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薬も過ぎれば  作者: 伊織ライ


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アマーリエ・ブライトマイヤーの場合2

 学園の授業が終わった後、殿下が手配してくれた豪華な馬車でドレスショップへと向かう。バスティアン様が教えてくれたところによると、予約がいっぱいでいつも半年は待たされる有名店なのだとか。そんな所に私なんかがお邪魔しても良いものだろうか……?

 ちなみに殿下は一緒に行きたがっていたけれど、公務が入ったそうで向かうのは私だけだ。男性とふたりきりで馬車に乗る事は出来ないし、私には侍女もいないからかえってひとりで良かったかもと思う。殿下と街へ降りるなんて、やっぱり緊張してしまうしね。


 馬車を降り、仕立ての良いスーツを着たドアマンのエスコートで店内へと足を踏み入れる。


「こんにちは!」

「いらっしゃいませ、アマーリエ・ブライトマイヤー様ですね。お待ちしておりました」


 迎えてくれたのは上品に白髪をまとめ上げ、シンプルながらも繊細なレースのドレスに身を包んだご婦人だ。


「わたくしが店主のイザベルですわ。本日は夜会のドレスをお求めと伺っております」

「はい、フリードヘルム殿下がイザベル様のドレスなら間違いないと仰ってました!」

「あら、大変光栄なことですわ。それではこちらへどうぞ」


 着てきたドレスを手際よく剥ぎ取られると、出てきた数人の女性たちによって私の身体は余す所なく測られていった。針子さんたちのお仕着せでさえ機能的かつ優美だ。およそこの店には相応しくない装いで現れた私にも丁寧に接してくれるし、脱いだ継ぎ接ぎだらけのドレスだって丁寧に扱ってくれているのが分かる。殿下が紹介してくれただけあって、本当にいい店だ。


「まぁ、細い腰!」

「本当ですわね。お胸は豊かでメリハリがあるわ」

「可愛らしいお顔立ちだけれどとても女性的ね」

「身長は小柄でいらっしゃるから──」


 今や学園内で私に友好的な女生徒はほとんどいない。興味のなさそうな人は多いが、庇って巻き込まれるのも嫌なのだろう。気持ちはわかる。

 身内以外の女性から、なんの嫌悪感もなく接してもらうのは久し振りのことだった。


「あの、もしかしなくても、これってオートクチュールです……よね?」

「ええ、そうですわ。お嬢様にぴったりのものをデザインいたしますわね」

「え、っと、いいんでしょうか……私男爵令嬢ですし、こんな……素敵なお店の……」

「もちろんでございますよ。当店は確かにご予約待ちのお客様が多くいらっしゃいますけれど、爵位で縛りがあるわけでもございませんし。殿下からもアマーリエ様に最も似合いのものをと仰せつかっておりますからね」

「嬉しい……ありがとう、ございます!」


 やっぱり綺麗な服を着られるのは嬉しい。前世では介護を始めた頃から、汚れが目立たず動きやすくて、洗いやすい服しか着られなかったから。

 ドレスは重いし動きにくいけれども、せっかく可愛く生まれたのだから着飾ってみたいという思いも大いにある。その結果として、愛し愛される最高の伴侶を見つけられたら最高なのだけれど。


 私とイザベル様と数人の針子でデザイン作業に入る。見本帳をめくりながら、希望や好みの傾向を問われた。

 これまで実家で用意されたものや、殿下にいただいたドレスは基本的にピンクや黄色などの淡い色が多く、スカートがふわっと広がるプリンセスラインが多かった。私が小柄なせいもあるのだろうが、前世の記憶持ちからするとフリルやリボンが甘すぎて幼く見えるような気もして……。着てみれば確かに似合っているけれど、もし機会があるなら違うデザインの物も試してみたいと思っていたのだ。


「あの、もう少し体に沿った形には出来ませんか……? 私、この通りの胸なので、全体的にふわっとさせると太って見える気がしていて。上半身をもう少しフィットさせたらスッキリ見えるのではないかと思って……」

「そうですね、確かにアマーリエ様のお胸だと腰をもっと絞った方がよさそうですわね。フリルは可愛らしいですがシルエットがぼやけますし」

「そうするとスレンダーラインということになりますか? アマーリエ様は小柄ですから、その辺りのバランスがどうなりますかしら」

「腰の高い所に切り替えを入れたらスタイルが良く見えそうです」


 ああでもない、こうでもないと楽しそうに女性たちが議論を交わす。学園で仲良くしてくれる令息たちは皆良い人だし話していて楽しいけれど、こうやってドレスの話で盛り上がれるのはやっぱり女性同士ならではだ。

 良い嫁ぎ先を見つけて、幸せな結婚をすることが一番大事な目標だけれど。できればこんな風に女友達とわいわい楽しめる学生生活も送ってみたかったなと少しだけ残念に思う。


「えっと、上半身は体に沿った作りで……でもそれであまり露出しては下品になってしまいそうですから、首元はレースで詰めて隠します。スカートはパニエで膨らませず……ゆったりとドレープを作る感じで。私はおっしゃる通り身長が低めなので、スカートの前側だけをこうして少し短くしたらどうでしょう? 後ろ側は長めのチュールを重ねて……そうです、そんな感じで立体感をだして、後ろ側に向けて流れるような形で」


 前世よく見たフィッシュテールドレスは、この国ではまだほとんど見かけたことがない。流行り廃りもあるけれど、基本的にはプリンセスラインやAラインのものが多い。背が高くスタイルのいい女性はスレンダーなタイプを着ていることもあるが、ダンスをするにはやはりふわりと膨らんだ形のドレスの方が見栄えがするのだろう。その分チュールを重ねてドレープを寄せたフィッシュテールであれば、くるりと回ったときにも裾が(なび)いて綺麗に見えるのではないだろうか。

 身長の低さは前側の裾を少し上げることでバランスを取れる。あまりにも足を露出するのははしたないと思われるだろうが、私はまだ学生だし足首程度までなら問題にはならない。あくまでも前後で長さの違うデザインのドレスが目新しいということだから。

 

 私の話を聞きながら、イザベル様がサラサラとデザイン画を仕上げていく。他のお針子さんたちも目を輝かせてその様子を横から覗き込んでいた。


「こんな感じでしょうか?」

「わぁ、イメージぴったりです! イザベル様すごい!」

「いえいえ、アマーリエ様の発想が素晴らしいのですわ。このドレスのデザイン、とても素敵です。きっとアマーリエ様によくお似合いになる……同じように体型で悩んでいる女性にも、きっと希望となるでしょう」

「そうだったなら、嬉しいです!」


 他にもいくつかドレスのデザインを提供して、その日は店を後にした。殿下と行く予定の夜会はまだ少し先になるから、生地やレースなどこれから選んで仕上げてくださるという。

 憧れのオートクチュールのドレス、しかも大人気店のイザベル様に作っていただけるなんて! 楽しみ過ぎて口元が緩む。

 おしゃれを楽しみ、会話を楽しみ、友人もたくさん出来て。きっと前世の夫が今の私を見たら驚いて目を回すだろう。もう後悔なんてしない。今度こそ自分のための人生を、思う存分満喫すると決めたのだから。



「おはよう、アマーリエ。今日も君は可愛いね」

「おはようございます、殿下! 殿下も相変わらず素敵です!」

「ふふ、それはありがとう。イザベルとの打ち合わせはうまく行ったみたいだね? 彼女がアマーリエの発想は素晴らしいと興奮して連絡をくれたよ。出来れば君のデザインで他のドレスも作りたいと。僕にも見せてくれと頼んだんだが……当日のお楽しみだと教えてくれないんだよ。ねえアマーリエ、待ちきれないな。どんなドレスにしたか教えてくれる?」


 蠱惑的な微笑みを浮かべて殿下が問うてくる。この年でこんな色気を醸し出せるだなんて、慣れた私でも流石に心臓がどきどきしてしまった。

 

「──俺も知りてぇな」

「私も、とても気になります」

「あ、ファルク様もバスティアン様もおはよう! うふふ、ドレスはイザベル様がとっても素敵に描いてくれたの。でもまだ内緒! その方が当日の楽しみになるでしょ?」


 これまで私が着ていたのはパステル系の淡い色ばかり。今回は生地の色も全くイメージを変えて大人っぽいものを選んだのだ。

 あのドレスを着た私を見たら、いつもとは違う魅力にコロッといっちゃう令息がいるかも……?

 楽しい想像にニコニコと笑みを溢し、私は校舎までの道を皆と歩いた。

 

 その姿を憎々しげに睨みつける視線には気付かぬままに。


 ◇


「アマーリエ、今日は騎士訓練の応援来ねえのか?」

「あ、ファルク様! ごめんね、今日はドレスの調整に呼ばれているからイザベル様のお店に行くの。だからもし良かったら明日顔出しても良いかな?」

「そうか、やっと出来たんだな。夜会でアマーリエが着飾った姿を見られるのが楽しみだ」

「うん! 私もみんなに見てもらうの楽しみなんだ! じゃあまた明日ね!」


 ファルク様に手を振り、学園の門を出る。今日はイザベル様の店からの急な呼び出しだったから、前回のようにフリードヘルム殿下の馬車はない。幸い街までは二十分くらいだし、貧乏男爵家出身の私にとっては全然平気で歩ける距離だ。

 どうせなら殿下にもらったアクセサリーも持ってきて合わせてみればよかったかな……などと考えながら意気揚々と歩いていたところ。建物の陰になる路地裏から黒い布で顔を隠した人達が数人、音もなく現れた。体格的におそらく皆男性だろう。布の隙間から唯一覗いている瞳には、皆一様に殺気が滲んでいた。


「──え?」


 道の端に寄るも、進行方向を塞ぐように彼らもまた追いかけてくる。どうやらこれは、偶然の事態ではなさそうだ。


「……私に、何か?」

「個人的な恨みはないがな。しかしお前は、なかなか方々から嫌われているようだぞ?」


 ニヤニヤと嗤いながら言われた言葉が咄嗟に理解できず、思考が真っ白になってしまう。どんどん迫ってくる男たちについ後退りをすれば、ザリっという音がして背後にも何者かが近付いてきていることを知る。


「きら、われて……」

「自覚もないのか? まあ確かにお可愛らしい顔だがな。その小さな頭の中には花畑が詰まっているのか? ──邪魔なんだとよ。お前は、()()()()()たんだ」


 勝手にガタガタと震える身体が、命の危険を察知している。一度死んだことがある身だというのに。他人の殺気というものは、これほどまでに恐ろしいものなのか。


「わ、わたしを……どうするの……」

「高貴な方たちの前に立てないほど()()()やれという依頼もあったし、見えないところに捨ててくればそれでいいという人もいた。しかし一番金を出した依頼人はな、残念ながらお嬢さんの命をお望みだ。ああ──なるべく苦しまないようにしてやるさ、だって俺たち自身はお前に何の恨みもないのだから。どうだ、優しいだろう?」


 ははは、違いねぇと誰かの嗤い声が響く。

 そんなにたくさんの人から、私という存在は疎まれていたのか。

 今度こそ、上手くやれていると思っていたのに。今度こそ、後悔のないように楽しい人生を生きられると思っていたのに。今度こそ、好きな人と幸せになってやると心に決めていたのに。


「──どうして」


 ドンと衝撃が走り、背中側から心臓へと熱が突き抜けた。


「っ……! はっ」

 

 見下ろせば、己の胸の中心から銀の刃物が生えている。


「あーあ、勿体ねえなぁ」

「もう少し育てばとんでもない別嬪に育ったろうなぁ」

「俺は今でもいけるぞ? 娼館に売りゃトップも目指せる器だぜ」

「こんだけ乳がありゃ確かに悪くなさそうだ」

「ああ、お前のご主人はそういや()()()だったもんな。女の妬みってのはつくづく怖いもんだぜ──」


 暗く沈んでいく視界の中で、まるで何事もない日常風景のひとつといった様に談笑する男たちの声が耳に響いていた。

 命の熱はあっという間に、私の中から流れ出ていってしまう。

 まだ、やりたいことがあったのに。夢を叶えられていないのに。幸せになりたかった、好きな人と結婚してみたかった。

 それから──あのドレスも、着たかったな……。


 アマーリエ・ブライトマイヤーは、そうして死んだ。

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