俺が体操服を貸した美少女クラスメイトが周りから「苗字変わったの?」って揶揄われてたんだけど、そんな冗談をそのまま実現させてしまった話。
「なら、島君から借りれば良いんじゃね? どうせ参加できないんでしょ?」
おい、余計なことを言うな。
なんで何の抵抗もなく、異性の俺から借りるのを提案しようとするんだ――――。
昼休みの終わり頃、クラスの中心的な存在の女子、花岡詩が「体操服忘れちゃった」と嘆いていたことから物語は始まる。
俺、島蒼介は抵抗する余地もなく、取り巻きの陽キャ女子の提案で体操服を貸すことになったのだ。
花岡さんは少し申し訳なさそうにしていたが、案外嫌な顔はせずに俺の体操服を脇に挟み、更衣室へみんなで走って行った。
教室に取り残された俺は、ため息をつきながら自分もグラウンドへ向かう支度をする。
四月になって高校三年生に進級したばかりだからか、体育祭の練習だと言って、体育の授業は男女混合だった。
実は、クラスが体育祭の準備に勤しむ中、先月転んでしまい腕を骨折しており、俺だけ体育に参加できていなかった。
今日も左腕にギプスを巻いて登校している。
念の為に一応体操服を持って来てはいたのだが、それが仇となって女子に貸すことになるとは……。
それも運が良いのか悪いのか。
貸した相手が自分が前から気になっていたクラスメイトだなんて――。
クラスメイトが皆、着替えに教室を出ていることを確認してから、小さく息を吐いて喜ぶ。
――俺の体操服は彼女の脇に挟まれていた。
喜んで良いのか分からない、複雑な気持ちだった。
時計を見たら、もうすぐチャイムが鳴る時刻だった。
水筒を持った片手で教室の電気を消してグラウンドへ向かう。
グラウンドに着くと案の定、ざわざわとしていた。
言うまでもなく、花岡さんが俺から体操服を借りたからだろう。
そこに本人が登場すれば、いたずらな笑いがさらに大きくなるのは当たり前だ。
なんせ、クラスでもかなり人気な花岡さんが着ている体操服に、でかでかと「島」と一文字書いてあるのだ。
クラスメイトからは「詩、苗字変わったの?」と揶揄われていた。
俺から借りることを提案した例の陽キャ女子も、下を向きながらプルプルと笑いを堪えている。
おい、お前が始めた物語なんだからお前がそうなるのはズルいだろ。
花岡さんも顔を真っ赤にしながら目を合わせないよう俯いていた。
俺が自分から積極的に貸した訳では無いのに、俺のせいで揶揄われているみたいで申し訳なくなる。
この学校は校則がかなり緩いからか、体操服を忘れた場合の貸し借りは意外にも許されている。
だから、体育の先生もニヤニヤしながら出席を付けている始末だ。
俺も顔を赤くしながら一人制服でぽつんと立っていたら、よくつるんでる陰キャの友達が「戦略的見学っすか」とか言って来やがった。
普段は気兼ねなく話せるのに、今は苦笑いしかできない。
今さっき友達にああ言われたばかりなのにも関わらず、見学中、なんとなく花岡さんの方を見つめてしまっていた。
頭の中の俺に対しては、「自分が体操服を貸したからそれが無事が気になっているだけだ」と言い訳をして。
けれど、彼女が走るたびに俺の体操服が幸せそうに跳ねているのを見ていると、なんだかいけないものを見ているような気がしてくる。
さっと目線を別の方に移す。
そうだ、さっきの例の友達でも見て気持ちを鎮めよう……。
体育の授業は、初めの盛り上がりをピークにそれ以降は何事もなく終わった。
相変わらずグラウンドから視線を感じたが、今日一日だけの我慢だと言い聞かせ、教室に戻る。
もうすぐ七限が始まりそうだと言うのに、花岡さんは体操服の話をしてこなかった。
洗って返すつもりなのだろうけど、何か言ってきても良いのにと少し寂しい気持ちになる。
普段は独りなんて何も辛くないのに、微かに儚い気持ちになるのは何故なのだろう。
たかが他人の勧めで体操服を貸しただけで距離が近付けたと錯覚し、今も彼女の横顔を見て期待してしまっているという自分が少々情けなく感じられた。
そのまま七限と帰りのホームルームが終わり、クラスメイトが部活や下校で散っていくと、やっと花岡さんと目が合った。
彼女は俺の視線に気付くと、綺麗なまつ毛が並んだまぶたをピクっと弾ませ、小走りで近付いてくる。
「貸してくれてありがとう。これ洗って返すつもりなんだけど、持って帰られるのは嫌だとかある?」
いや、女子の使用後の生乾き体操服を、持ち帰られたくないからと言って強引に回収する方がやばいだろ。
もちろん持ち帰って洗ってください。
本当は、そのまま持ち帰ってタンスの奥に丁寧に保存し、家宝にでもしてやりたいくらいだがそんなことできる訳がないんだよな。
「丁寧にありがとう。返すのはいつでもいいからね。俺はまだ体育出れそうにないし」
「おっけー。まあ早めに返すよ」
翌日の朝、花岡さんは言った通りに体操服を丁寧に返してきた。
それだけではない。
綺麗に包装されたお菓子と一緒に紙袋に入れて。
俺は貰えないと言ったが、花岡さんは少し頬を赤らめながらも「受け取って」と紙袋を渡してくる。
「お菓子まで。俺なんかに、全然良いのに」
「ううん。気持ちだから遠慮しないで」
「あ、ありがとう」
「いやいや、お礼を言うのはこっちだよ。体操服、貸してくれてありがとね」
彼女は「じゃっ」と手を振って自席に戻る。
少し嬉しそうにポニーテールが跳ねていたのが印象的だった。
放課後、いつもより早く家に帰り、自分の部屋で花岡さんからもらったものを紙袋から取り出す。
丁寧に折り畳まれた体操服に続いて、綺麗に包装されていたお菓子を慎重に開いてみる。
その中身を見て、驚きで言葉が出なくなった。
――――手作りだ。
俺はギプスで固定された左腕で高鳴る心臓を抑えながら、ゆっくりと箱を開いた。
艶のあるチョコレートのコーティングがされたクッキーが箱から顔を出す。
夜空に浮かぶ半月みたいに、綺麗な半円が光を放っていた。
こんなに手の込んだクッキーを、一日で――――?
生地をトロッと滴るチョコレートが、いかにも甘そうな見た目をしていた。
俺が二年の時から想い続けてきた彼女が、こんなに甘い体験を用意してくれるなんて。
心臓のバクバクが止まらない。
嬉しさと緊張でまともに息ができないのだ。
彼女がこれを渡す時に少し頬を赤らめていた理由も察して、さらに胸が高鳴る。
――――食べるか?
勿体ない気もする。
けれど、今すぐにでもこの鮮やかなチョコレートの甘さを舌の上で確かめたくなった。
小さく震える右手でクッキーを手に取り、目を閉じて口に入れた。
甘くて、美味しい。
チロリと甘いチョコレートと、遅れて口の中に広がるほんのり塩っぱいクッキー生地のバランスがちょうど良くて、思わず頬が緩む。
クッキーひとつひとつの甘さに、温もりの込められた思いがあるように感じられた。
あんな偶然がこんな幸せを招くなんて思ってもいなかった。
そしてそんな幸福は、俺をすぐさま次の行動へと思い立たせた。
すぐにお母さんのいる台所へ行ってお菓子作りの準備を始める。
陰キャだけど、こう見えて俺は、料理が得意だった。
だから、こっちも一日で完璧に仕上げたお菓子を渡せば、最高のお返しができると思ったのだ。
お母さんはびっくりしていたが、「渡したい相手がいるんだ」と言うと何かを察して手伝ってくれた。
それと、作るお菓子は決まっていた。
お母さんが俺によく作ってくれた、マカロン。
いくつかは、チョコソースを付けてコーティングしてみようかな。
マカロン、チョコには、季節は違えどホワイトデーのお返しにも確か良さげな意味合いがあったような気がするし、お返しにもってこいだと思った。
お母さんはマカロンにチョコソースをトッピングしたことは無かったから驚いていたけれど、いざ作ろうとしている俺を見ると、満足そうな表情を浮かべていた。
「片手でよくできるわね。ホントに器用」
「お母さんを見て学んだだけだよ」
結局夜中には突入したもののお菓子は完成し、綺麗な包みに入れて準備は完了した。
お母さんが「上手く行くと良いわね」と言ってくれた。
俺はその言葉を噛み締め、早く明日になってくれないかなと期待して眠りについた。
翌日の朝、教室内にはまあまあ人がいて、相変わらず陰キャの俺にはかなり厳しいところがあったけれど、勇気を出して花岡さんの席にまで行った。
「あっ、あの。お菓子、ありがとう。まさかの手作りでびっくりした」
「あ、うんうん。お礼とか良いのよ。美味しかった?」
「うん……! 今までで一番美味しいクッキーだった」
「一番かー、嬉しい。ありがとね」
「それで、じ、実は俺もお菓子作るの好きで、手作り作ったんだ」
「えっ!?」
「良かったら、食べて」
「嬉しい……! ありがとう!!」
数人がこちらを見ていた気がするけど、気にしなかった。気にしたくなかった。
目の前の花岡さんだけに集中したかったからだ。
こんなにも目を輝かせて喜んでくれている。
そんな彼女の姿を、大事に目に焼き付けたかった。
「あの、今日の放課後話したいことあるから教室残ってくれる?」
「え、う、うん。何も予定ないし、良いよ。今でも良いし」
「ううん、時間的に放課後がいい」
彼女は少し照れながら、チラッとこちらを見た。
俺はその魅力的な表情に思わず息を飲み、硬くなりながらも頷いた。
その日の授業はほとんど頭に入らなかった。
授業中、勢いで俺から想いを伝えてみようかな、なんて妄想しては「早まるな」と頭の中で自制する。
頭の中の俺が、「お前じゃ釣り合わない」と服の背中を引っ張っていた。
気になってしょうがないから花岡さんの方をチラッと見ると、彼女も目だけこちらに寄せていた。
ドキッとして思わず目を伏せる。
授業中なのに心臓の高鳴りがうるさくて、周りに聞こえていないか心配になるほどだった。
放課後、教室から人が中々減らなかったからか、花岡さんは俺を人のいない教室へ連れて行った。
心臓よ落ち着いてくれ。
期待と緊張で上手く息ができなくなっていた。
好きだった人と二人で話すチャンス――。
妄想していたあの自分が「頑張れ」と言っているような気さえした。
「島くん、良かったらなんだけど、今度一緒にお菓子を作らない……?」
「えっ?」
「ごめんね、急に。変だよね、お返し貰ったからって突然誘うなんて」
「いや、凄く嬉しいよ。花岡さんのクッキー凄く美味しくて、ぜひ作ってるところも見たいって思ってたんだ」
自分で喋りながら何を言ってるんだと思った。
クラスの女子がお菓子を作っているところを見たいなんて、引かれてもおかしく――――
「良かった、嬉しい!」
今まで自制しかしていなかった俺の頭の中は、突如みんなで手のひらを返したかのように、俺の肩に乗って応援を始めた。
そうか、今しかない。
俺はただの陰キャ男子だけど、花岡さんはそんな俺とお菓子を作ることを喜んでくれた。
伝えたい。
この想いは、今や伝えたくて爆発しそうになっていた。
あんなに甘いサプライズをくれた彼女に、最高に甘いお返しをしたいのだ。
「「……あの」」
俺が口を開いたと同時に花岡さんも言いかけて、思わず目が合う。
その透き通った目は、例のチョコレートみたいに照り輝く、綺麗な瞳をしていた。
「島くんは、何を言おうと思ったの」
「えっと……」
一瞬言葉が詰まったけれど、勇気を出して紡いだ。
勇気を振り絞って、彼女の目を見て言った。
「実は、二年生の時からずっと気になってて、手作りのお返しを貰ってすごく嬉しかった」
「……うん」
「急でごめん。花岡さんのこと、前から好きでした」
「……嬉しい。ありがとう! 実は私もずっと気になってて、だから誘ったの」
「……えっ? 本当に? 誘われたの、すごく嬉しかった。俺なんかで良いのかなって。だから、聞かせて欲しいです。俺なんかで良ければ、お付き合いしませんか?」
「こちらこそ、私で良ければ」
顔を真っ赤にしながらも、一度も目線を逸らさずに思いを伝え切った。
彼女も照れながら、優しい表情で微笑んでくれた。
その嬉しそうな笑顔が宝石のように輝いていて、思わず見惚れてしまう。
「ありがとう」
「私からも、ありがと!」
ふふ、と二人で笑った。
春の暖かい西日が二人を包んでいた。
この時間がずっと続いて欲しいと思った。
◆◇◆◇
あの日の放課後から、月日は川のように流れていった。
楽しい時間は本当にあっという間に過ぎていく。
一ヶ月に一回くらいの頻度で俺の家に詩を招き、お菓子を一緒に作った。
詩はお菓子を作っている時も、どんな時もずっと笑顔が絶えなかった。
そんな彼女の幸せそうな表情を、ずっと見ていたいと思った。
お母さんも満足そうにニコニコしていて、俺も嬉しくてたまらなかった。
俺と詩は、高校を卒業して大学に入ってからも、そして大人になってからも、飽きることなく一緒にお菓子を作った。
そして今では新築の家の台所で、二人で並ぶ毎日を送っている。
「ねえね、あの時のこと覚えてる? 『苗字が変わったの』って話」
「うん、覚えてるよ」
「まさか、本当に変わるなんてね」
「俺の方がびっくりしてるよ」
「でもさ、私今『島 詩』だよ。『しまうた』だってさ」
「ふふ、揶揄われないようにしないとだね」
「蒼介君が守ってよね」
「もちろん」
幸せな生活は今も、これからもずっと続いていくだろう――――。
あの時の「偶然」が、彼女との縁を作るきっかけになるなんて。
人生は、何が起こるか分からない。
恋愛においても、ゴールで誰と結ばれるかも分からない。
隣に立つ彼女の、相変わらず眩しい笑顔を全身で受け止めながら、俺はそんなことを考えていた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
最後ちょっと駆け足にはなりましたが、両片想いの幸せエンドをなんとか書けました✨
説明が欠けているところは皆様の想像にお任せします^^;
今後のモチベになりますので、☆やブクマ、感想などぜひぜひお待ちしております!




