藤原理恵の場合2
「お帰りなさい、あなた」
「──今帰った」
「お食事は? 簡単な物でも用意しましょうか」
「不要だ。済ませてきた」
「……そうでしたか。でしたら、お風呂に入られますか?」
「自分でやる。君はもう下がっていい」
「……承知しました」
あれから私は何事もなく大学を卒業し、親の勧めのままに彼と結婚をした。医者であり研究者でもある夫は予想以上に忙しく、家に帰らない日も多い。あの日見た微笑みが忘れられず……なんとか仲良くなりたいと、私なりに努力してみたりもしたけれど。私たち夫婦の間に横たわる溝は埋まる事なく、この距離が縮まる気配は一向になかった。
妻として求められないのであれば──せめて彼にとって有用な存在でありたいと、彼の視線を読んで必要になりそうなものを用意したり、懸念事項を先んじて排除したりといった努力もした。
学生の身から社会に出る事なく家庭に収まった私だけれど、元々学ぶことは好きだった。だからインターネットで調べたり書籍から拾い出したり、家にいる使用人にも話を聞いたし、もちろん夫の論文も読み込んで関連のある分野は網羅するつもりで知識を広げていった。外に働きに出ることは許されなかったから、時間だけは十分にあったのだ。そうやって、彼の仕事の一番の理解者であり、困った時にはすぐ支えたり手伝えるよう己の価値を高めてきたつもりだ。
夫は口数も少なく、表情もあまり豊かではない。周囲の人たちからは冷血漢だとか、仕事の鬼だとか、色々と言われているらしいけれど。そろそろ喉が渇くタイミングだろうという時に彼の好きな香りのお茶を淹れたり、次の学会の論文に役立ちそうな資料をまとめて渡した時。一瞬だけこちらを見て目を合わせ小さく頷いてくれるその仕草だけで、私は私の存在を認められたような気持ちになれたのだ。
結婚して五年余りが経った頃に、ようやく子供が出来た。実家からも義母からも、早く跡継ぎをという声は嫌というほど聞かされていた。そんなことを言われても夫がなかなか家に帰らないし、帰っても自室に篭りきりで顔さえ合わせない日も多かったから、私ひとりでどうしたら子が出来るものかと悩んだ日もあった。かといって夫に相談するにも、なんだかはしたないことを言っているように思えて口にはできなかったのだ。体調を崩してかかった病院で懐妊を告げられた日には、思わずぽろぽろと涙を溢してしまったことを覚えている。
けれど、幸せだったのはそこまでだった。
生まれた子は、女児だった。それを聞いた義母は私を役立たずだと詰り、罵倒した。後から考えればあの頃から既に義母は認知症を患っていたのだと思う。言動がどんどん乱暴になり、暴れたり物を投げ、壊したりするようになった。婚家は裕福だった為住み込みの使用人もいたし、家事は基本的に彼らがこなしていたのだけれど。義母は己が汚した部屋や服などの片付けを私にしかさせなかった。それこそが嫁の務めだと。私もそうやって姑に躾けられたのだから、と。床を拭く手を踏みつけられ、屈んだ背や頭の上から熱い茶をかけられて。当主夫人である義母の権力は、私などと比べようもない程に強かった。夫と同様に仕事一筋であった義父が不在の家の中に、彼女を止められる者は誰ひとりとしていなかったのである。
数年後、義父が心臓の病で突然亡くなり、急遽役職を継いだ夫は一層仕事が忙しくなった。義母は足を悪くして動きこそ不自由になったけれど、物を投げたり罵倒したりといった行動はより酷くなっていった。私ももう少し器用に立ち回り、周囲に頼れば良かったのだと今なら分かる。でもきっと、意地になっていたのだ。
製薬会社の家の娘として生まれ、今現在は医者の妻なのだ。夫の研究の助けとなる為に空いた時間は様々な資料や論文を読んでいるし、医療知識は他の人よりもずっと多く持っている。義母の症状はある種典型的とも言えたし、それは彼女自身の責任ではないことも分かっている。分かってはいたけれど──でも、心で何も感じないわけでは決してなかった。自分より体格の良い義母の介護は体力的にも辛く、その合間には自らの子の世話もある。そちらは使用人に任せることも多かったけれど、出来ることならば娘の成長をもっと間近で見てあげたかった。しかし、いかんせん体力が持たない。夜中でも大声で呼ばれれば対応しなければならなかったし、毎日細切れの睡眠で休まる時間は限りなく少ない。義母に合わせて作られた柔らかく食べやすい食事の残りを立ったまま適当に流し込み、駆け回り神経をすり減らす日々はその後十年近くも続いた。
義母が亡くなる前の晩。突然しゃっきりとした顔をして「こんな役立たずの嫁を貰うんじゃなかった」とぶつけられた言葉を、私はその後何年も夢に見て魘されることになった。
義母の葬儀も終わり時間に余裕が出来て、これからはようやく子供と向き合えると思ったものの。その頃には思春期を迎えようという娘は、難しい年頃に差し掛かっていた。私自身家族に愛されて育った経験がなく、同じ屋根の下で寝泊まりしている血縁の人間という程度の関係しか築いてこなかった。娘が生まれてからは義母の介護にかかりきりで構ってあげることもできず、お互いに遠慮する部分が大きかったのだと思う。
特別関係が悪いということもないけれど、母娘として仲良く過ごすということも出来ない。探り合い、様子を見合い、既にそんな歪な関係が出来上がっていた。娘は可愛かったし、幸せになって欲しいと心から願っていたのは確かだけれど……どうしたらいいのか分からなかったのだ。ただでさえ閉じられた環境の中で育ち社会経験もない私にとって、人間関係の構築というのは酷く難しいことに思えた。
賃金を払って雇用した契約関係にある者とはそれ相応のやり取りが出来る。しかしそこに収まらない娘という存在は、私にとって初めての『近しい他者』であった。本来は夫がそうであったはずなのだけれど──彼は病院の宿直室に泊まるばかりで、顔を見る機会さえほとんどなくなっていたから。
頭脳は夫に似たのかとても優秀に育った娘は、自ら中高一貫の女子学校に進むことを決めた。そこは我が家から通える距離になく、そういった学生は併設の寮に入るらしい。難なく試験に合格し、恙無く手続きを終え家を出る日。娘は私に向かってお辞儀をし、笑顔で別れの挨拶を告げた。
それは私が恋に落ちた日の、夫にとてもよく似た美しい表情だった。
娘は優秀な成績で高校を卒業すると、そのまま海外へ留学し現地で出会った人と結婚をした。結婚式で久しぶりに会った彼女はその顔いっぱいに満面の笑みを浮かべており、彼女の夫となる青年もまた同じく、幸せそうに笑っていたのが印象的だ。
きっと娘は、大丈夫だろう。何もしてあげられなかった私が偉そうに言うことは何もないけれど、心から良かったと思えた。
いつの間にか目尻には消えない皺が刻まれ、手指の節が目立ち、黒く艶やかだった髪に誤魔化しきれない白髪が混ざり始めた頃。年上の夫が脳梗塞で倒れて麻痺が残り、ひとりで立ち上がり動くことが出来なくなってしまった。
医師として長年病院に勤めてきた夫には、当然その業界の知人が多い。不自由になった身体を見られることを厭うた彼の希望により、在宅での介護が始まった。幸い私自身は年相応の不調はあれど日常生活に支障はない。義母の時の経験もあったため、何とかなるだろうとその要求を受け入れたのだ。
それでもやはり若い時とは同じようにいかないことも多く、週の半分くらいは契約したヘルパーさんに手伝いをお願いしている。老いたとはいえそもそも身体の大きな夫を私ひとりの力で支えるのは難しく、若い彼らの手伝いは大変にありがたいものであった。
夫は基本的に無表情で無口だから、彼の言いたいことをすぐに把握するのはとても難しい。仕事の時は一体どうやってコミュニケーションを取っていたのだろうかと、今更になって少し疑問に思う。
「あら、お腹が減りました? 今日はあっさりめがいいわよね。昨日はよくお肉を召し上がってましたから」
「──うん」
「そろそろお手洗いに行っておきましょうか。その後は入浴介助のヘルパーさんが来てくれますからね」
「──ああ」
「まあ、嬉しそう。あなた、お風呂は昔から好きでしたものね」
「──うん」
「あら、今日は少し気分が良さそうだわ。あなたが好きな本を出しましょうか? お茶の方がよろしい? ──そのお顔はお茶ですね? すぐに用意しますから、少しお待ち下さいな」
「──うん」
思えば結婚してからこれまで、この人とこんなに一緒の時間を過ごしたことはなかった。仕事の雑務を手伝うことはあったけれど、その場合は妻としてではなくあくまでも秘書のような扱いをされていた。優秀な彼が必要としている物を求められるスピードで的確に提供することは私の誇りでもあったし、彼もそこに関しては満足してくれていたように思う。
けれどお互い年を重ねて職も辞し、随分ゆっくりとした時間を共に過ごすことになって。病気によって身体が不自由になり、やむを得ずという部分も確かにあったけれど──私はようやく「この人と家族になったんだ」と実感する日々を送っていた。
介護は大変だけれど、それでも私なりに満足していたのだ──その言葉を耳にするまでは。
「──君は……好きな人と、結婚出来るといいな」
「ええー? なんですか藤原さん。恋バナです? 藤原さんの奥様って、とっても美人でおしとやかで素敵ですもんねー! 私実は結構憧れてて、」
「いや──あれは、押し付けられたものだから……」
「……え、ええーっ? 大人の恋愛って難しいところありますよね! 私にはまだちょっと、レベル高いかもです! アハハ……」
「──どうせなら、好きな女と、結婚したかった……」
「あ、あーっと、頭痒いところはありませんかー? もう流しちゃっても大丈夫ですー?」
「うん……私のように、後悔しないようにしなさい……君はいい子だから、幸せになって欲しいと願っている」
「……あ、あ、ありがとうございまーす! じゃあそろそろ流していきますのでね、目は閉じていて下さいねーっ!」
洗い立てのタオルを強く握りしめて、私はその場に立ち竦んだ。乾いた目からは涙のひと粒も溢れはしない。
元気で働き者のヘルパーの女の子の明るい笑い声と流れる水音を聞きながら、私は自らの心臓が妙なリズムで酷く痛むのを、諦めに似た気持ちと共に感じていた。
「──っ、ぐ……っふぅ……っ」
力の抜けた指の間から、タオルが音もなく床に落ちていく。
それ以上立っていられず崩れた膝が強く床を打ち、痩せた身体がふらりと傾いていく。目が回るので、瞼は閉じた。床にぶつかったはずの頭部に痛みはさしてなく、ただ頬の冷たさだけを感じる。風呂場の排水音が、最期まで耳に残っていた。
──あのひと、あんなに流暢に話せたのね。
今更知った事実を妙におかしく思いながら、藤原理恵はその日、その場で死んだ。




