初めての友人7
「あの……私の話も聞いていただいてよろしいかしら」
新薬についてぽつぽつと話す私たちへ向けて、おずおずとカトリン様が声を掛けてきた。
常に凛とした雰囲気を崩さない彼女にしては、随分控え目な声量で。
「ええ、もちろんですわ」
「私も、実は……婚約者とあまりうまくいっていなくて」
しゅんと項垂れたカトリン様は膝の上で指先をもじもじと動かしている。頬はほんのりと桃色に染まり、ちらりとこちらの様子を伺う表情はどう見ても恋する乙女そのものであった。
でも、ちょっと待って欲しい。今、聞き捨てならない台詞があったような……。
「え……──と、まず先に確認させていただきたいのですけれど。カトリン様は、ヴィンツェンツ様に近付く悪女を排除せんと立ち上がり、その結果としてあの日私に忠告してきた……のですよね?」
「……そうね、あの時はまだナタリエ様のことを勘違いしていたから。本当にごめんなさい、短慮な行動だったと反省しているわ」
「いえ、それは全然いいのです。陰口を叩くでもなく嫌がらせをするでもなく、直接伝えに来てくれたのはカトリン様だけでしたので。私、少し感動しておりましたの。ただ、えっと……それはつまり、ヴィンツェンツ様に憧れて、ヴィンツェンツ様の婚約者の座を奪われまいとしてとった行動ではなかったのですか……?」
殿下の力になりたい、一番近くでお支えしたいと熱弁していた彼女はてっきりヴィンツェンツ様のことが好きなのかと思っていたのだけれど。
「まさか! 私はただ、素晴らしい研究者である殿下に幸せになっていただきたかっただけで……私などが横に立つなど恐れ多くて考えたこともございません。お父様も日々、殿下の功績を褒めたたえておりますし……それに見合ったお相手でなければと先走ってしまいましたの。もちろん憧れる気持ちはありますし素敵だとも思いますが、だからといって個人的にどうこうなろうというのでは決してないのよ」
その言葉を聞き、どこか胸のつかえが取れたような気がした。
「まあ……そうだったのですね。では本当に、研究の力になりたいという意味だったと」
「父は王宮衛生管理局長のお役目を頂いておりますし、そういう意味でも色々な面からサポートできるのではないかと思いましたのよ。──でも、それだって言い訳なのかもしれないわ。もし殿下から私の知識や仕事ぶりを認めていただけたなら、私の婚約者も対等なパートナーとして扱ってくれるのではないかと心のどこかで期待していたのかもしれません……」
それから聞いた話によると。カトリン様の婚約者はお父君の直属の部下にあたる方で、彼もまた王宮衛生管理局に勤めているとのこと。伯爵家の次男だけれどたいそう頭が良く、実直な仕事ぶりが気に入ったお父君自ら娘の婚約者にと勧めてきたようだ。
初めての顔合わせで、その落ち着いた立ち居振る舞いやそつなく話題を提供し話を振ってくれる彼にカトリン様は一目で心奪われたのだそうだ。
けれども、もっと仲を深めようと差し入れをもって職場へ訪れた際、閉じた扉の中から婚約者の声が聞こえてきてしまった。
『仕事の重要性を分かってくれる女性がいい』
『自分と同じくらいの知識を持って話をできたら、茶会の時間も苦ではなくなるのに』
それからは必至で勉強に励んだ。父が王宮でどのような仕事をしているのか、それにはどんな知識が必要となるのか。知れば知るほど彼がやっている仕事の重要性が分かって来たし、それを邪魔しようとした自分の愚かさも知った。
「それまで私はお茶会の場でも、ドレスやお化粧の流行りや最新のお芝居のこと、気に入って読んでいる恋愛小説の話なんかしかしていなかったのよ」
「ああ……それは確かに、男性には少し難しい話題だったかもしれませんね」
「あの方に一目で惹かれて好きになったはずなのに、思い返してみたら彼のことなんて全然知らなかったの。私、自分のことを話してばかりで彼のことを聞いたりしなかったのね。それこそ、普段どんなお仕事をしているのかも知らなければ、好きな食べ物のひとつも分からないままで」
当然職務上、全てのことを話せるわけではないだろう。守秘義務のようなものもあるかもしれないし、ましてやカトリン様とはまだ婚約者であって結婚したわけではないのだから。
「それまでの私はきっと、彼から見たらただ愚かで面倒な令嬢だったと思うわ。でもせめて、彼が王宮で任されているお仕事の重要性の一端でも知れたらと思ったのよ。そうして必死で知識を付けて、父からも話を聞いてね。その父が殿下のことをたいそう褒めるものだから、であればここに来て一層上を目指すと同時に殿下の邪魔をする淫婦の排除を同時に行えば評価も上がって一石二鳥だわ……なんてね。現実はただただ真面目に働くナタリエ様の邪魔をしただけで終わってしまいましたけれど……重ね重ね、愚かな自分にため息が出るわ」
ふふっと小さく苦笑する彼女の表情は切なげで、でもとっても美人だ。それはきっと、彼女が恋をしているからなのだろう。誰かを思って努力しようとする女の子はいつだって美しい。
「邪魔だなんて思っておりませんわ。初めての作業が上手くいかないのは当たり前ですし、そもそも畑仕事に慣れている私の方が令嬢としてはおかしいのですから。それよりも今日は皆さんが来てくれて、こうしてお話しできたことをとても嬉しく思っています。本当ですよ? 自慢ではないですが、ご存知の通り私には友人と言える人がいませんので……同年代の女性とこんなに穏やかに会話を交わせるだなんて、まるで夢のようです」
「ナタリエ様……。貴女がこんなに話しやすい方だったなんて、全然知らなかったわ」
「本当にそうね。相手の事情も顧みず見た目の印象だけで決めつけるだなんて、いけないことだったと反省しているわ」
「でしたら……改めて、私とお友達になっていただけませんか? 私、皆さんともっと仲良くなりたいのです」
カトリン様とエレノア様、グレーテル様の顔を見ながらそう告げると、三人はパッと表情を明るくして頷いてくれた。
「もちろんですわ!」
「ええ、私もそう思います!」
「私も、仲良くしていただきたいわ」
アマーリエには、女性の友達がいなかった。でも自分で考えたドレスのデザインをお針子さんたちと相談しあうのは楽しかったし、それこそ流行りのスイーツや娯楽小説についてなど女同士の方が盛り上がれる話題は多くある。
ヴィンツェンツ様にはあの家以外の居場所を作ってもらって、薬学の師匠として貴重な知識も与えられているけれど。それとはまた違う方向で私の世界を広げていけたら、人生はどんどん色を増していくのではないだろうか? 幸せの形は、いくつあってもいいのだから。
「ふふっ、カトリン様もご婚約者の方にこうして素直な気持ちをお話しできたら、案外伝わることも多いかもしれませんね」
「まぁっ、そんな……いえ、でも確かにそうね。私、彼に直接気持ちを伝えたことなんて一度もなかったもの。最初の頃は少しでも仲良くなりたくてお茶会に誘ったりしていたけれど、今となってはそれがただ空回っていたのだと理解しているわ。向こうからしたら無意味に興味のない話を聞かされてさぞ退屈だったでしょう……。それならば最初から、貴方を好ましく思っているからもっと仲良くなりたいと伝えたら良かったのかもしれないわね」
「ええ、カトリン様は黙っていると凛として高貴な雰囲気がありますから、お相手の方ももしかすると遠慮してしまう部分もあったのかもしれません。けれどこうして直接お話してみればとっても可愛らしい女性だし、なにより自分が間違っていたことを認めてすぐに行動を改められるところが素晴らしいと思いますわ。他人に好意を告げられて嫌な思いをする人はそういないでしょうし、ましてやその相手が婚約者となればなおさら。余計なすれ違いを生む前に、まず自分の素直な思いを告げるようにすれば、きっと今より親密な関係になれるのではないでしょうか」
アマーリエの時、私は周囲の友人たちに積極的に声を掛けていた。貴方のここが素敵だとか、やってくれた行動に対する感謝の気持ちなども同様に。当時の私からすれば彼らは孫のような年齢であり、恋愛対象としての意識が薄かったせいもあるけれど……。そんな行動が令息たちを勘違いさせたこともあったのかもしれないが、カトリン様の場合は正真正銘の婚約者同士だ。好意を告げて悪いことなどないだろうし、それを無碍にする相手なら最初からミラー侯爵が娘の婚約者として挙げたりはしなかっただろう。せっかくお友達になれた、こんなに可愛らしい女性だ。どうか幸せになって欲しいと思う。
今考えてみればアマーリエは、理恵の意識を強く残しすぎていたのだろう。幸せな結婚を目標にしていたにもかかわらず、その根底にはずっと前世の夫と比較する意識があったのだから。
二度の転生を経て私はようやく、今の私を生きることが出来るようになった。自分を大事に出来ず後悔ばかりだった人生も、復讐にばかり目がいってやり方を間違えてしまった人生ももう終わり。それぞれで得た教訓だけを胸に、自分は自分としての人生を精一杯生きていけたらいい。今度こそ私は、私自身を幸せにしてあげたいのだ。
「──私もそう思いますわ! カトリン様はとってもお優しいしお可愛らしいのに、皆さまそれをあまり分かっていらっしゃらないのだと思うのです!」
「ええ、確かに。カトリン様はいつも私たちのことも気遣って下さるお優しい方ですわ」
「エレノア様、グレーテル様……! 皆さま私の大切なお友達ですもの、気遣うのは当然のことよ」
皆が素直な思いを口にしあい、照れと興奮に頬を染めている。女の子同士のじゃれ合いが微笑ましくてついつい和んでしまった。




