ふっと笑んだ樹の顔は、相変わらず目だけが笑っていない極寒地さながらの冷たさだった。

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