表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/62

♪ 男(2) ♪

 

 2人で並んで座っていた。

 砂の上だった。

 潮騒が聞こえた。

 そして、雨が降っていた。


 パレルモの砂浜だった。

 雨に濡れながら無言で海を見ていた。

 男の右手小指と彼女の左手小指が微かに触れ合っていた。

 彼女の薬指にペアリングはなかった。


 厚い雲の向こう側にいる太陽が姿を現さないまま消えようとしていた。

 海からの風が強くなり、雨が前から叩きつけてきた。

 それでも痛みはなかった。

 でも、目を開けていられなくなった。

 俯いて目を閉じていると、彼女の左手が男の右手を握った。

 その瞬間、海風が一段と強くなり、あおられて体が揺れた。

 そのまま後ろに重心がかかると、前からすくうように体の下に風が入り、ふわ~っと浮いた。

 そのタイミングを逃さないというように彼女が男の手を強く握って上に掲げると、体の下に入り込んだ風が絨毯のように2人を乗せて持ち上げた。

 そして一気に空高く昇って行った。


 雲の中に達した時、風の流れが変わり、南の方から吹き始めた。

 それに乗って雲と共に北北東へ流されると、徐々に雲が薄くなっていき、跡形もなく消えた。

 すると風の代わりに温かい空気が絨毯となって2人を乗せた。

 下を見ると、海が黄金色にキラキラと光っていた。

 太陽が沈むところだった。

 見惚れていると、彼女が男の手を下に向けた。

 すると、ゆっくりと降下を始め、砂浜が近づいてきた。


 砂の上に降りた瞬間、空気の絨毯が消えた。

 手を離した彼女が顔を近づけてきて、唇が頬に触れた。

 冷たい唇だった。

 右手で男の顔を横に向け、人差し指で唇を触った。

 冷たい指だった。

 唇が重なると、余りの冷たさに凍えた。

 それでも男がじっとしていると、キスをしたまま体を倒され、砂に背を付けた男の上に彼女が体を重ねてきた。

 胸の鼓動は感じられなかった。

 ただ冷たさだけが全身を覆い、まるで凍り付いた洞窟の中で抱き合っているように思えた。

 太陽は沈みかけようとしていた。


「アマルフィに来たかったの」


 彼女が耳元で囁いた。

 その声はダイヤモンドダストとなって耳の中に吸い込まれていった。

 薄明りが2人を覆っていたが、まだ星は見えなかった。

 潮騒以外、物音一つしなかった。

 男はじっとして彼女の言葉を待った。

 でも、二度と声を発することはなかった。


 突然、真上で星が(またた)いた。

 気づいた彼女がのけ反るようにして見上げると、それを待っていたかのようにもう一度瞬いた。

 しかし、それ以上瞬くことはなかった。

 彼女は静かに体を戻して唇を重ね、そのままの状態で唇が動いた。


 あ・り・が・と・う。


 でも、それはサヨナラの合図だった。

 彼女の体が軽くなったと思ったら、顔から色が消え、輪郭がぼやけてきた。

 唇が消え、鼻が消え、最後に瞳が消えた。

 すると、重さを感じなくなった。

 それでも彼女は体の上にいた。

 心臓の上にとどまる魂をそっと両手で包み込むと、掌がほんの少し温かくなった。

 でも、掌の中で揺れると、指の間からゆっくりと抜け出ていった。


 1メートルほど上ったところで彼女が止まった。

 それはまるで男を見ているようだったし、名残惜しそうな感じにも思えた。

 でも、それが続くことはなかった。

 星に向かって少しずつ高度を上げて、小さくなっていった。

 そして、星に吸い込まれた瞬間、あのメロディが耳の中で鳴った。


『Time to say goodbye』


 フェードアウトに合わせるように星が消えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ