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植生  作者: 藍沢 要
第一章 林冠層
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第16話

直接的ではないものの、犯罪に関する表記があります。ご注意ください。

祖父が死んだのを境に、柏木家は徐々に祖父の存命中より力を失いつつあった。砂時計が引っくり返されてさらさらと落ちる砂のように、ゆっくりと。だが確実に。


失いつつある不可視なものに対してその現実を受け止めている家の者は誰もいないらしく、祖父の死後、家督を継いだはずの父の昔からの場当たり的な行動と、母の相変わらずな目下だと思っている人間を見下す態度はますます鼻持ちがならない。それで当然だと悪びれる態度もない二人を諌めるはずの祖母も祖母で、人生の伴侶であった祖父が死んでから気力が沸かくなった…という事はなく。

むしろ、意気揚々としてお気に入りの孫でもある萌花とショッピングを楽しんでいる。萌花にしてみれば欲しいものを何でも買ってくれる『おばあちゃま』だ。本当ならば好き好んで老人相手なんてしたくはないだろうが、祖母の持つブラックカードがあれば数時間程度なら頑張れるようだ。


元々家が決めた結婚相手だったので、愛情だのという感情を二人とも持ち合わせていなかったらしい。俺が独自に調べたところによると、祖父の女性関係は相当酷く、亡くなる直前になっても京都や神田で芸妓や芸者遊びに興じていたようだ。

一度目の心臓発作で入院した時は突然だったこともあって、もういい加減年だものな。なんて思っていたが、案外女遊びが祟って死んだのではないだろうか。


そんな女性関係が派手な祖父と結婚した祖母はその都度、金を渡すか脅迫して別れさせていたらしい。その中には思わず眉を顰めるほどのものもあった。京都、先斗町の一人の舞妓が祖父の子を妊娠したらしいが、茶屋に呼ばれていた記録はおろか、どこの置屋にいたかも抹消されているのを見れば、多分堕胎させられてどこか遠くに追いやられたのだろうと推測できた。

その子である父も同じようなものだったが、子供が出来たのは本妻である母だけだったようだ。

その点では関心する。


実は今、祖父の毒牙にかかり、祖母の嫉妬の矛先だった女性を探しているのだが、何十年も前のことだ。探して行くうちに手がかりがなくなってしまって、完全に行き詰っている。



俺の二人の兄たちと言えば海斗さんが言っていたとおり、長兄はアメリカ支社が行う新事業の即戦力として引っ張られ、次兄は第二営業部のチーフだ。

見た目も華やかな二人も立派に祖父と父の血を引いたらしく、女性関係については立派とは言いがたい。特に次兄の食い散らし方は最悪だ。

高校、大学時代に犯罪すれすれの騒ぎを起こしているのだが、その都度祖父がもみ消した。被害になった女性達はほとんど泣き寝入りに近く、中には自殺未遂を起こしている子すらいる。にも関わらず、祖父が秘密裏に警察に駆け込む前にもみ消したお陰で、本家にすら知られることなく、今も次兄は大手を振って歩いている。

流石に長兄は家督を継ぐ身であるのでそのような事は起こさない。が、必ずしも起こさないからと言って、綺麗な関係であったとは言いがたい。二股、三股は当たり前で、その全部と本気の付き合いではないとか、おとなしい子を遊び半分で落としておきながら、彼女に本気になられたら酷い言葉で傷つけたり。


萌花は言わずもがなで、不倫中。


なんだか、俺の家族は人間的に最悪な人間の集まりか?


いくら絶縁状態だとは言え、こんなのが俺と血が繋がっているなんて胸糞が悪い。



はーっと溜め息を付いて、社員なら誰でも使える休憩室から持ってきたコーヒーを一口飲んだ。

ちょうどその時、樹から電話が入った。今の時間に電話をかけてくるなんてめずらしい。そう思って電話に出ると懐かしい声が受話器越しに聞こえたので、思わず破顔した。



『よう、秋。元気にしてるか?』

「おお、元気にしてる。つーか、こんな時間にどうした?」

『ああ。椿にもさっき連絡したんだけどな、お前にもと思って。俺もうすぐ日本に帰れるかもしれない』

「本当か!?いつだよ!!」



二年前に帰国して以来、樹は全く帰ってこなかった。そうそう頻繁に帰ってこれる距離でないし、樹が携わっている仕事の進歩状況を考えるともう数年は無理なのだと理解しているのだが、やはり寂しいのは寂しい。特に椿は一見気丈に振舞っているが、ごくたまにふっと寂しそうな顔をする。

樹が行っている中東の治安は四年前から比べれば多少は平和になってきたとはいえ、やはり危険地帯が近いのは否めない。それでもプロジェクトに携わっている全員が必死に造っている灌漑事業を完成させるまでは、何が何でも現場を離れないだろう。

他部署なので情報は開示されていない。だが、なかなか進歩状況が思わしくないらしいと言う話はチラホラと聞き及んでいた。



「プロジェクト、メドがついたのか?」

『ああ、もう完成に近いな。元々俺が来た時には七割程度は完成してたんだけどさ。それが治安の件でなかなか進まなくて、なかなかスピードにのって仕事が出来なかったんだ。それがここ一年ぐらい、治安部隊もNATO軍も静かだからな。それで一気に』

「お前……あぶねえところにいたんだな………そうか、完成まで何も無けりゃいいな」

『俺達は簡単に壊れるものを造ったつもりじゃないんだが、それを壊すのも人間だからな。俺達がどんなに頑張ろうが、地元の人がどんなに苦しんでようが、爆撃やテロなんかで壊すのは一瞬だよ。呆気ないくらいに』

「………そうだな…」



はっきりとした口調でそう言う樹は、あっちでいろんなものを見てきたんだろう。せっかく創り上げたものを壊されたりもしたんだろう。悔しさと何も出来なかった自分に対しての憤り、そしてそれを壊したものに対しての怒りもわいたに違いない。

いくら家族が嫌いだと言っても、俺は日常暮らすには快適で安全な日本にいて、方や日常生活にも事欠く

異国、しかも危険地帯に近いところにいる樹の心情を俺が(おもんぱか)るなんて、おこがましいにも程がある。

厚顔無恥な自分の身を恥じていると、廊下で人の声がし始めたと同時に樹が焦ったような声を出した。



『っと、そろそろ時間がやばいか。まだはっきり帰国する日にちが決まったわけじゃないんだが、多分一年以内には日本に帰れると思う。内示が出てないからなんともな。はっきりした日にちが決まったら、また連絡する』

「あ、ああ」

『じゃあな。あ、海斗さんによろしく言っておいてくれ』

「わかった」

『それと、萌花さんにもな』



びっくりして言葉を失った俺に対して、樹は電話を切る直前、鼻で笑ったような感じだった。

久しぶりに感じた、樹に対しての恐怖だった。

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