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好日録  作者: たま
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古川という男



古川というのは不思議な男だ。

高校の友人で同じ大学に進学したのだが、大学に入学してからというもの取り憑かれたように世界中に旅行に行き始めた。俺とは学部が違うから、詳しいことはわからないが、おそらく単位はまともにとれなかったのではないだろうか。一つもとっていないと言われても納得できてしまう。それほどに、古川は世界各国様々なところへ旅行ばかりして、ほとんど日本にはいなかった。

なぜ俺がこれを知っているかというと、古川は旅に出るたび、必ず旅先から俺に葉書を送って寄越していたからだ。なぜかは知らない。俺とはたしかに友人だが、そこまで仲が良かったわけではないように俺は思っていたのだが。しかし毎回、律儀に葉書は送られて来た。イタリアの水の街、古代中国の石の兵隊、アメリカのグランドキャニオン、人の浮く塩の湖。俺は異国文化に触れるのが嫌いではないので、それらは一応、ファイリングしておいた。


大学2年の夏のある暑い日、古川はちょうど日本に帰ってきていて、急に俺の部屋を訪ねてきた。

俺は当時大学の寮に住んでいた。そこは狭く、夏は暑く冬は寒い、実に古い寮だった。俺がサウナのような部屋でパン一で過ごしていたところを訪問してきた古川は、タンクトップにハーフパンツ姿で、身体はよく日に焼けていた。たしかその頃はインドから帰ってきたところだったと思う。

部屋に招き入れて話をするなかで、そのとき初めて俺は、古川の家が相当な金持ちだということを知った。道理で旅行に行きまくれるわけであった。

古川は、俺がこの苦境に暮らしていることに、かなり同情したらしかった。滂沱の汗をかきながら古川は、俺の部屋に住め、俺はほとんど旅行でいないから好きに使っていい、家賃は気にするな、とにかくこんな部屋は出ろ、と言った。そんなうまい話があるものか、と俺は訝しんだが、たしかにこの不思議な男がほとんど日本にいないのは確かであったし、実家にさほど金が無い俺にとって家賃がかからなくなるというのはたいへん魅力的であった。実際にはほとんど迷わず、俺は古川の借りていたアパートの部屋に住むことにしたのであった。


その後も相変わらず古川は狂ったように旅を続け、そして俺に現地からのハガキを送り続けた。たまに帰って来たが、ひと月のうちでも数えるほどだ。俺は夏涼しく冬暖かい部屋で人間らしい生活を送れるようになり、勉学に精を出すようになった。

あるとき、古川からの音信がひと月以上途絶えたことがあった。なんだろうかと思いつつもあまり気に留めずにいたある日、訪問者があった。スーツ姿のその男の人は、自らを古川の家の秘書であると言い、古川の所在がわからなくなったというようなことを俺に言った。山を登っていて、連絡がつかなくなったのだという。とにかく、俺はこのままこの家に住んでいて構わないから、と言われた。


季節は変わり、俺は大学3年生になった。

古川からの連絡は相変わらず途絶えたままで、秘書さんからの連絡もない。そして俺は、将来について思い悩んでいた。自分がなにをしたいのか、わからなかったのである。親に金を出してもらい、奨学金を借り、他人の家に住んで勉学に励みながら、進路の定まらない俺は、ぽつりと、世間から浮いているように感じられた。ぼんやり考えごとをすることが増え、考えごとをしながらその辺りをうろつくことが増えた。そうして、外の世界をよく見るようになった俺は、これまであまり気にしてこなかったが周囲の世界は美しいのだな、ということを知った。


そしてこれは、俺がこの部屋で暮らすうちに過ごした、不思議な日々の記録である。



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