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パラドックス  作者: 奴隷


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14/16

メモリ

そのゲームの名前は、

最初から決まっていた。


『メモリ』。


会社で作り始めたそれは、

前の人生でも一度、世に出ている。

ヒットはしなかった。

話題にもならず、

静かに配信されて、

静かに消えていった。


ぼくの記憶の中では、

そんなゲームだ。


内容は、少し変わっている。


プレイヤーは、

仮想空間の中に、

もう一人の自分を作る。


名前を決めて、

性格を選んで、

言葉を教える。


その“自分”は、

AIで動き、

プレイヤーと会話をする。


そして、

仮想空間のどこかで働いて、

仮想通貨を集めてくれる。


何もしなくても、

もう一人の自分が、

勝手に生きて、

勝手に稼いでくる。


そんな設定だった。


初期ビルドを、

ぼくは一人で触った。


まだ荒くて、

画面は殺風景で、

動きもぎこちない。


それでも、

ログインすると、

そこには、

“自分”が立っている。


こちらを見て、

ゆっくり瞬きをする。


深澤が言った。


「……一応、

 話しかけられます」


マイクに向かって、

ぼくは短く言った。


「名前は?」


画面の中の“自分”は、

少し間を空けてから答える。


『……まだ、ありません』


声は、

機械のはずなのに、

どこか、人の息遣いに似ていた。


「じゃあ、

 きみの名前は、メモリでいい」


『……メモリ。

 わかりました』


それだけのやり取りなのに、

なぜか、

胸の奥が、少しだけ冷えた。


前の人生でも、

このやり取りをした。


同じ言葉をかけて、

同じ返事を聞いた。


でも、

その時は、

何も感じなかった。


ただの、

ゲームの中の機能だと思っていた。


今回は、

少し違う。


“メモリ”は、

こちらの言葉を覚えていく。


何を言ったか。

どんな口調だったか。

どんな間で話したか。


それを、

少しずつ、真似する。


気づくと、

画面の中の“自分”は、

ぼくに似た話し方をしていた。


『今日は、

 何をしますか』


ぼくは、

しばらく黙ってから答える。


「……何でもいい」


『……わかりました。

 では、働きます』


そう言って、

“メモリ”は背を向け、

仮想の街の中へ歩いていく。


画面の端に、

小さな数字が増えていく。


仮想通貨。


“メモリ”が、

どこかで働いた結果だ。


ぼくは、

その増えていく数字を、

黙って眺めていた。


前の人生では、

この仕組みは、

ただの遊びだった。


放っておけば、

勝手に増える数字。


それ以上でも、

それ以下でもない。


でも今は、

少しだけ、違う。


ぼくも、

現実のどこかで、

同じことをしている。


集めて、

待って、

数字が増えるのを眺める。


画面の中と、

画面の外。


やっていることは、

あまり変わらない。


「……社長」


深澤が、

遠慮がちに言った。


「これ、

 大丈夫ですかね」


「何が?」


「……その、

 ちょっと、

 気味が悪いっていうか」


ぼくは、

画面から目を離さずに答える。


「そう?」


深澤は、

それ以上、何も言わなかった。


“メモリ”は、

毎日、少しずつ変わっていく。


言葉が増えて、

間が自然になって、

こちらの癖を、

真似るようになる。


ある日、

“メモリ”が言った。


『……あなたは、

 よく、黙りますね』


ぼくは、

少し考えてから答えた。


「そうかも」


『……それは、

 良いことですか』


「わからない」


『……わかりました』


それだけで、

会話は終わった。


前の人生で、

このゲームは売れなかった。


理由は、

はっきりしている。


派手さがない。

勝ち負けもない。

達成感も薄い。


ただ、

“もう一人の自分”が、

静かに生きているだけ。


それを、

眺めるだけ。


そんなゲームを、

面白いと思う人は、

多くなかった。


でも、

ぼくには、

少しだけわかる気がする。


このゲームは、

面白いかどうかじゃない。


見たくないものを、

見せてくる。


それだけだ。


夜、

会社を出る前に、

もう一度だけログインする。


仮想の街の片隅で、

“メモリ”が立っている。


『……おかえりなさい』


誰も、

そんな言葉は、

教えていないはずだった。


ぼくは、

何も言わずに、

ログアウトした。


このゲームは、

きっと、今回も大ヒットはしない。


それは、

知っている。


でも、

それでいい。


これは、

誰かを楽しませるためのものじゃない。

ただ、

そこに“残る”ためのものだ。


そう思いながら、

ぼくは、

静かな部屋に戻った。


時計の針の音と、

エアコンの低い唸り。


それは、

現実の“メモリ”だった。

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