初めての友人6
「もうひとつ──聞いても、よろしいかしら。ナタリエ様はどうして、このような作業に慣れていますの?」
「お恥ずかしい話ですが、私……生家では冷遇されておりまして。満足な食事も与えられなかったものですから、幼い頃より食材になる野菜やなんかを屋敷の裏庭でこっそり育てていたんです」
「そんな……!」
「ひどいわ!」
口元に手を当て、絶句するエレノア様。貴族の家に生まれ、食事に困る者がいるなど考えたこともなかったのだろう。もちろん、普通はそうだ。
「では、あの……いつも着ていらっしゃるドレスは……?」
「あれは母のお下がりで。社交に出ろと命じるわりに、衣装はあんなものしか与えられないのですよ。女の武器でもなんでも使って、より良い嫁ぎ先を自分で見つけて来いとのことですが。もしかすると昔母もあのような格好で、父を籠絡したのかもしれませんね」
そうだとしたら引っかかった父も父だし、単純に母の趣味が悪いのならばそれもまた恥だと思うが。
「必要な衣類も与えずに夜会会場へ放置しておいて、ナタリエ様自身に嫁ぎ先を見付けろとおっしゃるの?! あり得ないわ……私の義母となる方も相当厳しい方だけれど、まさかそんな常識はずれのことをする実母がいるだなんて」
私への所業をまるで我が事のように怒り、共感してくれるグレーテル様は神経質そうに見えて実は情が深い方なのかもしれない。
「グレーテル様はもう結婚されていらっしゃるのですか?」
「いいえ、でも幼い頃からリード伯爵家の嫡男と婚約しているわ」
「まあ、それは凄いですね。リード伯爵というと、代々騎士団で要職についていらっしゃる家門ではなかったかしら」
先代の騎士団長が確か、リード姓ではなかったか。だとしたらかなりの名門伯爵家と言えるだろう。けれども黙って話を聞いているカトリン様とエレノア様は揃って眉を顰め、表情を暗くした。
「そう……なのだけれどね。代々リード家の嫡男は騎士として務めることが多いから、領地運営に関してはその妻が担うそうなのよ。だからきっと、勉強が得意だった私が婚約者に選ばれたのだと思う。実際十三歳から向こうのお家に入って伯爵夫人から教育を受けているの。領地の知識や法律、他領との付き合い方だとか、色々ね。最初は確かに面白かったし勉強するのも楽しかったわ。けれど最近は伯爵夫人がなんだかおかしくなってしまって……ずっとイライラしている様子で突然怒鳴り散らしたり、顔を真っ赤にしてヒステリーを起こしたり。もう私も二十歳になって、いい加減具体的な結婚の話を進めて欲しいとお願いしているのだけれど、それも全然決まらなくて。婚約者にも連絡をしているのだけれど──そちらもなかなか、ね」
「あの男、騎士としての才能なんて全くないのにコネでなんとか入り込んだと思ったら、碌な勤めも果たさず花街で遊んでばかりおりますのよ!」
「カトリン様、いいのですよ。あの方は最初から私のことがお気に召さないようでしたし」
「グレーテル様は夫人に怒鳴られながらも毎日一生懸命学んでいるというのに、本当に気にいらないったらないわ!! あんな男にグレーテル様はもったいないもの!!」
「そうですわよね。グレーテル様ほどの才女であれば、王宮で女官の仕事だっていくらでも務まりますのに……」
カトリン様は怒りに頬を上気させ、エレノア様は悲しそうに眉を下げた。本当に彼女たちは仲のいい友人同士なのだろう。そんな場面ではないけれど、少しだけ羨ましく思えた。自分のために怒ってくれる、そんな相手がいるのは幸せだ。
それはともかくとして──。
「少しお伺いしたいのですが、リード伯爵夫人は今大体おいくつくらいかお分かりですか?」
「え? そうですね、五十歳……くらいだったかしら」
「たとえば急な発汗だとか、冷えや火照り、頭痛やめまいなんかの症状はありそうですか?」
「発汗や火照り……ええ、ええ、確かに最近そのような様子が度々見られる気がします」
私の予想が正しいとしたら、リード伯爵夫人は更年期障害に悩まされているのではないだろうか?
「私は医師でも薬師でもありませんから、正確なことは申し上げられないのですけれど。もしかすると、夫人の症状を改善する手伝いくらいはできるかもしれません。精神的に不安定になったりイライラして周囲に当たったりしてしまうのも、その年代の女性特有の病気の症状なのです。もちろん今回がそれに該当するかどうかは分かりませんが、ダメで元々という気持ちで試してみませんか? ちょうど今この庭園で育てている薬草で作る薬湯があるのです。先ほどお出ししたハーブティーと同様、煮出して飲むものですから味も悪くないのですよ。まだ研究途中で正式に発表しているものではないですが、安全性自体は確認されていますし……何よりグレーテル様はきっと、リード伯爵夫人のことがお好きなのではないですか? 薬湯が良い方向に効いてくれれば、もしかすると以前のように冷静な話し合いができるようになるかもしれません」
その結果、グレーテル様と伯爵令息の婚約がどうなるかは分からないけれど。かつて様々な教えを授けてくれた尊敬できる相手を、病気の症状のせいで嫌いになってしまうのは互いに辛いことだと思うから。
「ナタリエ様……、ええ、そうね。確かにそうだわ。私、色々な事を教えて下さる伯爵夫人のことを尊敬していたの。あんな風に自立して働く格好いい大人になりたいって。だからこそ、最近夫人から厳しく当たられることに傷付いていたのかもしれないわ……。私が何か気に障ることをしてしまったのだと思っていたけれど、夫人も望まぬ病気の症状だったのだとしたら改善のお手伝いをしたいと思います。今後どうなるかは分からないけれど、それはそうなってから考えればいいのよ。例え婚約がなくなったとしても、夫人が私に授けてくれた知識は消えたりしないものね」
「もちろんですわ。では、帰りに薬湯をお渡ししますね。私たち若い世代の女性が飲んでも月の巡りが良くなる効果がありますから、どうぞリード夫人と一緒にグレーテル様もお飲みになってみて下さいな。もし良かったら今度会った時に、その後の調子などお聞かせいただけたら嬉しいです」
「本当にありがとう。是非そうさせていただくわ」
銀縁の眼鏡の奥、きつく見えていたその眦は今柔らかに細められていた。
義母との関係で悩んでいたグレーテル様の役に立てたら嬉しいと思う。それに図らずも新薬の効能調査にも繋がるのだから、私の利点も大いにある。この場合、無償の善意よりも受け取って貰いやすいのではないだろうか? それでもいい。むしろきっと、そのほうが良い。




