♬ 女 ♬
「こんな時間に誰かしら?」
奥さんが電話を取った。
その途端、眉間に皺が寄った。
「お見えになっていません」
怒りが滲んだ声だった。
「えっ⁉」
突然、表情が変わった。
どうしたのかと思っていると、固定電話の送話部分を手で押さえて、「会社に戻っていないし、スマホに連絡しても出ないらしいわ」と小さな声を発した。
その後また会話に戻ったが、何度か頷いてから、「わかりました。はい、お待ちしております」と言ったあと、首を傾げながら受話器を置いた。
「おかしいわね、何かあったのかもしれないわ。事故とか……」
「探しに行きましょうか?」
女は立ち上がって支度をしようとしたが、奥さんが手で制して、カーテンを開けた。
雨が本降りになっていた。
それを見ながら奥さんが頭を振った。
この中を探しに行くのは無理だというように。
その通りだった。
奥さんの横に立つと、窓からの明かりに照らされた雨の向こうは真っ暗だった。
夜は更けていったが、眠れるはずがなかった。
それは奥さんも同じようだった。
YOUR DREAMからは、翌朝から捜索が始まるとだけ連絡があった。
すっぽかされたと怒りを表していた奥さんは神妙な面持ちに変わっていた。
自分たちの家に向かう途中で何かがあった可能性が高かった。
事故か事件かわからないが、原因の一端は自分たちにあるかもしれないのだ。
もちろん、直接の責任は無いにしろ、関わりがあるのは間違いない。
テレビも付けず会話も交わさず、ただ時間が過ぎるのを甘受するしかなかった。
柱時計が零時を知らせた。
ボーンボーンという音が12回鳴るのを頭の中で数え続けた。
最後の音が鳴り終わった時、奥さんが立ち上がった。
もう寝ましょう、というように女に視線を向けた。
女も立ち上がった。
奥さんは2階の自室に、女は1階の自室に向かった。
いつもは枕元で入眠のための音楽をかけるのだが、今夜はそんな気が起こらなかった。
雨が入らないように僅かに窓を開けて、布団の中でただ耳を澄ませていた。
助けを呼ぶ声が聞こえるかもしれないと、ひたすら耳を澄ませ続けた。
しかし、聞こえてくるのはザ―っという雨の音だけだった。
時間と共に激しくなっているように思えた。
この雨の中でどうしているのだろうか、
行方不明の2人の安否が気になって仕方がなかった。
もしかしたらこの近くに、ほんの近くにいるかも知れないのだ。
それなのに探すこともできない。
自分の無力さに唇を噛んだ。




