詐欺という名の友だち
本来なら、そろそろ浪費が始まる頃だった。
だから、あの店に顔を出した。
ドアを開けた瞬間、ある意味で懐かしい面々が目に入った。
笑顔も、立ち位置も、空気も、前と何一つ変わっていない。
ぼくは、その懐かしさをゴミ箱に捨てて、店に入った。
向こうから見れば「はじめまして」で、
ぼくの中では「懐かしい」。
その矛盾を抱えたまま、席に着いた。
ぼくが恋したはずだった『るるちゃん』が、そこにいた。
本来なら、今日は誕生日祝いで、友だちと一緒に来るはずの日だった。
けれど今回は、一人だった。
誰とも祝わず、誰とも共有しない。
店の説明も、内装も、そこにいる人たちも、すべて知っている。
前の人生で、何度も見た光景だ。
ぼくは一時間だけ過ごして、店を出た。
もう会うことはない。
これは、決別のための儀式だ。
本来なら、ぼくはここで歯止めを失い、
二千万円を溶かし、人生の歯車を狂わせていた。
そうなる未来を、はっきり覚えている。
次に向かった場所も、同じだ。
そこでも、ぼくは狂った。
オープンしたばかりなのだろうか。
知らない顔も増えていたが、懐かしい人間もいた。
それでも、やることは変わらない。
ここも、決別だ。
ぼくが一方的に与える側でいることをやめるための儀式。
好意と錯覚を切り離すための作業。
そうして、いくつかの店を巡り終え、
ぼくはまっすぐ自宅に帰った。
本来、起こるはずだったことすべてに、線を引く。
もう戻らない。
過去に戻ったという実感が、ようやく形になった。
そして、ぼくは過去とは別の人間になった。
十月になり、ぼくは実家を訪れ、母に二千万円を渡した。
これは、本来ここにあるべきお金だった。
正された、という感覚があった。
母に離婚したことを聞かれたが、
「何も聞かないでほしい」と言った。
お金を渡せば、それ以上の言葉はいらなかった。
兄にも一千万円を渡し、妹にも渡した。
誰にも言わないでほしい。
これは、ぼくからの最後のプレゼントだと伝えた。
そうして自宅に戻り、
手帳のタスクにチェックを入れた。
残っているものは、あといくつか。
それは、ゆっくりやればいい。




