自己紹介、自己崩壊、カウントダウン開始。
始まりの月、四月。
世の中では、学校も会社も、おまけに季節もここから新しい一年を迎える。
一から数えて十二まで順番にあるのに、なんで一年の始まりは四月なのだろうか? やはり季節的なものだろうか、一年の始めが寒さも厳しい冬では始まる気がしないからか。気温もぽかぽか、植物たちも芽吹く春がスタートにもっとも適しているからだろうか、それならいっそ四月を一月にすればよかったのに。
俺はそんな頭の悪い考えをしてしまうほど浮足立っていた、それはもうふわふわと音を立てられるほどに。
この春俺はめでたく中学を卒業し、今日入学式を迎えている。中学は家から近いからというだけの理由で学力もそこそこ、規模もそこそこ、部活なんかもたまに活躍する部があるくらいな、なんというかどこにでもあるような普通の中等学校を選び、平々凡々な成績で卒業した。
しかし、高校は自分の行きたいところを選んだ。自宅からはバスで十五分ほどの距離にある、通学に不便とまではいかないが特に近場でもない高校を。
理由はいたってシンプル、俺が選んだ私立皆霧学園は、今年新設された高校なのである。
歴史や伝統もなく、入学案内を見る限りでは、かなり自由な校風、それになんといっても上級生がいないというのがかなり魅力的だった。
そんな、理想を現実に再現したかのような高校の、新設初年度に入学できたのはまさしく僥倖だった。タイミング良すぎるぜ、俺! ここで一生分の運を使い果たしていてもおかしくないような、そのくらいのラッキーだった。まあ、結論から言うと、実際運は使い果たしていたと思う、なんせ俺はこの入学からたったの二日で、とんでもないことに巻き込まれてしまったのだから。
式が終わり最初のホームルームが行われた、俺がいるのは一年三組の教室。
一年は一組から五組まであり、学力が均等になるように組み分けされている、一組は言うまでもなく進学組、噂によると有名進学校の推薦を断ってまで入学したやつがいるとかいないとか、新設校に進学のメリットなんてあるのだろうか? 噂なのであまり信憑性はないのだが。まあ、俺の学力は中の上くらいなのでこのへんなんだろう。
地元から少し距離もあるせいか、同じ中学出身でこの高校に進学したやつは一人しかいなかった。といっても、そいつとはクラスが一緒になったことは一度もなかったし、話したこともなければ、名前すらも記憶にない。同じ中学だったというだけの人物である。もしここで同じクラスなんかになれば、少しは話したりするのだろうか、なんだか逆に気まずい、でも話さないのもおかしい気がする。別のクラスになっていることを祈ろう。
ホームルーム序盤、担任から簡単な学校内の設備と選択授業やら部活動についての説明がされた、部活に関しては新設校というのもあり、先生方の中に顧問を経験したことのあるものだけが、とりあえずの案として、いくつか挙げられているだけだった。他に部としてやりたい活動があれば、新しく創れるらしいのだが、俺は特に部活動に入る気はなかったので細かいことは聞き流した。
説明が一通り終わり、クラスの自己紹介が始まった、一人ずつ順番に名前、出身中学、趣味や特技などあれば簡単な自己アピールも添えて、といった具合である。一人が終わるたびに担任がいい感じにコメントをしつつ次に回してくれている、新しい学校、新しいクラス、みんなが溶け込みやすいように色々と考えてくれているのだろう、席順にしたって普通は五十音順に並べるだろうに「男女が隣同士になるようにしたぞ、その方が楽しいだろう?」などと言って、順不同に決められたものだった。男女比が均等じゃなかったらどうするつもりだったのか。発言は親父だが女性だし、多少いい加減ではあるが、担任のクジ運も悪くはなかったようだ。そうしている間に俺の番が来る。
「あ、えと、八方貴哉です。出身は桜台中学で、趣味は読書と、あとは、寝ることです」
頬をかきつつ「はは」と笑いながら担任を見ると「八方~、授業中に居眠りはするなよ~」などと予想通りの反応を返してくれた。教室にもちらほらと笑いが起きてくれた、少しホッとした、自己紹介の印象は大事だ、ここで変なイメージや、とっつきにくい感じを出してしまうと今後の友達づくりなんかに悪影響が出る。
自己紹介も進んでいき、次は俺の隣の席の子の番になった、良く見るとかなり可愛い子だった。
黒髪ロングヘアーで色白、細身でいかにもって感じの美少女だ。ナイス男女隣同士!
「赤居葵です。出身中学は桜台中で、趣味は読書と、寝ることです」
一瞬の沈黙。
おや? おやおや? どうやらこのお方は、俺がさっきまで別のクラスになることを望んでいた、同じ中学出身者のようだけど……。こんな可愛い子だったら記憶に残っているはずなんだが?
それに、その自己紹介、俺のと全く同じじゃねーかっ! そして同じように笑いながら頬をカリカリしてるんじゃねーよ!
「お、おおお、そうか、八方と一緒になって居眠りするんじゃ、ないぞ~?」
ほら、先生困ってるじゃねーか! ていうか、なんか周りの視線も痛いよ? 注目されちゃってない?
「はい、寝るときは貴哉君と一緒に寝ます」
おい! おいおいおいおいおい! なんで語尾にハートマーク付くような感じで言っちゃってるの? あれ? 俺って知らない間にこの子とそんな関係でしたっけ?
「う、うおおお……、そうか、赤居は八方とただならぬ関係か、そうか、残念だったな男子諸君、赤居のことは諦めてくれ」
おい? おいおいおいおい? 男子諸君、俺のことをめっちゃ睨まないで? 先生? そのまま「はい次ー!」とか進めないで?
「ふふふっ」
彼女――赤居葵は「ちょっと意地悪しちゃった」みたいな感じで俺に笑いかけてきた、正直すごい可愛い。可愛いのだけど、一体全体何が何やら、今この数分間のうちに俺の身に起きたことを、誰か説明してくれないだろうか。
入学初日、不安と期待を胸に膨らませ、友達百人でっきるかな? 的な感じで始まったはずの俺の高校生活は、周りを見れば女子は何やらヒソヒソ、男子は親の仇でも見るような視線、隣にはやけに人懐っこい笑みを投げかけてくる美少女という構図に落ち着いた。
落ち着いて欲しくなかった。
ホームルームも終わり、初日の内容はこれで全部終わり、あとは下校するだけとなった。
俺はもう何が何だか分からなくなっていたので、早々に帰ることにした。学校から自宅まではバス一本、乗換えなしで行ける、ちょうど良い時間のバスがあったのでそれに乗り込む。乗客はほとんどいなかったので奥の二人掛けの席に向かう、座ったのと同時くらいにバスは発車した。
「よいしょっと」
「よいしょっと、へへ」
……あれ? おかしいな、空耳かな? ちょっと怖かったけど勇気を出して隣を見る。
「やほ、へへへ~」
どえらい美人がそこにいた。
通路を挟んで反対側の、同じく二人掛けの席にちょこんと座る赤居葵の姿がそこにはあった。
「偶然だね」
「あ、ああ」
いや、絶対違うだろう? 怖っ何この女。いや、可愛いからいいんだけど。
「う~ん、隣いい?」
「あ、ああ」
俺のすぐ隣に彼女は移動してきた、バスの座席は広くないのでお互いの体が少し触れあう、少し甘い香りがした。
「入学式緊張したねえ?」
「あ、ああ」
「明日から楽しみだね?」
「『あ、ああ』」
ハモッた!
「あははは、貴哉の真似~、似てた?」
名前呼び捨てになってる! てか、何この女、超可愛い。ってこら、いかんいかん、このままではいかん、絶対に。
「あ、あのさ赤居、さん?」
「葵」
「へ?」
「葵でいいよ」
「あ、じゃあ葵さん?」
「ん~、違う違う、呼び捨てで」
「え、と、葵」
「うん、そうそう、いい感じ」
やば、超可愛い。……いかん。
「えーとさ、俺たち初対面だよな? 一応確認なんだけど」
「そうだよ?」
「だよね、そうだよねー」
「でも、もう仲良しでしょ?」
ひゃっほーい! 美少女と仲良しー! ……いかん、どうしたんだ俺、この女といるとなんかおかしくなってる気がする。
「あれ~? もしかして仲良しだと思ってるの私だけ?」
「あ、いや、ごめんそういうつもりじゃなくて。ほら、俺らってあんまりお互いのこと知らないし」
「あ、なるほど。じゃあ知ってもらえばいいのか、何が知りたい? スリーサイズ?」
はい! ぜひ! ……もう死のう。
「いや、それも興味がないわけじゃないんだけど、そういうんじゃなくてさ?」
「……すけべ、スリーサイズ以上って……」
「うお!」
「じょ~だん」
「ちょ、おまっ」
「あははは~」
いやー、和むね、もうどうでもよくなってきちゃった。入学して一番仲良くなったのが美少女です。これでいいんじゃないかな? ちょっと変だけど悪い子じゃないし。
「うん、でもわかるよ、貴哉の言ってること。本当の私を知りたいのね? 設定とか抜きにしてってことね? ちょうど良かったわ、私もそのつもりだったし。実はね、中学の頃からあなたには期待していたわ、はっきり言って目を付けていたの。だって、私と同じ匂いがするんだもの。ふふふ、楽しみだわ~、感じてきちゃった」
あれ? 葵さん? なんか雰囲気が全然、あれ? なんか今設定とか言いませんでした? それに、俺に目を付けてたって、感じてきちゃったとか、どういうことですか? 悪い子、じゃないし、ね?
「葵?」
「なあに~?」
「へ? あれ?」
「どしたの? 変な顔して、それよりさ今日本当にいいの?」
「今日? 何が?」
「もう~、さっき約束したでしょ? この後私の家に来るって」
「あ、ああ」
「ほんと? やた~!」
あれー? そんな話出てきたっけ? なんかもう危ない予感しかしないんですけど、大丈夫か俺?
そんなこんなで、いろんな危険を感じつつ、赤居葵の自宅へ行く約束をしてしまった俺。バス下車まで残り三分、その短い間で約束を断れるような理由は見つかるはずもなく。いろんな危険へのカウントダウンは止まることなく動き始めてしまった。
どうも~にゃんきちです。
このたびは、読んでくださってありがとうございます。
さて、今回のお話ですが、実は制作上の都合により予定していたものより短くなってしまいました。すいません。すこし読み足りないと感じるかもしれませんが、その辺は生温かい目で見てあげてくれると、うれしいです。
次回は早めに投稿できるようがんばります!
うふふ、な展開が来る! はずです! 乞うご期待!(あ、あんまり期待しないでください)
感想などもあれば是非お願いします~。
では、次回もよろしくお願いします!!