期限付きの恋人ごっこ
知らない番号から、短いメッセージが届いた。
久しぶり。元気?
名前は書いていなかったけれど、文面だけでわかった。
前の人生で、何度も読み返した癖のある言い方だ。
コンセプトカフェで働いていた、あの子。
ぼくは少しだけ間を置いて、
元気だよ。
と返した。
やっぱり。
ねえ、近くに来ることある?
今のお店、顔出してくれたら嬉しいな。
それだけで十分だった。
また金を落としてくれる客として、
思い出しただけだ。
前の人生では、
その「嬉しいな」の一言で、
何度も財布を開いた。
今回は、違う。
数日後、店に行った。
ネオンと甘い香り、作られた笑顔。
内装も、距離感も、全部覚えている。
彼女は、衣装のまま近づいてきて、
少し驚いた顔で笑った。
「久しぶり。変わらないね」
変わったのは、内側だけだ。
席について、決められた時間だけ話す。
仕事がうまくいっていないこと。
人間関係が続かないこと。
夜になると、誰かに必要とされたいこと。
前の人生と、同じ話だった。
「ねえ……」
彼女は、声を落として言った。
「少しの間でいいから、
お店じゃなくて、普通に会わない?
恋人みたいに」
理由は聞かなくてもわかる。
客としてじゃなく、
**一人の“都合のいい相手”**として、
ぼくが欲しいだけだ。
「期限付きで」
そう言ったのは、彼女の方だった。
ぼくは、少し考えるふりをして、頷いた。
「いいよ」
それが、始まりだった。
連絡は欠かさなかった。
営業のメッセージと、私的な言葉の境目が、
だんだん曖昧になっていく。
会えば、話を聞いた。
店の愚痴。
他の客の話。
将来の不安。
前のぼくと、やっていることは同じだ。
違うのは、
もう、金も心も、渡していないこと。
高いボトルも、プレゼントも、ない。
ただ、
欲しがる言葉を、欲しがる順番で渡す。
それだけで、十分だった。
依存が深まる速度も、
不安になる沈黙の長さも、
全部、前に見た通りだ。
未来を知っているというより、
過去をなぞっているだけだった。
期限は、一ヶ月。
残り一週間になった頃、
彼女は言った。
「ねえ、このまま続けられないかな。
ちゃんと、付き合うとか」
前の人生なら、
ここで全部を賭けていた。
また金を出して、時間を使って、
“選ばれた気”になろうとしていた。
ぼくは、静かに首を振った。
「約束だったから」
彼女は笑って、
でもすぐに泣きそうな顔になった。
「私、何かした?」
「何も」
それは本当だった。
彼女は何もしていない。
ただ、前の人生で、
ぼくが勝手に壊れただけだ。
期限の最後の日、
ぼくは言った。
「もう、終わりにしよう」
理由は言わない。
責めもしない。
「もう、必要ないから」
彼女は泣いて、
縋って、
「お店、来てくれるって言ったじゃん」と言って、
それでも、ぼくは時計を見た。
時間だった。
家に帰って、一人になる。
胸がすくことはなかった。
勝った気もしない。
ただ、
金でしか繋がらなかった関係を、
金を使わずに終わらせた
という事実だけが残った。
昔のぼくなら、
ここで後悔して、
また店に通っていた。
今のぼくは、
手帳を開いて、今日の欄に線を引く。
一つ、過去を消した。
静かな復讐だった。
それで、十分だった。




