第2話
余談だが、俺と妹の萌花の仲はすこぶる悪い。
と言うか俺と家族が仲が悪いと言うか、関係が良好ではない、と言った方がいいのかもしれない。
元々男の子が二人もいるうえに、更に三人目も男が生まれたのが悪かった。
昔に良くいう言い伝えでも信じたのだろう。顔が変わったのかもしれないし、腹が丸くなったのかもしれない。とにかく上二人の息子達との妊娠期間中とは違う様子の母を見て女の子だと信じ込んだ周囲の人間は、「三人目は女の子ね」という全く非科学的な見地から、上げなくても良い期待値を遥かに高く設定してしまったのが、そもそもの間違いだったと俺は信じている。
その彼等の上げすぎた期待もいざ蓋を開けてみれば、三人目も男だと言うので明らかに失望の色が漂った。それは両親も同じだったらしい。
まあ一応世話やら何かはしてくれたものの、俺にその温もりの記憶はない。
と言うのも、その二年後。
母は今度こそは…と言う周囲の期待通りに、女の子を出産したからである。
『萌花』と名付けられた娘への周囲の祝賀ムードは凄まじく、まだまだ幼い幼児であった俺は完全に放って置かれたといっても過言ではない。
最初は確かに皆に可愛がられている妹に嫉妬した。しかしそんな些細な嫉妬をした所で「貴方は兄でしょう」と言われるだけで、特に俺に家族の愛情が傾くわけでもなく。
泣き叫ぼうが何をしようが、最後には萌花の方へと皆が行ってしまうのだ。
俺の性格が捻くれない方が可笑しい。
極めつけ、兄二人と妹がいろいろと出来すぎた。
勉強もスポーツも、容姿も。
反対に家族に捨て置かれた俺はと言うと、特に可も無く不可も無く。一応勉強もやれば出来るのだが、それをしたって別に誉められるわけでもないし、そこまで頑張る気持ちもない。スポーツとて同じ事が言えて、努力する必要性は全く感じられず、容姿に至っては極めて普通だった。
兄弟とは出来が違うのだという圧倒的なコンプレックスの固まりだった俺は、いつしか所詮誰からも忘れ去られる存在なんだなと、幼い時に悟った。
家族からの無関心は、ワガママに育つ妹にとっては愉快な事だったらしく、萌花は事あるごとに俺に対して上から目線だった。
年も近かった事もあって、萌花にはほとんど敬われた記憶がない。と言うか、明らかに見下している妹に対し、俺はあくまでも無関心と無表情を取り繕ってそれに耐えた。
まあ、実際は腹が立ったし、傷付かなかったわけでもない。それでも萌花の肩を持つ家族の仕打ちになんとか耐えられたのは、樹の両親のお陰であると俺は思っている。
早い段階で家族に見切りを付けた俺は、少し離れたところに住んでいた樹の家に入り浸るようになり、それを両親は何も言わなかった。むしろ、呈のいい厄介払いだと言わんばかりの態度だったと俺は記憶している。
敷島家と柏木家は少し離れていると言っても、樹は俺と学校が同じだったし(兄二人と妹は有名私立へ進学したが、俺は公立だった)、下位と中位とは言え橘の一族で同じ学校だったのは俺達ぐらいのものだったお陰で、俺と樹は妙な信頼関係があった。
当時まだ椿は生まれておらず、優しい両親の元、普通の生活を営んでいる敷島家が心底羨ましかった。
敷島家は下位とは言え樹の父親は有能な人物だったようで、若くして一族が経営する本社の一部長職に就いていた。彼の母親もまた、その夫を支え、子供の教育にも熱心な優しい人だった。
そんな彼等は一族の中でも他者との諍いを厭う穏健派で知られており、当時まだ当主だった橘の御大にも好印象を与えていたらしい。
だからこそ、椿と鳥谷部楓との婚約のを考えた出したのだろう。
その御大の密かな決定が、椿の、そして樹の運命を狂わせたのだ。
そう俺は思っている。