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薬も過ぎれば  作者: 伊織ライ


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閑話 クラスメイト

「その髪飾り、凄く似合ってるね!」


 いよいよ始まった学園生活に僅かの緊張を覚え、うまくやっていけるだろうかと固くなっていた私に突然声を掛ける人がいて驚いた。明るい声は良く通って耳に心地いい。視線を向けてみれば、ひとりの女子生徒がニコニコとこちらに笑顔を向けつつ隣の席に座るところであった。

 サラサラの金髪に透き通るような水色の瞳が美しく、小柄な彼女にはまるで小動物のような可愛らしさがある。いっそ強情なほどに真っすぐな、面白みのない私の茶色い髪とは大違い。耳にかけても落ちてきてしまうそれをハーフアップにまとめているのは、確かにお気に入りの髪飾りだった。視察で出かけた兄が珍しく土産にと買ってきてくれたもので、異国風のデザインが我ながら似合っているのではないかと思っていたのだ。


「あ、ありがとう……これ、お気に入りなの」

「うん、チョコレートみたいに綺麗な髪だから大人っぽいデザインが映えてて本当に素敵だと思って!」


 貴族の間では、誉め言葉の振りをした嫌味や忠告が数多ある。高位の家の令嬢より高価な品を着けてはいけないだとか、派手すぎて目立っても良くないだとか。

 けれど彼女の瞳はそんな裏を少しも感じさせないくらい穏やかに澄んでいて、こちらに向けられる笑顔にはいっそ貴族らしくないとも言えるほど全開の好意が乗っていた。

 こんな綺麗な金髪の相手に、私の茶髪を褒められたって嫌味だとしか思えない。そのはずなのに、なぜか彼女が口にする言葉は全てそのまま受け止めることが出来た。


「……貴女のレースのリボンも良く似合ってると思う」

「本当?! 嬉しい! これ、自分で編んでみたの。張り切って作った甲斐があったわ! あ、私はアマーリエ・ブライトマイヤー。良かったらアマーリエって呼んでね!」


 ブライトマイヤーと言えば、地方の男爵家だっただろうか。本来なら子爵家の私より先に話しかけてくるのもマナー違反と取られかねない行為だ。勿論今は学園の一生徒同士だから、それほど厳しく社交界のマナーを踏襲する必要もないのだろうが。


「うん、よろしくね、アマーリエ」


 けれど私は、目の前でニコニコと笑う彼女と仲良くなりたいと思った。彼女と一緒なら、これから始まる学園生活も楽しいものになるのではないかという期待を確かに感じたから。


 ◇


「ねえ、ご覧になって。またあの方よ……」

「いやだ、男爵令嬢ごときが図々しくもバスティアン様に(まと)わりついて」

「あの大きな胸で誘惑でもしてるのかしら。はしたないわ」


 結果から言うと、私がアマーリエと楽しい学園生活を送ることはなかった。彼女の美しい容姿と庇護欲をそそる小柄な身体、しかし女性らしさを感じさせる大きな胸とくびれた細い腰。それらに引き寄せられた男子生徒たちが派手にアピール合戦を繰り広げた結果、彼女はあっという間に女性生徒からの顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまったからだ。

 正確に言うと、特段彼女は悪いことをしたわけではないと思う。私に話しかけてくれたのと同様、皆に対して明るく対応していたアマーリエ。それ自体は誰に批判されることでもないだろう。けれど男子生徒同士で起きた彼女を巡る(いさか)いを収めたのが、偶然そこを通りがかった公爵令息バスティアン様であり、また騎士団長の子息であるファルク様だった。婚約者もおらず将来も有望、なおかつ見目も抜群に素晴らしい彼らは令嬢たちの憧れの存在だ。そんな彼らから守られ、親しく付き合うようになったアマーリエが嫉妬の視線を向けられるのも仕方のないことかもしれない。ましてやそこに、王族であるフリードヘルム殿下も加わったというのだから。


「殿下まで(たぶら)かすなんて、許せないわ……」

「ねえ、恥ずかしくてもう学園に顔を出せないように、少し分からせてやりましょうよ」

「そうね、田舎者の礼儀知らずは一度立場を理解した方がいいのだわ」

「それが後々彼女の為にもなるでしょう」


 アマーリエが普段着ているドレスは決して豪華なものではない。大事に手入れをして直したり傷んだところを工夫して誤魔化したりと、彼女自身で手を加えやりくりしていることを私は知っていた。裕福とはいえない領地からはるばる出て来て、この学園で学べることは全て持ち帰ろうと真剣に努力を重ねていたことも。どれだけ男子生徒から誘いをかけられようとも、アマーリエは勉強をおろそかにはしなかった。真剣に、けれどもどこか楽しそうに授業を聞く彼女の姿が最も美しく魅力的なのだと、私は知っていたのに……。


「──きゃ! ヤダっ、スカート切れてる……!」


 ばっさりと鋭利な刃物で切られたスカートの裾を押さえ、慌てるアマーリエ。下着が見えないよう気を付けつつ小走りでパタパタと駆け、教室を後にする姿に小さくため息が漏れた。彼女の身体が傷付けられなくて良かったという安堵と……何の言葉もかけてあげられない己の無力さに。

 窓からふと見た前庭では、ちょうど通りかかったらしいフリードヘルム殿下が自らの上着を脱ぎ、彼女の肩に掛けてあげるところであった。会話は聞こえないけれど、笑顔で首を振るアマーリエはきっと誰の文句も言わず大丈夫だからとでも言っているのだろう。そういう子なのだ。

 その様子を同じく見ていたらしい侯爵令嬢がぎりっと奥歯を噛み、影のように控える侍従が静かに頭を下げている。鋭利な刃物など令嬢は持たないだろうから……察することはあっても、何をしてあげることもできない。所詮私だって子爵家の娘でしかないのだから。

 

 確かにアマーリエは大変に見目が良く、しかしそれに驕ることのない素直な明るさは人目を引いた。小柄ながら女性的な身体つきも、年頃の男子生徒たちからすれば魅力的なものだっただろう。けれど彼女は婚約者のいる男子生徒に対しては極めて常識的な距離感で相対していたし、仮に誘われたとしても期待を持たせることは決してなかった。逆に決まった相手のいない異性に対しては、少々身体的な接触が多かったように思う。とはいえ学園内でのやりとりだ。多少手に触れたり肩が触れたりしたところで、夜会のダンスの方が余程密着しているというものだろう。

 あの大きな瞳をぱちりと瞬かせて見上げる仕草も、悪戯っぽく舌をぺろりとのぞかせておどける表情も、貴族令嬢たちからしてみればあざとくはしたないと批難の要因になっていた。でも、きっと。私を含めた女子生徒たちは皆、本当は羨ましかったのではないだろうか?

 幼い頃から家同士の付き合いで顔を合わせ、淡く憧れの気持ちを抱いていた令息たちに学園で再会を果たし、あわよくば交流を深めて婚約者になれたらと期待に胸を膨らませていた令嬢も多いだろう。けれど私たちは親や家庭教師から厳しい教えを受け、いつでも淑女らしくあれと躾けられてきた。家を背負うものとして、決して恥ずかしい行いはしないようにと。

 そんな中、様子を見ているうちに憧れの令息たちは揃ってアマーリエに惹かれていったのだ。自分たちが必死で矯正したはずの、()()()()()()()()()()()()()()()をする田舎者の娘であるはずなのに。気取ったところがなくて可愛いよなと、くるくる変わる表情が愛らしいよな、と。

 悔しく思う気持ちも分かるのだ。これまで自分たちがやってきた苦労が全て台無しになったような無力感。だからこそ、そんな異物を排除しなければと焦る気持ちも沸いてこよう。


「次はインクでもかけてやろうかしら」

「いいわね。中庭の噴水に突き落とすのはどうかしら」

「ふふっ、ずぶ濡れのドブネズミみたいで田舎娘にはお似合いだわ」


 アマーリエは私の面白みのない茶髪を、チョコレートみたいに綺麗だと言った。あの子は、他人の良いところを見付けるのが上手なのだと思う。そして見付けた長所は照れることもなく真っすぐに素敵だねと伝えてくれる。


 醜い薄ら笑いで他者を害する計画を立てる高貴な令嬢たちと、そんな彼女らを横目に見つつも己の保身のために口を(つぐ)み続ける自分と──果たして誰が、最も恥ずかしい行いをしているのだろうか。


 

 アマーリエが()()()()()()()暴漢に襲われその命を落としたという情報を聞いたのは、それから間もなくのこと。これまで学園の令嬢たちがしていたことを知ったフリードヘルム殿下やバスティアン公爵令息たちの調査により、犯人の男が某貴族令嬢の従者であったことが判明。その家では税金逃れや使用人の不審死なども度々発生していたことが分かり、当主の交代と共に降爵の沙汰が下された。

 それと同時にクラスメイトの令嬢が数人、静かに学園を去っていった。噂好きの女子生徒によれば、戒律の厳しい修道院へ送られたのだという。それで、アマーリエが帰ってくるわけではないけれど……。


『良かったら貰ってやって下さい』


 シンプルな封筒に押されたブライトマイヤー家の封蝋。中には一枚の手紙と美しいレースのリボンが入れられていた。田舎から出て学園で上手くやれるだろうかと心配していた娘から届いた手紙に、貴女の名前が書かれていたのだ、と。隣の席の子はとても優しそうで、手作りのレースのリボンを褒めてくれたのが嬉しかった。これからの生活が楽しみだ……とも。

 あの日、確かに私は彼女と友人になりたいと思ったはずだ。それなのに、困った状況に置かれたアマーリエを私は見捨ててしまった。ひとりでも味方がいたならば、何かが違っていたかもしれないのに。いくら悔やんでももう彼女は帰ってこない。あの明るい笑顔を見ることは、もう二度と出来ないのだ。

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