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♪ エピローグ ♬

 

 大きな音と共にヘリコプターが近づいてきた。

 谷底で手を振る警察官の上空で停止すると、オレンジ色の上下服を着た救助隊員がワイヤと共にゆっくりと下りてきた。

 真下には車があり、ぐったりとして力の抜けた男性を警察官が抱えていた。

 救助隊員が下まで降りるとすぐに男性を受け取り、袋状の救助装置で包み込んだ。

 そして安全ベルトを装着して、フックをワイヤに接続すると、ゆっくりとしたスピードで引き上げられていった。


 少し離れた斜面では多くの人が声を出しながら捜索をしていた。

 先頭を行くのは若い警察官だった。

 金属の棒を軽く地面に当てながら、靄の中を慎重に進んでいた。

 何かに触れたらすぐ気がつくように神経を研ぎ澄ませているようだった。

 すると、金属棒が何かに接触したのか、いきなりしゃがみこんだ。

 立ち上がった彼の手には黒い革靴があった。

 向き直った彼は真後ろにいる上長らしき警察官に靴を渡した。


        *


 女は夢を見ていた。

 あの羽を付けた妖精のような女性が頭上に浮かんで、自分をじっと見ていた。

 その目は何かを訴えかけているようだったが、それが声になることはなかった。


 女は背伸びをして、左手を伸ばした。

 届きそうだった。

 でも、まさに触れようとした時、中指から薬指へ、そして小指へと滑るように移って、爪の中に吸い込まれていった。


 えっ⁉


 見つめていると、小指が引っ張られた。

 前方に大きく引っ張られた。


 えっ‼


 声を上げた瞬間、上体が前に傾き、足が動いた。


 導かれたのはピアノのある部屋だった。

 アップライトピアノの前に立っていた。


 弾いて!


 声が聞こえた。


 何を?


 しかし返事の代わりに身に着けていたワンピースの色が変わった。

 青からピンクへ。そしてスイートピーが満開になった。


 思い出した?


 声が面影を連れてきた。

 あの日背中に向かって拍手をしてくれたあの人の顔だった。


 頷いた女は椅子に座り、蓋を開けた。

 そして指をゆっくり開いて、メロディが満ちてくるのを待った。


        *


 男は両手両足を伸ばしたうつぶせの状態で靄の中をふわふわと浮きながら、違う世界へ引き寄せられていた。

 蜜のような甘い匂いに誘われて、どんどん入口に近づいていった。

 すると迎えるように扉が開き、指の先が中に入った。

 そして腕が、続いて頭が入ろうとした時、ピアノの音が聞こえた。

 懐かしいメロディだった。

 その優しいタッチに聞き覚えがあった。


 振り向くと、別の扉が見えた。

 音はほんの少し開いた隙間から聞こえてきているようだった。


 その扉に近づき、押し開いて中へ入ると、ワンピースを着た女性の後姿が見えた。

 ピンク地のワンピースだった。

 満開のスイートピーが優しい思い出を運んできた。


 あの時の……、


 記憶が蘇った時、背後で何かが閉まる音がした。

 振り返ると、違う世界へ行く扉が閉じていた。


 待ってくれ!


 慌ててそちらに向かおうとしたが、左手の小指が引っ張られて動けなくなった。それでも進もうとしたが、優しい歌声が男を止めた。

 エルトン・ジョンの声だった。

 それがヴェッキオ橋で歌う女性の声に変り、バスの運転手の声に変化した。

 そして、あの声になった。

 愛おしく懐かしい声だった。

 大切な、大切な、かけがえのない声だった。


 でも、歌が終わって声が消えると、ピアノの音だけになった。

 そして、最後の音と共にピアニストの指が鍵盤から離れた。

 それでも余韻だけは残り続けた。

 大切な思い出をとどめるように、

 愛しい面影をとどめるように、

 長く残り続けた。


 ありがとう。


 呟いた男は後姿に向かって拍手を送った。

 心を込めて贈った。

 するとピアニストの肩が揺れ、

 秒が刻まれたあと、

 息を吐く音と共に体ごとゆっくりと振り向き始めた。


 ショートヘアが揺れた。

 愛らしい丸顔が見えた。

 懐かしい笑みが浮かんだ。

 左の頬にえくぼができた。

 彼女だった。


 完



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