第1話
俺の妹が婚約破棄をした。
それもほとんど一方的に。
多分相手の男は何も知らされずに、何も本人の口から理由を聞かされぬまま婚約破棄をされたのだろう。
あいつを不憫に思う。同情もする。
しかしながら、ようやくあいつが自由になれた。
そんな気がするのは、絶対に気のせいではない。
俺の生まれた柏木家には、物凄いワガママな姫がいる。
それが俺の妹なのだから手に負えない。
妹は所謂、末っ子長女というやつで。
四人兄弟のうちの最後の一人が女だと言うので、両親は勿論、俺以外の二人の兄、祖父母も親戚一同も、揃いも揃って全員で蝶よ、華よと言って可愛がって甘やかした。
結果、妹…萌花はワガママで傲慢な、俺の一番嫌いなタイプの女へと成長していった。
欲しい物はおねだりすれば買って貰える。
食べたくないものは俺達兄の皿に乗せれば食って貰える。
どこか行きたい所があれば、忙しい両親ではなく、祖父母を煽てて連れてってもらう。
そんなワガママっぷりは年を経るごとに落ち着くばかりか、逆に性格までもが悪くなると言う最悪なものへと成長を遂げる。
幼稚舎の時分で女王様気分でさも当然のように男の子達をパシリ、小等部で気に入らない子をイジメ始めた。それも皆を扇動し、拍車をかけるので性質が悪い。
その最悪な性格を覆い隠すかのように、萌花の容姿はすこぶる良かった。あくまでも容姿は。
垂れ目がちな大きな目、瓜実型の顔形に若干薄めの唇。中学生の頃には既に染髪をしていたので、もはや地毛を思い出せないほど自然に染まった茶色の緩いパーマがかかった髪も。それに付け加えて長い手脚。
萌花の容姿に惹かれた人間は男女問わず多数いたのだが、本人の性格のキツさと根性の悪さに耐えかねて見切りを付けて離れて行く人間も多かった。
そんな何でも手に入る萌花が、唯一手に入らなかったもの。
それが、鳥谷部楓だった。
俺が生まれた柏木家は橘分家の中でも本家に近く、一族の中では比較的上位と中位の間のような家柄であったのが、分家の中で御三家と言われるうちの一家が、鳥谷部家だった。
鳥谷部家の一人息子の鳥谷部楓は、橘の現当主である橘嵐とも同じ年で親友関係にあり、更には橘が経営している会社の中でも重役ポストに収まっている。
容姿端麗、高学歴、高身長。その上実家が金持ちで、自身も相当稼いでいるために金銭的にも不自由することはない。そう言った邪な思いで鳥谷部楓に群がる女達は一族内はおろか、他の女達をも寄せつけた。
鳥谷部楓自身もそう言う女達ととっかえひっかえしながら付き合っていた。しかしながら肉体的には深い関係になっても、それ以上は絶対に己のテリトリーに近づけさせなかったので有名な男でもある。
事実、鳥谷部楓は三十を間近にしても結婚の『け』の字もなかった。
彼には幼い時分に決められた許婚がいた。
彼女の名前は敷島椿。
橘一族の中でもほとんど下位の方に位置する敷島家の一人娘であり、俺の友人で、妹の萌花の婚約者でもあった敷島樹の大切な、たった一人の妹だった。