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薬も過ぎれば  作者: 伊織ライ


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20/34

初めての友人5

 雑草取りをしていた私の視界に、チラチラと華やかな色彩が入り込んできた。何か新しい花でも咲いたかと顔を上げれば、薬草庭園の入り口には数名の人影が並んでいる。


 その中心にいたのは、あの日夜会で会話を交わしたカトリン・ミラー侯爵令嬢であった。

 一度立ち上がり、令嬢たちへ向けて膝を折る。土にまみれた作業着(ワンピース)に、使い込んだ麦わら帽子姿では全く様になっていないのだけれども。

 そんな私の様子を見て、ぽかんとした顔をしているご令嬢たち。


「もしかして貴女、ナタリエ様ですの……?」

「嘘でしょう、下働きの……庭師ではなく?」

「えっ、いつも娼婦のような──ン、ンンッ」


 どうやらあまりに印象が違いすぎて、私だと気付いてさえいなかったようだ。ぽろぽろと漏れている正直な感想につい小さく笑ってしまった。


「ええ、もしかしなくても。皆さまごきげんよう、ナタリエ・ブラウンですわ。本日はこのような所まで如何されましたか?」

「……ごきげんよう、ナタリエ様。本日はこの薬草庭園の見学の許可を頂きまして、友人たちと参りましたの」

「そうでしたか。ヴィンツェンツ様の許可がおありでしたら問題ありませんよ。どうぞご自由にご覧になって下さい。もし案内が必要であればいたしますが」

「え、ええ……では、お願いしようかしら」


 ひそひそと話し合っているご友人はバール伯爵家のエレノア様とブロー子爵家のグレーテル様とおっしゃるそうだ。このお二人は茶会で顔を見かけたことがあるような気がする。会話をしたことはないけれど。


「ここからあの辺りまでは全て薬草ですね、生育条件が違うものは温室内にもありますが。葉を使うものや花を使うもの、それから根を使うものもあります。それぞれ一番良いタイミングで収穫し、必要な処理を施しています。たとえばこれは葉を乾燥させて使うので、こうして一枚ずつ摘んで後ほどまとめて火の魔法で乾かすわけですね。ですがこちらの薬草だと同じ乾燥作業でも熱を加えると効能が落ちてしまいますから、吊るし干しをしてじっくりと乾かします。ある程度は魔法で室内の湿度を下げて効率を上げたりはしますけれど」

「……意外と本格的ですのね?」

「当たり前ですよ。ここは研究用の薬草庭園ですし、素材が駄目だといくら研究したって良いものは出来上がりませんから」


 私の説明を聞いた令嬢たちは、何が何やらという顔をしている。お父様が王宮衛生管理局長をしているというカトリン様だけは、なるほどと頷いてくれた。


「ところで先日カトリン様にはお伝えしたのですけれど、この薬草庭園では随時人手が不足しているのです。皆さまがよろしければ、是非お仕事体験という形でも手伝っていただけたら嬉しいのですが……」

「それはつまり、私たちもここへ通うことになっても良いと仰るの?」

「ええ、もちろん。大歓迎ですわ」

「……ライバルが増えようとも、絶対に負けないという自信がおありなのかしら……?」


 ふっくらとした丸い頬におっとりとした話し方が印象的なエレノア様は白い手を頬に当てて小首を傾げ、不思議そうに呟く。


「ブラウン家の悪女は既に、ヴィンツェンツ殿下の聖域奥深くまで触手を伸ばしていると……」


 銀縁の眼鏡に紺色のストレートヘアが理知的なグレーテル様は、レンズ越しに目を細めて眉を(ひそ)めた。


「──よろしいですわ。貴女がそうおっしゃるなら、受けて立ちましょう。ヴィンツェンツ殿下に取り入ろうとする悪しき淫婦(いんぷ)は私たちが退治して差し上げますわッ!」


 まるで月に代わってお仕置きをしてくれる美少女戦士の如くポーズを決めたカトリン様の姿を見て、多分失礼なことを言われたにもかかわらずうっかり吹き出してしまう私なのだった。だってなんだか、とても可愛らしかったのだもの。


 

「カトリン様、それは雑草ではなく貴重な薬草ですから抜かないで下さいね! ああ、エレノア様、お尻が土まみれになってますわよ。グレーテル様、ミミズは益虫ですし噛みませんからそうっと戻してあげて下さいな!」


 きゃあきゃあと騒ぐご令嬢方は既に泥だらけでぐちゃぐちゃだ。


「イヤァ~! 虫、虫が登ってきますわぁ~! ひぃっ、ナタリエ様早く、どうにか、どうにかなさって……!」

「はいはい、あらダンゴムシですね。この子は大量発生しない限り益虫扱いですから、そっと戻してあげましょう。くるんと丸くなって、案外可愛いのですよ?」

「ひぃっ、近付けないで! 私もう無理ですわぁ~!」


 元々の青白い肌から更に血の気を引かせたエレノア様がパタパタと走り去っていく。虫のいない畑などないのだから、こればかりは仕方がないことだ。


「うっ……なんですのっこの臭いは?!」

「ああ、それは肥料ですよ。動物の糞などを使っていますから、多少は臭いがありますね」

「──っ! そんなものを私に運べだなんて、信じられない! ああっ、ドレスにも汚れがついてしまったじゃないの! 誰か、誰か着替えをっ!」


 一応このくらいなら運べるだろうかという程度の量に加減して運搬を頼んだのだけれど、重さの問題ではなかったらしい。彼女たちが普段食べている野菜だってきっと同じ肥料を使って育てられているし、肥料に加工された時点で随分臭いは軽減されているのだが。


「水やりってもしかして、この区画全てにですの……? このバケツに何回水を汲んで運ぶことになるのかしら」

「ここだとだいたい二十往復くらいですかね? 私はその他の区画も全て、天候によっては一日数回繰り返すのですが」

「にじゅ……無理、無理ですわ! もう既に腕が震えて持ち上がりませんの! もう休ませて──あっ!」


 一か所にばかり集中して水を撒いてしまったようで、ぬかるんだ地面に足が取られたようだ。よろめいたグレーテル様が膝を突き、その拍子に外れた銀縁の眼鏡がぺしょ……と泥の中に沈んでいった。


「「「もう、無理ですわ!!!!」」」


 ボロボロになった令嬢たちに見守られつつ、結局私はひとりでいつもの作業をこなす。草を抜き、肥料をやり、水やりをして。

 お手伝いを頼んだはずなのに、余計に仕事が増えたのは気のせいだろうか?


「──乾燥……っと。これでよし。次はこっちを刻む作業ね」

「ナタリエ様、少し質問してもよろしくて?」


 素材の下処理をする私に、なんだかげっそりとやつれたカトリン様が話しかけてきた。


「ええ、手を動かしながらでもよければ」

「ナタリエ様は随分魔法がお得意のようですけれど、水まきなどの作業ではどうして魔法を使わなかったのですか? 最初は私たちへの嫌がらせかと思いましたけれど、その後ご自身でも魔法抜きで手作業されておりましたでしょう」

「ああ、生育途中で他者の魔法が干渉しあうと、薬草の効能にばらつきが出てしまうようなのです。ここまで育った素材の下処理でしたら問題ないのですが、出来る限り良い状態で育てるには手作業した方がいい場面が案外あるのですよね」

「……そうなのね。私、王宮衛生管理局長の娘として薬学については随分詳しく学んできたつもりでしたけれど、全然知らなかったわ。薬草の効能についていくら学んでも、その薬草がどんな環境で育つのかなんて知ろうともしなかったもの。処理された素材として、お金を払って購入したことしかなかったからだわ」


 あんなに自信満々だったカトリン様が、すっかり元気をなくしてしょんぼり顔だ。私がおかしいだけで、彼女の方が令嬢としては普通だというのに。

 汚れたドレスを洗って乾かす間だけと貸した普段着(ワンピース)を身に纏い、東屋(ガゼボ)のソファセットにちんまりと腰掛けるエレノア様もグレーテル様も意気消沈してしまっている。世界の平和は私たちが守るのだとでもいうように、凛々しく登場したのがたったの数時間前だとは思えない。


「疲れましたでしょう? お茶でも召し上がってお待ちくださいね」

「……変わった香りね」

「でも美味しそうだわ」

「うん──爽やかで、スッキリするわ」


 お出ししたのは庭園で作っている薬草を調合して作ったハーブティー。ヴィンツェンツ様も気に入っているブレンドだ。


「お気に召していただけたなら良かったです。こちら、先ほど作業していただいた区画で作っている薬草なのですよ。リラックスできる効果もありますし、寝る前なんかは紅茶よりもむしろこちらの方がおすすめです」


 もうひとくち、こくりとお茶を飲み込んだカトリン様はそっとカップを置いて、私を真っすぐに見つめた。


「ナタリエ様が殿下の手伝いをしていると聞いた時、私てっきり……殿下にすり寄るための言い訳だと思いましたの」

「ええ、私も。()()()()が王族にまで触手を伸ばすというのであれば、臣下として絶対に排除しなければならないと」

「考えてみたら私たち、ナタリエ様と一度だって話をしたこともありませんでしたのに……」


 基本的に彼女たちは皆、正義感の強いタイプなのだろう。まっすぐで行動的。この世界の貴族令嬢としては少々お転婆かもしれないけれど、十代後半の女性だと思えば素直で可愛らしくさえあった。


「これほど大変なお仕事を毎日こなしていて、殿方を籠絡するためのご機嫌とりだなんてもう思えません。失礼なことを言って、本当に申し訳なかったわ」

「私たちも、謝ります。申し訳ございませんでした」

「本当にごめんなさいね」

「皆様……仕方がありませんわ。私も周囲からあれこれ言われるのが嫌で、必要な社交もせず逃げてばかりおりましたし」


 きちんと交流をできていれば、彼女たちのように話を聞いてくれる人は他にもいたかもしれないのだ。前世の経験もあって、他人と──とりわけ同年代の令嬢たちと深く付き合うのが怖かったのかもしれない。分かってもらう努力を怠った、私にも非はあるだろう。


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