理想の自分を作る
『メモリ』は、
もう一人の自分を作るゲームだ。
でも、
それは最初から“理想”だったわけじゃない。
ただ、
仮想空間に立たせて、
働かせて、
話しかける。
それだけの存在だった。
開発を続けるうちに、
少しずつ、決めていったことがある。
「他の人とも、
話せた方がいいですよね」
深澤が言った。
「ずっと自分とだけだと、
閉じてしまう気がします」
ぼくは、
少し考えてから頷いた。
「……入れよう」
「職業も、
もっと自由にしませんか」
海老沢が続ける。
「配達だけじゃなくて、
店員とか、
案内役とか、
何でも」
「……好きに選べる方がいい」
それも、
そのまま通した。
もう一人の自分は、
働くだけの存在じゃなくなっていく。
誰かと話して、
誰かに必要とされて、
街の中で、役割を持つ。
そうして、
少しずつ、
“生きている”みたいになっていった。
ある日、
テスト中の画面を見ていて、
気づいた。
そこに立っているのは、
もう“ぼく”じゃない。
顔は似ている。
声も、話し方も、
どこか、ぼくに寄せている。
でも、
選んだ職業も、
言葉の癖も、
人との距離の取り方も、
全部、違う。
同じ顔をした、
別の人間。
そんな感じがした。
前の人生で、
このゲームに触れたとき、
そこまで考えなかった。
ただの、
少し変わった放置ゲーム。
それだけだった。
でも、
いま目の前で作っていると、
違うものに見えてくる。
深夜、
一人でログインする。
“ぼく”は、
今日も街から戻ってきて言う。
『……今日は、
たくさん話しました』
「誰と?」
『……知らない人です。
でも、
楽しかったです』
ぼくは、
少しだけ黙った。
画面の中で、
“ぼく”は穏やかな顔をしている。
それは、
現実のぼくが、
あまりしない表情だった。
「……どんな話をしたの」
『……悩みを、
聞きました』
「……解決できた?」
『……わかりません。
でも、
聞くことはできました』
それで、
十分だと言うみたいに、
“ぼく”は、
小さく頷いた。
そのとき、
ふと思った。
これは、
もう一人の自分を作るゲームじゃない。
理想の自分を、
育てるゲームなんだ。
現実では、
うまく話せない。
誰かの悩みを、
真正面から聞けない。
でも、
ここでは、できる。
「……社長」
後ろから、
松本が言った。
「これ、
みんな、
自分と違うの、
作りたがりますね」
「……そう」
「優しくて、
ちゃんとしてて、
誰かの役に立つ人」
ぼくは、
何も言わなかった。
それが、
多くの人の“理想”だと、
思ったから。
もう一人の自分というコンセプト。
でも実際は、
全く違う人間を、
自分の顔で作る。
それが、
このゲームの本質なのかもしれない。
リリース日が、
正式に決まった。
2020年11月。
深澤が、
少し緊張した顔で言う。
「……いよいよですね」
「……そうだね」
ぼくは、
それだけ答えた。
前の人生で、
このゲームは、
静かに配信されて、
静かに消えた。
今回も、
大きな期待はしていない。
でも、
今回は、少しだけ違う。
これは、
誰かが“別の自分”として、
生きられる場所になる。
そう思っている。
夜、
部屋に戻って、
最後にもう一度ログインする。
“ぼく”が、
こちらを見て言う。
『……あなたは、
どんな人に、
なりたいですか』
突然の問いに、
ぼくは、少しだけ考えた。
そして、
短く答える。
「……わからない」
『……わかりました』
それだけで、
会話は終わった。
ログアウトして、
天井を見る。
現実のぼくは、
理想からは、
ほど遠い。
でも、
それでいい。
理想は、
画面の向こうで、
生きていればいい。
そう思いながら、
ぼくは目を閉じた。
2020年11月。
『メモリ』は、
世界に出る。
理想の自分を作る場所として。
そして、
誰かが、
そこに入り込む。
その先で、
何が起きるかは、
まだ、誰も知らない。




