デルフィーヌ・ラクレア2
──なんでうまくいかないのかしら。
デルフィーヌはこみ上げる苛立ちを隠しきれずガリっと爪を噛んだ。ガタガタになってしまったそれは、国から連れてきた侍女に整えさせる。美しい自分に醜いところなどあってはならないからだ。
「痛いわっ、この出来損ないが……っ!」
「ひっ、申し訳──」
余計な所まで削った侍女の手を叩いて払う。カランと乾いた音を立て、やすりが床に転がり落ちた。
爪の手入れひとつまともに出来ない下働きなど、高い給金を貰っている癖になんと無能なことか。こいつも辞めさせてやりたいが、国から連れてきた者たちはすでにかなりの数を送り返してしまっている。
日常生活に必要な使用人はこの国からも借りられるけれど、そうなると勝手に辞めさせるのは難しくなる。まあ気に入らなければ適当な罪でもでっち上げて処分すればいいが、他国の王族に付ける使用人ともなると貴族の家の子息子女という場合がほとんどだろう。捏造がバレてしまうと流石にこちらの分が悪くなってしまう。それはあまり良い手ではないだろうから、最終手段にしたい。
「もう……本当に、どうして上手くいかないのかしら」
ラクレア王国では、私が少し誘えば皆が喜んで傅いてくれた。国王陛下は私が頼めばいくらでもお金をくれたし、多少の失敗は握りつぶしてもくれた。王太子である正妃の息子や王女たちはそれに対してぐちぐちと文句をつけていたけれど、そんなの知ったことではない。おそらくは、彼らよりも美しい私への嫉妬だろう。もしくはお父様から一番愛されている私が羨ましかったとか。
そろそろ年齢的にも本格的に結婚相手を探そうという話が出た時、その王太子がお父様に言ったらしい。
『この国でデルフィーヌが純潔を失っていることを知らぬ者はおりません。一夜の遊びならよくても、あのような尻軽を妻に欲しいという物好きはいないでしょう。資産だけは父上が十分すぎるほどに与えているようですから、そちら目当てで貰ってくれる先ならあるかもしれませんが』
なんと底意地の悪いことを言うのだろうか。私ほど美しい女であれば、何を放っても欲しがる男ばかりだというのに。母だって、身分は低くとも美しかったからこそ国王の妾妃として城に招かれたのではないか。その娘である私だって、同じ権利があるはずだ。お父様はいつも私に、お前は美しくあるだけで価値があるんだよと言ってくれた。ただそれだけでいいのだ、と。
周辺国の王族のうち、年頃で婚約者がいない者は数名存在していた。その中でも特に薬学や医療の分野での貢献が目覚ましく、何より見た目が美しいと噂のヴィンツェンツ殿下が最も私の相手に相応しい。そう思い、わざわざこの国まで足を運んでやったのだ。
お父様もヴィンツェンツ殿下が相手であれば国益に繋がるし、最悪子を孕むだけでも何かに使えるから良いだろうと喜んで送り出してくれたのに。なぜこうも上手くいかないのだろう……?
エスコートの手に胸を押し付けても笑顔でかわされ、挙げ句の果てには距離を取られて。お茶をしましょうと部屋に誘っても、使用人や騎士までぞろぞろと複数人連れて来るので二人きりになれる機会など少しもない。国で使っていた薬を少し混ぜたデザートも綺麗に残されてしまったので、もしかすると甘いものは嫌いだったのだろうか。あれを口にしてくれれば、きっとヴィンツェンツ殿下だって素直な心を解放し楽しい時間を共に過ごせたはずなのに……。次は塩気のあるスープにでも混ぜてみようかと考えつつ、唇を噛む。皆が喜んで抱く私の美しい身体に微塵も興味を示さないとは、殿下が男色だという話は聞いていないけれど。あのいつも横に侍っている侍従はわりと見目もいいし……殿下に比べればそりゃあ格が落ちるが、取っ掛かりとしては悪くないかもしれない。情報を得る対価として、何度か抱かせてやってもいいだろう。まさか殿下とあの侍従が良い仲だとかいうオチは流石にないわよね? そういうのに詳しかった侍女は私より胸が大きくてムカついたので、もうとっくにクビにしてしまったのだったか。
無能な侍女がモタモタと爪を整えるのを待ちながら、次の計画を立てた。
「城内ではなかなか二人きりになれないし……思い切って城下へデートに誘ってみてもいいかもしれないわ」
連れ込み宿はもちろん、劇場などでも個室はあるしなかなかムードが出るものだ。なんなら狭い馬車の中だって、近い距離に座ればこの肢体の魅力を存分に感じられることだろう。
そうとなれば、もう少し胸元の開いたドレスを着て行った方がいいかもしれない。上から覗き込んだ時に、より一層私の魅力が引き立つものを。甘い香りの香水はまだたっぷり残っていたはずだ。
「──ドレスルームに行くわ。それから針子も呼んできて」
「……畏まりました」
もたもたと動きの悪い侍女に苛立ちが募る。目立たないから今まで残っていただけで、これなら先日辞めさせた者の方がまだ使えたかもしれない。ため息を吐きつつ、ギリリと爪を噛んだ。




