表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
植生  作者: 藍沢 要
第一章 林冠層
18/26

第18話

樹が帰って来る報は開発部内だけではなく社内でも内示で発表され、五年の任期をようやく終えようとしていた。中東でのプロジェクトは無事に終了し、今後そこに派遣される者はいないだろう。と社長である橘家のご当主がどこか安堵したように言っているのを俺は黙って聞いていた。


椿贔屓の彼としては、これ以上椿の心労になってしまうような事は避けたいのだろう。両親が亡くなり、もう兄である樹しかいないという心細い状況の中、何かにつけてご当主は椿を気にかけていた。それは椿の婚約者である楓と友人関係にある事からの引け目なのかもしれないが、正直俺にとって意味を成さないものでしかない。いつもの様に椿に対して憐憫の言葉をかけるが、結局の所椿のために出来る事が無いのに変わりは無いのだから。

嵐の奥方である(あさひ)も椿の事を心配している節があり、たまのパーティなどで顔を合わせる機会がある時は、挨拶もそこそこに椿の元へ真っ直ぐに駆けつけて他愛もない話をしているのをよく見かける。

下位の家柄の者が、御三家を除く中位家以上の者よりもより多く話せる機会を持てる事を当然やっかむ者もいるのだが、そこは嵐も旭も一貫して無視を決め込んでいるようだったし、そう言った悪意のど真ん中に放り込まれる前に御三家の一つである鎧塚家の一人娘につかまっているのが常だった。


端から見たら良く出来た連携プレーだなと思わず関心してしまうのだが、海斗は皮肉気な笑いを口許に浮かべ一蹴した。



「本来なら男がエスコートするもんだろ。それが、まあ……たいした婚約者だぜ」



海斗がそういう通り、本来ならばエスコート役である楓は最初こそ一緒に来ているものの、三十分も経たないうちに椿から離れていく。その後は女をとっかえひっかえして放蕩息子そのものだ。

何度も言っても聞かない楓の態度に嵐だけではなく旭までもが大激怒し、本家に出入り禁止になった。御三家でありながらそのような処分になったのは初めてで、血相を抱えた鳥谷部夫妻と共に楓も謝罪に本家に出向いたようだったが、最後まで嵐は彼等と会おうとしなかったらしい。最終的に本家との間を取り成したのは旭だったのだが、正に渋々と言った感じで、それから彼女が楓に抱く感情は決して好ましいものではない。

鳥谷部家には楓一人しか子がおらず、鳥谷部家当主の座は安泰。だが、そうでなかったら確実に当主の座は剥奪していたと、あとで嵐の口から語られた。

御大からの直接の叱責も受けたようだが、それも何処吹く風で。結局楓の椿に対する態度は何も変わっていないまま、今度は椿の友人にまで手を出していると言う始末。開いた口がふさがらないとは正にこの事だな、と自嘲気味に笑った。


鳥谷部楓が今付き合っている女。それは、俺が危惧していた三神小百合、あの女だった。

仕事柄衝撃的光景や情報を多数見ていた俺ですらその写真を見た時に、あまりの怒りで手が震えた。



橘本家と御三家には、身辺警護とは別に監視も付けられている。監視と言っても、プライベートの事までを深く詮索するようには出来ていないし、何かしらの危機的状況に陥っている場合のみ、当主に報告する義務になっている。そしてこの事は、各自の現当主にしか知らされておらず、当然鳥谷部家の次期当主である楓には認知されていない。


俺が見たのは監視チームが撮ったであろう三神小百合とホテルのバーでのデート現場のような写真だったが、男女の微妙な心理戦を巧く写し出していた。

これを撮ったカメラマンは、備考欄に『○○ホテルに宿泊』とだけ短く書き添えていて、それでもう俺は全てを察してしまう。


それからの俺の行動は早かった。

最初こそ楓に対して怒りが湧いたが、すぐさま椿の事を思ったからだ。


婚約者と、親友がこれ以上無い裏切りを仕出かしたのだ、椿は絶対に傷付くに決まってる。


そう思った俺は、監視チームが撮った写真をシュレッダーにかけて廃棄した。監視チームにしても、楓の放蕩三昧など日常茶飯事的な事なので、たった一人の女の事が廃棄されたからといって特にお咎めもなかった。ただ、写真を撮った彼には苦笑され、「ま、仕方ないよな…」と同情的な言葉をもらっただけだった。


俺は彼等が出て行った後、ホテルの監視カメラやバーの来店記録を洗いざらい調べ上げ、樹に止めると約束したハッキングまでもを行ない、三神小百合の携帯の通話記録、メールなどを全部一覧に出した。

すると、楓と三神小百合との関係が始まったのは彼女が大学を卒業したから間もなくだったことが判明。意外な事に一年近く続いているらしいのだが、この関係は今まで外に漏れたことがない。どこかで止められていたのか?と疑問に思ったのだが、通話履歴や何ならを見る限りでは単純に会うペースが頻繁ではなかったらしい。


にしても、楓の趣味の悪さには閉口するばかりで、もう何かを言う気も失せる。

楓が付き合う女は大概自分に自信のあるタイプで、世に言う『男受けはするけど、女受けはしないタイプ』というやつ。俺としては絶対遠慮したい女ばかりだが、そもそもこういう上昇志向の高い女は俺みたいな男は振り向きもしないか。

自虐めいた笑みを浮かべて、悪趣味で低俗なバカっぽい言葉の羅列しただけの全く意味を成さない文章のコピーを俺は復元出来ないほど細かく裁断した。


三神小百合の事は嵐はおろか、御大にも報告していない。

他の者が報告をすれば別だが、誰もしていないのを見ると報告する義務もないだろうと思っているのだろう。逆を返せば、上にあげるまでも無い情報…つまりは楓の悪癖の一つでしかないと思われているのだ

。だが、そのことが今回役に立ったわけだ。笑い出したい気持ちとはこのことだろう。



ある報告がてら社長室で話をしていると、そう言えば…と社長が口を開いた。



「椿が最近やつれていっている様に見えるのは俺だけなのか?ダイエットにしても、あれはやりすぎだと思うんだ。俺も直接言ってやればいいんだが、なかなか会う機会が無くてな。秋から言っておいてくれないか?」

「そうですね…確かに最近痩せすぎで、どことなく体調も悪そうに見えますね…私からも病院に行くように言っておきます。せっかく樹が帰って来るのに、体調崩すなんてどちらも気にしますでしょうし」

「ああ、ありがとう。じゃあ、報告はこれで終わりか?」

「ええ、以上になりますので、これで失礼します」



社長室のオフィスだけではなく、重役室全部の部屋は全面ガラス張りだ。その方が何をしているかがわかるからだが、本人確認のためにも役に立つ。

今はそのガラスに荷電されている為にスモークがかかっている為に他の役員室の部屋が見えない。俺達が社長室に上がる時には必ず社長自ら人払いをするようになっているので、誰にも見られる心配はない。そもそも俺達は正面のドアからではなく、社長が地下駐車場からも直通で来れるようになっている裏口からしか入らない。そこは他者から目に付かないように設置されているため、マジックミラー越しに隣合わせになっている秘書室からも見えないような造りだ。

多分このエレベーターの存在を知っているのは、社長と秘書室長とぐらいなもんだ。


そのマジックミラー越しでは、秘書課の社員達がせっせと己の業務の業務をこなしているそんな中で、確実に業務以外の事をしている女が数名。顔を見ずともわかる。

自分の愚妹と、その取り巻きだ。

そいつらは仕事が無いのか固まって楽しく話をしているようで、明らかに不機嫌そうにそれらを見ている同僚達をもろともせずにきゃっきゃしている。叱責すべき室長が席を外しているらしく、独壇場と言っても過言では無い。

いくら童顔で若作りと言えど萌花とて三十の大台に乗ろうとしている今、秘書課では立派にお局的ポジションにいる。実際、萌花と同期は結婚後退職したか、会社に残ったものの産休を取得している者、またはバリバリ仕事をこなす三タイプに大別されるようになった。そのいずれかにも属さない萌花は、会社からしてみれば迷惑でしかないのだが、本人はそれをわかっていない。

いつまでも祖父がいた頃と同じようにしていても、それは自分で自分の身を滅ぼすことにいい加減気付いてもいい頃だ。


にしても、楓が手を出した三神小百合と萌花。

タイプ的に似通っているにも関わらず、一方には手を出し、もう一方には全く見向きもしていない。

ヤツが何を考えているかなど知りたくも無いが、まあ面白い思考回路をしているなと思った。



「残念だったな、萌花」



馬鹿な萌花をマジックミラー越しに見ながら、俺は嗤った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ