バグは人が起こすこと
会社のドアを開けると、
室内は暗かった。
照明はついているのに、
どこか影が残っている。
キーボードの音が、
途中で途切れる。
ぼくが来たことに気づいて、
深澤が立ち上がった。
「……止まりました」
それだけ言って、
モニターを指す。
画面の中で、
キャラクターは宙に浮いたまま、
瞬きもしない。
時間が、
そこだけ切り取られたみたいだった。
「昨日は?」
「……動いてました」
それ以上は、
誰も話さない。
ぼくは椅子に座って、
その画面を眺めた。
進めない。
戻れない。
ただ、
そこにいる。
「戻せる?」
深澤は頷く。
「……たぶん」
ぼくは、
それでいいと思った。
「じゃあ、戻して」
何人かがキーボードを叩く。
誰かが、
小さくため息をつく。
しばらくして、
画面が切り替わった。
キャラクターが、
何事もなかったように歩き出す。
深澤が、
息を吐いた。
「原因は?」
ぼくが聞くと、
佐藤が、ゆっくり手を挙げた。
「……一行、足しました」
「なんで?」
「……良くなると思って」
それだけだった。
ぼくは、
「そう」と言った。
「今日は、ここまで」
そう言って立ち上がると、
誰も止めなかった。
何か言いたそうな顔は、
いくつか見えたけれど。
次の日も、
似たような報告が来た。
昨日の修正を整理しました。
原因は特定できています。
短い文章。
感情は、どこにもない。
数日後、
また別の箇所が止まった。
今度は、
すぐ戻った。
誰かが、
「ここです」と言って、
淡々と元に戻す。
ぼくは、
少し離れた席で、
それを見ていただけだった。
誰も、
何も言わない。
怒られもしないし、
褒められもしない。
ただ、
止まって、戻って、また進む。
それを、
何度か繰り返す。
帰り際、
深澤が言った。
「……すみません」
何に対しての言葉なのか、
ぼくにはわからなかった。
「うん」
そう答えて、
ドアを閉めた。
外は、もう暗い。
ビルの隙間に、
風が通る音だけがする。
バグは、
直ったのかもしれない。
でも、
本当に直ったものが、
何だったのかは、
誰にもわからない。
部屋に戻ると、
時計の針の音と、
エアコンの低い唸り。
それだけが、
いつも通りにそこにあった。
ぼくは、
電気を消して、
その音の中に横になった。
明日も、
きっと、同じようなことが起きる。
それを、
ただ、見ている。




