第五話① 大泣き少女(前編)
華を連れて、秀人はラブホテルに入った。
時刻は、午前七時半。
このホテルは、平日の午前七時から午後四時まで、フリータイム制になっている。値段は、部屋のグレードによって異なる。
秀人は、ラブホテルに来ることなど滅多にない。最後に来たのはいつだったか。女性を唆し、銃を乱射させたときだった。惚れさせ、思うようにコントロールし、犯罪に走らせた。
その女性は、現在、刑務所の中にいる。
ホテルの一階で、部屋を選んだ。六五〇〇円の部屋。適当に、真ん中くらいのグレードの部屋を選んだ。十階建てのホテルの、六階の部屋。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
華は、どこか安心した様子を見せていた。よほど金に困っているのだろう。たった一万で体を売ることに、まったく躊躇いを感じない。
エレベーターに乗って、六階まで昇った。
長く続く廊下に、各部屋のドアが並んでいる。ドアには、半円形のランプが付いていた。
選んだ部屋のランプが、点灯している。入室できることを示す点灯。
部屋のドアを開けて、中に入った。
秀人に続いて、華も入室した。
部屋に入ってすぐのところに、精算機がある。金額と、退室までの時間がデジタルで表示されていた。残り時間は、八時間二十八分。
精算機にある説明書きを見た。料金は退室時に払うようだ。一度ドアを閉めると、精算しない限り出られない仕組みになっている。
部屋の中に入ると、大きなキングサイズのベッドがあった。赤い合皮のソファーに、冷蔵庫。アダルトグッズの自動販売機。部屋の入口付近には、風呂場の入口。
秀人はパーカーを脱ぎ、ソファーに投げ捨てた。
華も、服を脱ぎ始めた。ホテルに入ったら、服を脱いで男の言いなりになる。そんな行動が染みついているようだ。あっという間に下着姿になった。
細過ぎず、太過ぎず、万人に好まれそうな体付きだと思った。胸も、大きいわけでも小さいわけでもない。Cカップ、といったところか。
顔立ちは可愛らしく、体付きも万人の男に好まれる。立ちんぼをしていて、売れ残ることはほとんどないだろう。華が昨夜売れ残ったのは、たまたまだ。しろがねよし野で事件が起ったから、皆、そちらの方に足を運んだ。
通常であれば、一晩で三、四万。運が良ければ、一晩で六、七万くらいは稼げているはずだ。
華の状況を考えると、秀人の思考が、一つの疑問い行き着いた。
それなりに稼げる子が、どうして、一晩中、橋の上で客を探していたのか。一日くらい稼げない日があっても、問題ないだろうに。
じっくり聞いてみたいと思ったが、その前に、やるべきことがある。
「ねえ」
秀人は、下着姿になった華に声を掛けた。
「なぁに?」
「シャワー、浴びておいで。一晩中、橋の上にいたんだろ? 体洗って、さっぱりしてきなよ」
華は首を傾げた。すぐに、納得した顔を見せた。
「お兄さんは、先にシャワー浴びさせたい人なんだ?」
今度は秀人が首を傾げた。
「どういうこと?」
「あのね、エッチする前にシャワー浴びたら嫌だ、って人もいるの。そういう人はね、華の体の匂いを、ずっと嗅いでるの」
「……」
秀人は溜め息をつきたくなった。顔も知らない男の、気持ち悪い性癖を聞かされてしまった。
うんざりしながら、ポニーテールにした髪の毛を解いた。華と同じくらいの長さの、秀人の髪の毛。
髪の毛を下ろした秀人を見て、華が声を漏らした。
「お兄さん、綺麗」
「そう?」
「うん。華ね、お兄さんを最初に見た時ね、お姉さんだと思ったの。でも、声が男の人だったから、お兄さんかお姉さんか、分からなくなっちゃったの」
「そうなんだ」
「うん」
頷いて、華が聞いてきた。
「じゃあ、お兄さん、華と一緒にお風呂入る? お風呂の中でエッチする?」
匂いフェチの後は、風呂場でセックスした経験談か。再び、秀人は溜め息をつきそうになった。
「えっとね――華、でいいんだよね?」
「うん。華は、華だよ」
「フルネームは?」
「四谷華っていうの」
「そうか。じゃあ、華」
「何?」
「お金は払うけど、俺、華とセックスする気はないよ」
華は不思議そうな顔をした。
「お金くれるのに、どうして? エッチ、したくないの?」
秀人にも性欲はある。だが、誰彼構わず飛びつくほど、飢えているわけではない。
「セックスは嫌いじゃないけど、それよりも、華のことを聞かせてほしいんだ」
これは、半分本当で半分は嘘だ。
将来的に自分の手駒にするために、華のことを詳しく知りたい。だから、彼女のことを聞きたい。
同時に、華のような女とセックスをする気にはなれない。
秀人に声をかけられたとき、彼女は、躊躇いなく言っていた。
『ゴムもいらないから! 華、夕方から仕事だけど、それまで、好きにしていいから!』
きっと、数え切れないくらい、避妊具なしでのセックスを繰り返してきたのだろう。名前も知らない男を相手に、何度も、何度も。つまり、性病に罹っている可能性が高い。
もちろん、馬鹿正直にそんなことは言わないが。
秀人の言葉に、華は首を傾げた。
「華のこと聞きたいの?」
「そう。今までどんな生活をしてきたのか。何が好きで、何が嫌いなのか。あと、どうして立ちんぼをしてるのか、とか」
優しく答えてやると、華は、にっこりとした笑顔を見せた。
「うん、いいよ。でも、本当にエッチしなくていいの?」
「いいよ。ちゃんとお金はあげるから。それとも、セックスしたかった?」
秀人が聞くと、華の表情がまた変わった。少しだけ困ったような、言いたいことがあるけど言いにくそうな。そんな顔。
なるほど、と思った。華の様子で、秀人はある程度の事情を悟った。
華が金を必要としているのは、間違いない。理由は分からないが。だから必死に、自分を売ろうとしていた。おそらく、体を売る以外に大金を稼ぐ方法がないからだろう。
しかし彼女は、セックスが好きではないのだ。好きではないから、秀人の問いに対し表情を変えた。セックスが好きではないけど、自分を買ってくれた人には正直に言えない。
「安心しなよ」
秀人は、華の頭に手を置いた。秀人より十センチほど身長の低い彼女。これから洗う髪の毛を、わしゃわしゃと撫で回した。
「俺は、華とセックスするつもりはない。だから、正直に言っていいんだよ」
「……うん」
唇を尖らせて、華は頷いた。
秀人は、彼女の頭から手を離した。
「とりあえず、シャワー浴びて来なよ。華が浴びたら、俺も浴びるから。俺もさ、一晩中外にいたんだ。だから、体洗ってさっぱりしたい」
秀人が言うと、華は、また表情を変えた。いいことを思いついた、という顔。秀人の手を掴み、引いてくる。
「じゃあ、一緒に入ろう? 華が、お兄さんの体洗ってあげる」
ニコニコと、裏表のない華の笑顔。
「華ね、男の人の体洗うの、上手なんだよ。ソープランドで働いてるから。だから、洗ってあげる」
「……」
立ちんぼに、ソープランドでの仕事。体を売る仕事を掛け持ちしているのか。
どうして、そこまでするほど金が必要なのか。
華の現状を聞いて、秀人は、彼女の事情を考えてみた。
大きな借金。将来のための貯蓄。男に貢いでいる。大きな夢があって、どうしても金が必要。
「そうだね。じゃあ、洗ってくれる?」
「うん」
華の提案に賛同し、服を脱ぎながら、秀人は推測を進めた。
貯蓄や夢のため、ということはないだろう。少し話しただけで気付いたが、華は、年齢の割に知能が低い。
彼女の年齢は、外見から察するに、中学生から二十歳くらいだろう。その年齢にしては、話し方が幼過ぎる。おそらく、ボーダーと呼ばれる知能指数――IQにして八十五以下――に該当する。そんな彼女が、将来を考えたり、夢と引換えに自分を売るとは思えない。
とすると、おそらく……。
絞り込んだ推測に確信を得ながら、秀人は裸になり、華と一緒に浴室に入った。
※次回更新は明日(⒓/1)を予定しています。
知能や精神面で幼さを感じさせる華。
彼女のことを知った後、秀人は、どのように利用しようと考えるのか。
華に、何をさせるのか。




