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薬も過ぎれば  作者: 伊織ライ


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ナタリエ・ブラウンの場合1

「ナタリエ! お前はただでさえ地味で陰気なくせに、また本など読んで時間を無駄にしておるのか! いつか我がブラウン伯爵家の役に立てばと思いこれまで家に置いていたが……己の立場も理解せず遊んでばかりいる者をいつまでも養ってやるつもりはないからな。少しでも条件のいい嫁ぎ先でも探して、さっさと繋ぎを付けてこんか! はぁ……その目だよ。全く忌々しいほど母上にそっくりだ」

「……申し訳ございません、お父様」


 図書室で本を選び、自室に持ち帰る途中で運悪く父親に遭遇してしまった。いつもならこの時間は愛人の元へ行っているはずだったのに……金払いが悪くなり振られでもしたか。

 苛立ちをぶつけるようにダラダラと暴言を吐き続ける父に付き合っていると、出先から帰ったらしい母親まで鉢合わせてしまった。嫌悪感丸出しの表情で睨み付けられてはいるが、今日は手が出ないだけマシだろう。夫婦とは名ばかりの冷え切った関係でしかないくせに、こういう時だけはそっくりの表情をして並び立つのだから面白い。案外この二人は気が合うのではないだろうか。敵の敵は味方とか、そういうことなのか。


 今世の父と母は、私という存在をたいそう嫌悪している。父方の祖母に容姿が似ているから、とにかく気に入らないのだそうだ。その祖母はといえば私が生まれてすぐの頃に病気で亡くなっているらしいけれど、跡継ぎである父への教育も他家から嫁いできた母への指導もそれはそれは厳しかったのだとか。

 母がひと際機嫌の悪い日になにかの罰だと言って納戸へ閉じ込められた際、そこに片付けられていた祖母の姿絵を偶然発見した。確かに描かれている女性の髪は私と同じ艶やかな黒色で、真っすぐにこちらを見据える瞳も極めて黒に近い藍色で表現されていた。正確に言うと私は濃い茶色の瞳だが、絵の精度が分からないし例え両親に聞いても答えは貰えないだろうけれど。

 その絵の中の女性は、とても美しかった。私の祖父であろう青年と寄り添い並び立つ姿はなんだか凛としていて、この彼女と自分が似ていると言われるのはいっそ光栄なことだとさえ思えた。その後祖父が爵位を譲る際に描かれたであろう別の絵でも相変わらず背筋は真っすぐで涼やかな美貌を失っておらず、穏やかな微笑みと知的な眼差しには年を重ねた分だけの深みが増している。派手な美しさではないけれど、つい目を引き寄せられてしまうような不思議な魅力のある女性だった。

 私の父の髪色は明るめの緑色で、絵の中の祖父の髪も濃い緑で描かれていたことからおそらく家系的な遺伝なのだろう。カラーバリエーションが多すぎて煩雑にはなっているけれど、一応血筋による遺伝の法則はこの世界でも存在しているようだ。ちなみに母の髪色は夜道で発光しそうなほど派手なオレンジ色である。これが毛染めなどせずとも自然に出ている色だというのだから本当に不思議だ。

 この国において純粋な黒髪というのはかなり珍しく、貴族の中で同様の人に出会ったことは今のところ一度もない。市井に下りた際平民の中にはごく稀に見かけることもあるが、どうやらルーツは異国にあるらしい。祖母の母……私の曾祖母がその国の血を持っていたようだ。

 私はこの黒髪を気に入っている。両親からすると、どうやら不気味で汚らしい色にしか見えないらしいけれど。どれほど貶されたとて、転生前の記憶を持つ私からすればごく普通の髪色でしかない。それに、この世界の人々が持つあまりにも奇抜な髪色の方がよほど落ち着かないし違和感を感じてしまうのだ。

 アマーリエの美しい金髪も気に入っていたが、この艶々した黒髪だってそう悪いものではないと思う。確かに地味かもしれないけれど、この長く黒々としたまつ毛が瞳を縁取る様子などは強い意志が感じられて良いではないか。


 ◇


 納戸で絵を見たその後から、私は積極的に祖母の軌跡を調べ始めた。自分に似ているらしい女性のことが気になったのもあるし、図書室で見つけた資料が純粋に興味深かったという理由もある。女性らしい丁寧な筆跡で、薬草の知識や見解を記した研究資料が残されていたのだ。隅に描かれた絵は精密で、薬効を調べるための実験もかなり論理的に行われている。科学技術がよほど発展したあの世界で、製薬会社の娘であり医者の妻として生きてきた頃の知識と合致する部分も数多く見られた。

 ()()という不可思議な力が存在している時点で、ここは現代日本とも前世アマーリエが暮らした世界とも異なる(ことわり)を持つ世界なのだと理解はしているけれど……その中でも共通する事柄は決して少なくなく、記憶の中の知識とこの世界における常識をすり合わせる作業は思ったより楽しく(はかど)る作業であったのだ。


「解剖はほとんど行われていないみたい。目に見えない菌とかウイルスとかの考え方は一応あるのね……。薬学はどちらかというと、漢方に近いかしら」


 本当に祖母は優秀な研究者であったのだろう。もしまだお元気でいらしたら、是非教えを乞うてみたかったと心から残念に思う。

 伯爵家の当主夫人だからか、医者として患者を診るようなことはしていなかったようだ。研究者として薬草を育てたり、新しい薬を調合したりしてその結果を城の専門部署に上げることはあったらしい。もしかすると、理恵の夫と似たような立場だろうか? どちらが優秀だったのかなんて今更比べることは出来ないけれども。


 ところで我が父は権力に弱く、金儲けは下手なくせにプライドが高く浪費するのは大好きな人間である。父の姉──私の伯母にあたる女性が同年代の中でも突出するほど優秀であったらしく、学業はもちろん貴族的なマナーやダンス、乗馬や剣術にまで才能を見せて幼い頃から神童と呼ばれることもあったのだとか。そんなふうに己の姉がちやほやとされ、凡才しか持たぬ父は拗らせてしまったのだろうか。貢げば貢ぐほどちやほやと誉めそやしてくれる若い娘を愛人として囲い、下手な投資をしては家の財産をすり減らしている。それでもなお己の無能を認められず、高位貴族に侍ってはその威光にあやかろうと必死になっているようだ。

 学者として優秀だった祖母と、領主として真っ当に統治を行っていた祖父。その家に生まれた神童とも名高い長女と、少々見劣りのする嫡男。そこで奮起するのではなく周囲を(ねた)(そし)る方向にいくあたりが彼の彼たる所以だろうか。

 ちなみに伯母は他国の高位貴族から熱烈な求婚を受け、成人早々に嫁いでいったそうだ。帰省など簡単に出来る距離でもなく、数年に一度便りはあるらしいが私は会ったことがない。己に敵愾心を抱く弟が継いだ家など、積極的に帰る理由もないのだろう。もし私にも乗馬の才能があったなら、思い切って伯母の元を尋ねてみても良かったかもしれないなと少しだけ残念に思う。自分の才能と努力によって広い世界へ飛び立っていった伯母の存在は、祖母に次いで私の憧れでもあった。

 一方母はというと、確かに華やかでぱっと目を引く美しい顔立ちなのだとは思う。しかしそれをもって余りあるほどの傲慢な気性で、気まぐれに使用人達へ理不尽な要求をしては罰だなんだと暴力を振るう。元々は侯爵家の令嬢だったそうだが幼い頃よりその性格に難ありとされ、厄介払いよろしくこのブラウン伯爵家へ嫁に出されたとか。

 我が家門は王城で重要な役に就くでもなく、領地にたいした産業もないという毒にも薬にもならない立ち位置だ。持参金として結構な金額が払われたそうだが、それが実質の手切れ金だったのだろう。私自身は母方の祖父母などとも会ったことはない。

 何故私がこんな話を知っているかといえば、昔参加した茶会の席で鮮やかなオレンジ色の髪をした令嬢に教えてもらったからである。多分あれが母方の縁者だったのだと思う。もしかすると従姉妹(いとこ)だった可能性もある。彼女は名乗らなかったし、それきり会うこともなくなったので分からないけれど。幼い私を傷付けようと思ったのか、ただ馬鹿にしようとしたのかは分からない。ただ、生まれてすぐから転生前の記憶を自認していた私からすれば『なるほどそうなのね』と事前に覚悟が出来てありがたかったくらいのものだ。

 思った反応を得られずに面白くなかったのか、踵を返して過ぎ去る令嬢の横顔は確かに母とよく似ていたように思う。


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