表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パラドックス  作者: 奴隷


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/16

友人という的への復讐

その連絡は、前と同じだった。


久しぶり。

元気?

ちょっと相談があるんだけど。


文面の軽さも、間の取り方も、覚えている。

前の人生で、ここからぼくは五百万円を失った。


いいよ。

とだけ返した。


会ったのは、駅前のファミレス。

向こうは、昔と同じように笑った。


「いやあ、久しぶり。

 相変わらず真面目そうだな」


少し雑談をしてから、

彼は待ってましたと言わんばかりに切り出した。


「実はさ、

 デリヘルの店舗、やろうと思ってて」


来た。


前の人生では、

ここで三百万円を出資して、

さらに二百万円を貸した。

一年後、彼は夜逃げした。


「初期費用はかかるけど、

 うまく回れば、すぐ取り戻せる。

 お前、今ちょっと余裕あるだろ?」


前のぼくなら、

“友だちだから”で終わっていた。


今のぼくは、頷いた。


「いいと思う」


彼の目が、はっきりと輝いた。


「ほんと?

 じゃあ、とりあえず三百万――」


「条件がある」


ぼくは、静かに言った。


「今回は、

 ちゃんと形に残るやり方でやりたい」


彼は少し戸惑ったが、

すぐに笑ってごまかした。


「いいよいいよ。

 細かいことは任せる」


その瞬間、

彼はもう、逃げ道を一つ失っていた。


それから数日かけて、

ぼくは“整えた”。


書類。

契約。

名義。

保証。

返せなくなった場合の手順。


彼は内容をほとんど読まず、

「大丈夫だって」と笑いながらサインした。


前の人生と違って、

今回は金を渡す前に、

すべてが繋がる形になっていた。


「なんか、本格的だな」


「ちゃんとやるなら、当たり前だろ」


それ以上、彼は何も言わなかった。


金は、渡した。

三百万円。

前と同じ額だ。


そして数ヶ月後、

彼は前と同じように言った。


「悪い……

 もう二百万、貸してくれないか」


ぼくは、少し困ったふりをしてから頷いた。


「いいよ。

 その代わり、前より条件は厳しくする」


彼は、少し嫌な顔をしたが、

結局サインした。


その時点で、

彼の逃げ道は、すべて消えた。


半年後。

事業はうまくいっていないと、彼は言った。


前の人生なら、

ここから夜逃げまで一直線だった。


今回は、違う。


連絡が途切れた、その翌日。

ぼくのところに、すべてが戻ってきた。


金だけじゃない。

彼が「大丈夫だ」と言って差し出したものも、

彼の名前で縛られていたものも、

一つ残らず。


彼から、震える声で電話が来た。


「……お前、何した?」


「何も」


それは本当だった。

ぼくは、ただ“決めた通り”にしただけだ。


「話が違うだろ……

 こんなの、聞いてない……」


「書いてあった」


彼は、そこで黙った。

自分が読まずにサインしたことを、

思い出したんだと思う。


そのあと、

彼からの連絡は二度と来なかった。


夜逃げは、できなかった。

する意味も、もうなかった。


家に帰って、

ぼくは手帳を開く。


友人:回収済


そう書いて、線を引く。


前の人生で失った五百万円は、

利息も、形も変えて、

すべて戻ってきた。


胸がすくことはなかった。

勝った気もしない。


ただ、

逃げられなかった過去が、

 ようやく終わった

という感覚だけが残った。


昔のぼくなら、

これを残酷だと思っていた。


今のぼくは、

これを当然だと思っている。


友人という的への復讐。


それは、

相手を壊すことじゃない。

逃げ場を、最初から与えないことだった。


静かで、

確実で、

取り返しのつかない復讐だった。


それで、十分だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ