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薬も過ぎれば  作者: 伊織ライ


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初めての友人4

「この芍薬(シャクヤク)は多くの効能を持つお薬として使えますよ。特に血を養ったり腹部の疼痛緩和ですとか、女性の健康に関する効能が多かったはずです」

「──ほう、それは俺もまだ知らない話だな。ナタリエはどこでそれを?」

「祖母が遺してくれた研究資料からですわ」


 嘘ではない。ただそれよりもずっと、理恵だった頃の記憶が詳しく残っていただけで。


「ああ、オードリー女史の。彼女の論文は城にもいくつか残っているが、やはり途中経過や考察の過程から得られる知見も多いよな」

「ええ、あれらの資料が残っていなければ、とっくにあの家を出ていただろうと思うくらいには」


 ヴィンツェンツ様も幼少期に祖母の論文を読んで、薬学に興味を持ったのだと聞いた時には本当に驚いた。これまで全く別の道を歩いてきた私たちだけれど、それがこうして不思議な縁で繋がったのだから。


「それからこの薬草の根の部分も血の流れを良くする薬として使えますから、合わせると効果が上がるのではないかと思うのです」

「なるほどな……上手く調合すれば、助かる人も多くいるだろう。よし、これが出来上がったらお前の名前で発表するか」


 顎に手を当てしばらく考え込んでいたヴィンツェンツ様はひとつ頷いた後、そう言った。私の為に提案してくれたのであろうことは分かる。けれど……。


「いいえ、出来上がったならば、どうか師匠の名前で発表して下さい」

「なぜだ? 弟子の成果を取り上げるほど俺は落ちぶれていないつもりだが」

「それはもちろん存じ上げています。薬が出来上がるまでの研究も是非お手伝いさせて下さい。けれど……もし私が作ったものだと知られたならば、世間の皆さまはきっとお薬を手に取って下さらないでしょう。良いものであればあっただけ、必要とする方の元に正しく届いて欲しいのです。師匠にはそう出来るだけの信頼も実績もある。私には──それがありませんから」


 領地経営は上手くいかず、贅沢ばかりして無理な税を取り立てるブラウン伯爵家の娘。娼婦のように下品なドレスを着て夜会に現れ、まともな社交もせず姿を消してしまう役立たずの令嬢。そんな者が作った薬など、誰が試したいと思えるだろうか。


「ナタリエ……お前は、そんな風に考えて……」

「それに、私のような者が目立っても良いことなどないのですよ。ただでさえ師匠のお側に侍ることで顰蹙(ひんしゅく)を買っているのですから……今以上に注目を浴びればどうなることか」


 アマーリエはあまりに注目を浴びすぎてしまったから、嫉妬した令嬢の指示で()()()()のだ。

 思うままに知りたい事を学ぶことができ、衣食住に困る事なく穏やかな生活を送れる今の時間を、私は幸せに感じている。これ以上のものを望んでしまったら、きっとその分『幸せの天秤』が逆側に傾いてしまうような気がして怖いのだ。

 幸せになりたい。好きな人と結婚したい。たったそれだけのことを、叶えるのはとても難しかった。

 

 ふと空を見上げてみれば、今日は澄み渡る晴天が広がっている。アマーリエの瞳の色にも似た、鮮やかな青はとても綺麗だと思った。


 ◇


 ナタリエは決して彼女自身が思っているような、地味な女などではない。確かに彼女が両親から与えられている夜会用のドレスは総じて色味が派手だし、形も露出が多くて人目を集める類のものだろう。けれどもそれを脱いだとて、神秘的な黒髪も大地のように深く温かな茶色の瞳もその魅力を失うことはないのだ。むしろ今のように簡素な作業着を身に纏う彼女から溢れ出る生命力そのものが周囲を惹きつけるのだと、気付いていないのは本人──と、愚かな家族たち──だけなのではないだろうか。

 

 物覚えが良く勤勉で、知りたいと思ったことに対して誠実に向き合い取り組んでいる。発想力が柔軟で、魔法の才能だってある。それなのに驕ることもなく地味な基礎訓練を怠らず、自分独自の技であろうと請われれば快く他者に技術を授けている。独占すれば今後困らぬだけの財を得られる可能性があるのに、決してそれを望まない。掃除や雑用だって嫌がることなく、むしろ誰にも気付かれぬうちにさっさと片付けて。しまいには美味い料理まで作ってしまうのだから本当に分からない。

 これほどの女性の、どこが地味で役立たずだと言うのだろう?


 ぼんやりと空を見上げ、目を細める彼女はなんだか儚くて──ここではないどこか、遠い世界へ消えてしまいそうに見えた。

 胸に湧き上がる焦燥感は、拳を握って誤魔化した。今の俺はまだ、彼女を抱きしめて引き留める権利を持っていないからだ。


 俺に纏わりついて来る女たちは皆、この地位と見目の良さに惹かれて近付いてくる。己を飾り立てる装飾品を欲して、あの欲望にまみれた視線を寄越すのだ。その行いをずっと嫌悪し、逃げ続けてきたというのに……ナタリエには、もっと欲を出してくれたらと願ってしまう。控え目で何も欲しがらない、他の令嬢たちとは全然違うところが良いなと思っていたはずなのに。


 どうすれば俺を欲しがってくれる? 何を与えれば喜んでくれる?


 俺が日々そんなことばかり考えているだなんて、君は気付いていないのだろうけれど。



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