お願いすればなんでもやってくれる女子がやられそうになったので慌てて助けた
「緑野さんお願い!日直の日誌代わりに書いて出しといて欲しいの!」
「え?」
またか。
この光景を何度見たことか。
三つ編みで眼鏡をかけていて大人しい緑野さん。
そんな彼女の目の前で手を合わせて日直の仕事を代わって欲しいとお願いしているのはギャルの海曽根さん。
「でも自分の仕事は自分でやらなきゃ」
「分かってるって。でも今日の放課後、どうしても早く帰らなきゃダメな用事が出来ちゃったの」
「そんなこと言われても」
「お願~い。緑野さんしか頼れる人がいないの!」
「…………分かった」
「ホント!? ありがとう!?」
やっぱりこうなっちゃったか。
緑野さんは押しに弱くて頼まれると断れない。
クラスメイトの誰もがそのことを知っているから、困ったことがあるとすぐに彼女に押し付けるんだ。
まったく酷い話だよね。もう高校二年生なんだから責任から逃げるなんて情けないよ。それより大人の方がこういうことをしがちなのかな。
それに特に海曽根さんは悪意があるから見てられないんだ。
例えば今回の件について、僕の近くを通って自分の席に戻る時に彼女の言葉が聞こえてしまった。
「ちょろいちょろい」
その顔は醜悪な笑顔であり、本当に用事があるのかどうかも疑わしい。緑野さんに嫌がらせをしたいがために仕事を押し付けているように見える。傍からはいじめではなくお願いをしているだけにしか見えないから質が悪い。
放課後。
「それじゃ緑野さんよろしくね~」
海曽根さんは申し訳なさそうな演技すらせずに、日誌を緑野さんに押し付けて喜んで教室から出て行った。他のクラスメイトも次々と教室を後にし、僕も彼らに交じって教室を出る。そしてトイレに寄って少し時間を潰してから教室に戻ると、教室は緑野さんだけになっていた。
「緑野さん。また今日も押し付けられちゃったね」
「簾透君、今日も来たの?」
「えへへ、来ちゃった」
「それ女子がやる方だよ~」
「つまり僕は女子だった?」
「くすくす、どう見ても男子だよ」
良かった、緑野さんが笑ってくれた。
これだけでも来たかいがあったってものだ。
「さて、さっさと終わらせちゃお。手伝うよ」
「ありがとう。でも、いつもどうして手伝ってくれるの?」
「いつも言ってるじゃないか。好感度稼ぎだって。僕は三つ編みマニアだから、三つ編みの女性が困っていたら手を差し伸べちゃうんだ」
「それなら明日から三つ編みやめようかな?」
「そんな殺生な!?」
「くすくす」
もちろん冗談だが三つ編みマニアというのはあながち嘘ではない。
正確には緑野さんの三つ編みマニアというべきか。彼女の三つ編み、凄い似合っていて好きなんだよね。
「あ、また誤魔化されちゃうところだった。今日こそは本当のことを教えてよ」
「本当のこと…………」
「また誤魔化すネタを考えてるでしょ」
「バレたか」
「もう。大体予想がついてるから良いけどさ」
その予想は多分間違ってると思うよ。
僕に対する態度を見れば一目瞭然だ。
恐らくだけど、僕が彼女を憐れんでいるとか、仕事を押し付けようとしているクラスメイトに憤慨しているとか、そういう予想を立てているに違いない。
もちろんそういう気持ちはある。
でも彼女を助けたい根本的な大きな理由が他にあるんだ。
「じゃあその予想をここに書いてみよう」
「日誌に書けるわけないでしょ!?」
「平気平気、海曽根さんが書いたことになるわけだし。あ、ならもっと酷いことを書いてしまえば……」
「こ~ら、真面目にやらないと先生が困るでしょ」
「他人が書いている時点で真面目じゃないと思うよ」
「うっ……せ、せめて内容はちゃんと書かないとダメってこと」
「あはは、そうだね」
普段は寡黙な緑野さんが、こうして僕と二人っきりの時だけは饒舌に会話してくれる。僕はこの空気感がとても好きで、つい余計なことを話して仕事を長引かせようとしてしまう。
いつまでもこの時間が続けば良いなと思って。
「よし終わった。ありがとう助かったよ」
「僕は何もしてないよ?」
「私が忘れてたこと、色々と教えてくれたでしょ」
「そうだったかな~」
「その無意味な謙遜は何なの」
「謙遜は美徳らしいから」
「少し前のことを忘れちゃう痴呆のおじいさんにしか見えないよ」
「緑野さんや。日誌はまだかのぅ」
「おじいちゃん、もう書いたでしょ」
「ぷっ、あはは」
「くすくす」
これで今日一日を緑野さんは笑顔で終わらせられる。
仕事を押し付けられた嫌な気分ではなく楽しい気分で終わらせられたならば大満足だ。
でも本当は彼女が仕事を押し付けられないことが一番だ。
その上でこんな風に笑い合えたらなんて素敵なのだろうか。
ーーーーーーーー
お腹が痛い。
なのに近くのトイレの個室が全部埋まっている。
高校のトイレなんて、個室はいつも空いているのにどうしてこんな時に限って。
僕は慌てて遠くにあるトイレへと急いだ。
最近は少子化の影響で、僕が通っている高校にも空き教室がある。そっちの方のトイレは人気が無くて空いているだろうと思ったら予想通りだった。
ふひ~助かった。
少しお腹を壊しているだけだったらしく、出すものを出したらスッキリした。
その帰り道、空き教室の近くを通ったら中から声が聞こえて来た。
「あれ、この声は?」
反射的に僕は身を隠して耳をそばだてた。
「流石にそれはまずいって」
「いくらなんでもそんなお願い聞いてくれるわけないだろ」
聞き覚えのある声だと思いこっそり空き教室の中を覗くと、クラスメイトの男子二人がいた。二人とも素行があまり良くないと噂がある人物だ。そしてその男子二人は海曽根さんと話をしていた。空き教室には鍵がかかっているはずなのにどうして中に居るのかと思ったけれど、彼女の仕業かな。鍵が無くても空き教室に侵入する方法があるから時々そこでサボってるって以前言ってたし。
「大丈夫だって。緑野は押しに弱いから、押し続ければ絶対にパンツ見せるって」
なんだって!?
いくら緑野さんとはいえ……いや、やるかもしれない。
顔を歪ませるくらい嫌そうにしていたのに最終的には折れて引き受けた姿を見たことがある。下着を見せてしまう可能性も確かにあるけれど、そんな酷いことをお願いするだなんてあんまりだ。
「そうしたらそのまま流れでヤらせてくれるって。あいつ絶対拒否できないから」
「海曽根がそういうならそう……なのかぁ?」
「いやでも流石に信じられねぇよ。教師にチクられたらヤバいだろ」
「絶対に大丈夫だって。なんならパンツ見せた時点で撮って脅してやりゃ良いのよ」
外道が。
海曽根さんってそこまで酷い人間だったのか。
「一度ヤらせたら泣き寝入りするタイプだから、何度でも好き放題出来るよ。たっぷり泣かせて頂戴」
「おお怖」
「何でそんなにあいつのことが嫌いなんだ?」
「優等生ぶって内申点稼ぎするような女が大っ嫌いなのよ」
たったそれだけのことで、これほどに醜悪なことができるだなんて信じられない。
いや、今は信じるとか信じられないとかそんなことを考えている場合じゃない。
緑野さんを助けないと。
でもどうしよう。
ここで中途半端に止めたり先生に相談したところで、未遂だと僕の話を信じて貰えなかったり甘い処分になって緑野さんが狙われ続けることになっちゃう。でもだからといって緑野さんが襲われるまで待ってたら、緑野さんが心に傷を負ってしまう。
どうすれば緑野さんが海曽根さんの悪意から完全に解放されるだろうか。
ーーーーーーーー
「話って何?」
放課後の空き教室。
緑野さんは海曽根さんと男子二人に呼び出されていた。
「こいつらが緑野さんにお願いがあるんだってさ」
海曽根さんはスマホを弄りながら緑野さんの顔も見ずに雑に話をする。恐らくあのスマホでカメラの準備をしているのだろう。
「お願いします!」
「お願いします!」
「え?」
突然男子二人が頭を深く下げたものだから、緑野さんは驚いている。
だが本当に驚くのはこれからだ。
「俺達にパンツを見せてください!」
「え!?」
あまりにも酷い要望に、緑野さんは顔を赤くしてスカートを押さえて後退った。
「む、無理!無理無理無理無理!」
当然だろう。
そんなこと言われて、はいどうぞと見せる女子などいるはずがない。
「そこをなんとか!」
「お願いします!」
「どうしても見たいんです!」
「見せてください!」
だが男子二人は食い下がる。
全力でお願いをし続ける。
「出来るわけないでしょ!」
更に否定を重ねる緑野さん。
お願いを聞いてくれそうな気配はない。
流れが悪いと思ったのか、あるいは最初から想定通りだったのか。
男子二人は更に攻めに出た。
「お願いします!」
「お願いします!」
土下座をしたのだ。
「そ、そんなことされても……」
人生で初めて見る土下座。
しかもそれが自分に向けられたことで困惑する緑野さん。
そこに海曽根さんが追撃して来た。
「パンツくらい見せてやりなって。こいつら全くモテないから一生彼女なんて出来ないのよ。可哀想だと思わない?」
「じゃ、じゃあ海曽根さんが見せてあげれば……」
「そう言ったんだけど、こいつらが一生に一度だけならあんたのが良いって言ってるのよ。全く失礼しちゃうよね」
「そんな……そんなこと言われても……」
自分は見せても良い。
そう嘘を告げることで、見せることは変なことでは無いと少しでも思わせようとしているのだろう。
実際、緑野さんの抵抗は最初の頃と違って弱まっている。
「お願いします!」
「お願いします!」
「…………」
男二人は真摯なフリをして土下座姿勢のままお願いするだけ。
頭を下げているから表情は分からないが、押しきれそうな空気を察してほくそ笑んでいるかもしれない。
確かにこのままなら緑野さんは葛藤して葛藤して葛藤して葛藤して、少しならと許してしまうかもしれない。そしてそのまま流れで引き返せないことまでやらされてしまう。
僕がこのことを知らなければそうなった未来もあったのかもしれないね。
「お断りします」
突然、緑野さんの雰囲気がガラっと変わった。
押されているどころか、きっぱりと断ったのだ。
その変化に違和感を覚えた海曽根さんが眉を潜めた。
「こいつらが可哀想だと思わないの?」
「思いません」
毅然とした態度に、海曽根さんの眉の皴がより一層深くなる。
「そこをなんとか。友達が困っているのを見捨てられないのよ。いつもみたいに助けてよ」
「知ったことではありません」
「な!?」
今までの緑野さんであれば絶対に口にしないような、他人を見捨てるような発言に海曽根さんは驚いた。
「どうして今回は助けてくれないの!? こんなに真面目にお願いしてるのに!」
絶対に押しきれると思っていたからだろう。海曽根さんは露骨に焦り出す。それが緑野さんをより落ち着かせる反応だとも気付かずに。
「先約があるからです」
「先約?」
「はい。私の身体を大事にするようにお願いされてますので。私はそのお願いを守る必要があるんです」
彼女達がどれだけ性的なことを要求しても、その要求に答えるなと先にお願いしてあるから答えられない。
これが僕が仕込んだ作戦の一つだ。
緑野さんは最初から彼女達のお願いについて知っていて、押されているフリをしていただけだった。
まさかの演技派で本当に押されているように見えたからびっくりだったよ。この話をした時に緑野さんがノリノリだったんだけど、こういう演技が好きなのかな。
「お、おい海曽根、話が違うじゃねーか」
「このままだとまずくねーか?」
男子二人は焦って立ち上がり、海曽根さんに抗議する。
「それでは私はこれで」
その隙に緑野さんは空き教室から出ようとする。
「まずい!あいつを止めて!」
そりゃあそうなるよね。
緑野さんが性的な要求をされたことを先生に相談したら、三人は終わりなんだから。
「早くしなさい!このままじゃ終わりよ!無理矢理写真撮って言うことを聞かせるしかないわ!」
あ~あ、言っちゃった。
致命的なことを言っちゃった。
「それはどういう意味なのかしら」
「げ!?」
空き教室に入って来たのは、生徒指導の女性の先生。
女性だからといって甘くは無い。鬼の片口と呼ばれて生徒から恐れられている、とても厳しい先生だ。女性の先生だから女子が相手でも容赦なく対応してくれる、今の僕らにとってとてもありがたい存在。
「やべぇ逃げろ!」
「何処に行こうって言うんだ?」
「げ!?」
もう片方の入り口から入って来たのは体育教師の厳島先生。こめかみをピクピク震わせてガチキレ中だ。
緑野さんが襲われるかもしれないのに、先生を呼ばない訳が無いでしょ。
「ど、どうして先生が?」
「違うんです。これは、その、ちょっとしたおふざけのようなものです」
「そうですそうです」
慌てて弁明しようとするが、残念ながらそうはいかない。
「最近の若い子は、おふざけで女子を襲おうとするのね」
「…………」
「…………」
「…………」
最初のお願いだけならば、ギリギリで言い逃れ出来るかもしれない。
だが彼女達は強引に緑野さんを襲おうとした。
そこを先生に見られたのだから、どうあがこうがゲームオーバーだ。
「それじゃあ私はこれで。先生ありがとうございました」
場が混乱している中、緑野さんは全く動揺せずに空き教室から出ようとする。
その姿を見て海曽根さんは、緑野さんが先生を呼んだと思ったらしい。
「緑野!てめぇやりやがったな!」
「くすくす。ううん、私じゃないよ。私は助けられただけ」
緑野さんはそれだけを彼女達に告げて、今度こそ空き教室から出た。
「簾透君ありがとう!」
そして満面の笑みで抱き着いてきた彼女を、先生と一緒にこっそり成り行きを見ていた僕は受け止めた。
ーーーーーーーー
「私が狙われてる?」
「うん」
海曽根さんの話を聞いた僕は、すぐに緑野さんを呼び出してそのことを伝えた。誰かに聞かれたら海曽根さんの耳に入って逆恨みでもっと酷いことをされるかもしれないと思い、人気の無い場所に移動しての会話だ。
「そんなに嫌われてたなんて信じられない……」
「僕も同じ気持ちだよ。でも間違いなくそう言ってたんだよ」
「そう、なんだ」
緑野さんは肩を落として震えている。
クラスメイトに性的に狙われていると思ったら怖くなって仕方ないだろう。
「絶対にお願いを聞いちゃダメだからね」
「う、うん」
緑野さんの顔は変わらず暗い。
多くの不安が胸の中を渦巻いているのだろう。
「もしかして、断れないかもしれないって思ってる?」
「…………うん。私、どうしてもお願いされると断れなくって」
「こんなに酷いことでも?」
「分からない。今は絶対に嫌って思ってるけど、実際にお願いされちゃうとどうなるか……」
そんな緑野さんだからこそ、海曽根さんは無茶なお願いでもいけると判断したのだろう。
これまで最も多く緑野さんにお願いして来たからこそ、彼女の押しの弱さを感覚的に掴んでいる。
でもそれは僕だって知っている。
彼女は多分断れない。
でもそれなら、断れる状況を僕が作ってあげれば良いんだ。
「じゃあさ。僕からお願いして良い?」
「え?」
僕は緑野さんにお願いしたことは一度も無い。
だって彼女が押しに弱いと分かっていてお願いするなんて卑怯だから。
そんな僕が初めて彼女にお願いする。
「自分の身体を大事にして欲しいんだ」
こうやって先にお願いすれば、先約があるからと性的なお願いを断りやすくなる。
緑野さんは聡い人間だ。僕の狙いをすぐに理解した様子だ。
「ありがとう。でも……」
しかしそれでも不安は拭えない様子。
どうしよう。
どうすれば僕は彼女を助けることが出来るだろうか。
先生にお願いして助けてもらうことは出来るけれど、確実に解決するには致命的な瞬間を目撃してもらう必要がある。でもそこまでの流れになると緑野さんが心に傷を負ってしまうかもしれない。せめて堂々と断る強い気持ちがあれば多少はショックが薄れると思ったんだけど、この様子なら今回の完全解決は諦めるしか無いのかな。
「どうして……」
「え?」
「どうして簾透君はそんなに私の事を心配してくれるの?」
「…………」
クラスメイトだから。
困っている人がいたら助けるのは当然。
そうやって濁して答えるのは簡単だ。
でもこの状況で本心を偽るのは緑野さんに申し訳なく想う。
それにもしかしたらこの答えこそが彼女を救う鍵となるのではないか。
僕のお願いが心からのもので本気であると伝われば、緑野さんはその気持ちを尊重してお願いを叶えたくなってくれるのではないか。その強い心が嫌な要望を跳ねのける原動力となるかもしれない。
ただし、失敗したら僕はもう緑野さんと今までのように楽しい時間を過ごせなくなるだろう。
でもそんなことは関係ない。
大事なのは彼女が安心して学生生活を過ごせるようになることなのだから。
「緑野さんのことが、好きだから」
「え?」
今まで隠していた僕の本当の気持ち。
好きだから緑野さんとお話しがしたくて、手伝いがしたくて、助けてあげたかった。
ただそれだけのこと。
「嘘……」
「嘘じゃないよ」
「だって私……簾透君に好かれることなんて何もしてないよ?」
三つ編みフェチだから、なんて言ったら怒られるだろうか。
無性に言いたくなったけれどぐっと我慢した。
「優しいところが好きになったんだ」
「…………私は優しくないよ…………押しに弱いだけ」
「緑野さんは優しい。僕はちゃんと知ってるよ」
「え?」
頼まれたことを断れない。
僕はその姿を見て彼女の事を優しいと思ったわけでは無い。
「中学二年生の時に、同じクラスだったよね」
「うん」
「お昼休みに不知火さんが吐いたの覚えてる?」
「うん」
不知火さんは当時のクラスメイトの女子で、その日は体調が悪かったのに無理して登校して授業を受けていた。でも昼休みに一気に気持ち悪くなって吐いてしまったんだ。
「あの時、皆が不知火さんのことを心配していたけれど、吐いたところに関しては気持ち悪がって誰も近づこうとしなかった。誰かが掃除しなきゃって思いながらも譲りあって、そうしたら譲られた緑野さんが全く嫌がらずに掃除を始めたんだ。それを見た時、緑野さんは凄い優しい人なんだなって思って好きになっちゃったんだ」
「べ、別にあのくらい誰でも……」
「あはは。そんな世の中だったら素敵だよね」
決して誰でも出来ることではない。
嫌でもやれる人はもちろんいるだろう。
でも彼女は嫌だと思わずにクラスメイトのためにそれを掃除したのだ。
汚らわしいだなど感じずに不知火さんのことを想って。
「僕は本気で緑野さんが好きです」
「あ、うう……」
緑野さんが顔を真っ赤にしている。
不安な気持ちは何処かに行ってしまったようだ。
それだけでも告白したかいがあったってものだ。
「だから自分を大切にして欲しい。緑野さんが悲しむ姿は見たくない」
僕の本気のお願い。
どうか叶えてはくれないだろうか。
「…………じ、実は、少し期待してたの」
「期待?」
「こんな人気の無い場所に呼び出したから、その、そういうことなのかなって」
「え?」
確かに言われてみれば、男子からこんな場所に呼び出されたら告白されると勘違いしてもおかしくはない。緑野さんを助けなきゃって事ばかり考えてたから、全く気付かなかった。
あれ、でも緑野さん期待してたって言ったよね。
それってつまり。
「…………簾透君と一緒にいると楽しいし、その、ずっと一緒に居たいなって思ってたから」
「それって」
「ありがとう簾透君。私も簾透君が好きです。だからお願いは絶対に守るね」
「!?」
なんてことだ。
緑野さんを心配して元気づけて助けてあげたいと思っていたのに、まさか僕が喜ばされる展開になるだなんて。彼女が僕に対して好印象であることは分かっていたけれど、そこまで強く想われていることまでは分からなかったもん。仲が良い友達的な関係から気まずくなって距離を置く結果になるだろうなって思ってたから、嬉しすぎてなんか挙動不審になっちゃいそう。
「くすくす。何その動き」
「色々とありすぎて混乱しちゃって」
「それはこっちの台詞だよ」
「確かに」
緑野さんは顔が真っ赤だけれど、僕みたいに動揺はしていない様子だ。
むしろいつもよりも毅然とした力強さを感じられる。
「じゃあ大好きな彼氏さんのお願いを守って、今後のためにも邪魔な人達には退場してもらいましょうか」
「もしかして緑野さんって、吹っ切れると結構がんばっちゃう系?」
「幻滅した?」
「ううん、最高」
「くすくす、良かった」
強がっているようには見えない。
これならきっと大丈夫だろう。
そうして僕達は彼氏彼女になり、幸せな恋人生活を始めるために海曽根さんを排除したのであった。
ーーーーーーーー
「緑野さんお願い!日直代わって欲しいの!」
クラスメイトの女子が緑野さんにお願いしている。
海曽根さんは退学になったから別の女子だ。
彼女が押しに弱いことは周知の事実であるため、お願いしてくる人は未だに多い。
でもそれもすぐになくなるだろう。
「ごめんなさい。無理です」
「え?」
何故ならば今の緑野さんは、きっぱりと断ることが増えて来たから。
「…………そ、そう。無理言ってごめんね」
しかも威圧感のある笑顔で断るため、相手はとても押し辛い。
「気にしないで。それに本当にどうしても困ってたら代わるから、その時は言ってね」
「う、うん」
おいおい。
そこで肯定したら、本当は困って無いのに仕事を押し付けたって自白しているようなものだぞ。緑野さんの笑顔の迫力に押されて気付いていないみたいだけど。
「あ、でも本当に困ってても代われないこともあるかも」
「え?」
「だって私は彼氏が一番だから。彼氏のお願いが最優先なの。ね、簾透君」
うわ、いきなりカミングアウトした!
「ええええええええええええええええ!?」
ほらぁ、教室中が大騒ぎになっちゃったじゃん。
別に気にしないから良いけどさ。
「そうそう。大好きな彼女さんが困ることは彼氏として見過ごせないかな」
「くすくす。だってさ」
「皆にも言っておく。もしもこれから緑野さんに何かを無理に押し付けようとしたら……」
「したら?」
どうしよう、何も考えてない。
勢いだけで言ってしまった。
ならこの先も勢いだけで誤魔化してしまえ。
「バカップルを見せつけてやる」
「くすくす。それならむしろ押し付けて貰った方が嬉しいかも」
「やめろおおおお!」
モテないクラスメイトが血の涙を流しながら咆哮する姿を見ながら、俺と緑野さんは声を出して笑うのであった。