プロローグ~搾取少女~
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体名等とは一切関係ありません。
ラブホテルから出た。
今まで一緒にいたおじさんに手を振って、別れた。名前も知らないおじさん。昨日の夜に出会って、そのままホテルに入った。朝まで、体を好きにされた。
セックスをするお仕事。貰えるお金は、その日によって――相手によって違う。
避妊具はしない。避妊具をすると、貰えるお金が少なくなる。「避妊具をして」と要求すると、買ってもらえないこともあるらしい。だからしない。
今回貰えたお金は、六万円。ホテル代もおじさんが払った。一晩でこんなに貰えたのは、久し振りだった。
バッグの中から、スマートフォンを取り出した。通話とメールしかできないスマートフォン。画面を開いて、時刻を見る。午前七時。
四谷華は、疲れた体を動かして帰路についた。
全国有数の繁華街である、しろがねよし野。つい数分前に出てきたラブホテル。華の自宅は、徒歩圏内にある。恋人と一緒に暮らしているマンション。
体が重い。そのうえ、ひどく眠い。早く帰って眠りたい。
でも、寝る前に、テンマに甘えたい。ホストクラブで働いている、華の恋人。
テンマは、働いているホストクラブで、それほど売れていないらしい。店で働いているホストの中でも、中間くらいの順位。
テンマの力になりたい。その気持ちから、華は、可能な限り彼の店に通っていた。夜の九時くらいまでソープランドで働いて、その後にテンマの店に行く。十一時くらいに店を出たら、しろがねよし野の付近にある、鳥々川の付近に立つ。
鳥々川の付近には、毎晩、たくさんの女の子が立つ。テンマはこのお仕事を「立ちんぼ」と言っていた。
女の子を買う目的で、男の人が来る。中年くらいのおじさんが多い。おじさんは女の子の姿を見て、値段について話し合って、お互いの意見が合致したらホテルに行く。
鳥々川の付近に女の子が立ち始める時間は、午後八時くらい。華はよく知らないが、テンマにそう教えてもらった。
華が鳥々川に立つ時間は、他の女の子に比べて遅い。だから、なかなか買ってもらえない。華が立ち始める午後十一時頃には、もう、おじさん達は女の子を連れてホテルに行ってしまっている。
でも、ソープランドの仕事をして、テンマの店に行くと、どうしても遅くなってしまう。だからといって、仕事をしないわけにもいかない。テンマの店にも行きたい。
一昨日は、十二時近くになって、ようやくおじさんに買ってもらえた。でも、散々値切られて、一晩で一万円にしかならなかった。
もっとお金がほしい。もっと、テンマの力になりたい。テンマの店でお金を使いたい。
華は必死だった。毎日体をすり減らして、何人もの男の人を相手にして。セックスは常に痛い。本当は、セックスしたくない。それでも、テンマのためなら頑張れた。
家に着いた。しろがねよし野の近くのマンション。十階建ての七階。
エレベーターに乗って、七階まで昇った。鍵を開けて、家の中に入った。
リビングと、もう一つ部屋がある間取り。一LDKという間取りだと、テンマに教えてもらった。華には、一LDKとか二LDKとかの意味はよく分からなかったが。
部屋に入って、華は服を脱いだ。下着姿になり、ブラジャーも取った。家に帰ってブラジャーを取ると、いつも「開放された」という気分になる。
そっと、寝室の襖を開けた。ベッドの上で、テンマが寝ていた。
「……華?」
テンマが、ベッドの上で体の向きを変えた。華の方を見る、眠そうな目。
「ごめんね、テンマ。起こしちゃった?」
「大丈夫だよ。結構寝たし」
眠りの邪魔をしても、テンマは怒らない。
テンマと付き合い始めてから、華は、一度も彼に怒られたことがない。彼は優しい。
テンマは掛け布団をめくり、華を呼んだ。
「おいで、華。一緒に寝よう」
「うん」
華はベッドに潜り込んだ。ギュッと、テンマに抱きついた。大好きな彼の温もりを感じる。
「ただいま、テンマ」
「おかえり、華。今日もお疲れ様」
テンマも、華を抱き締めてくれた。
「俺ももう少し寝たいから、昼過ぎまで一緒に寝ようか」
「うん」
「今日はどれくらい稼げた?」
「ソープの方で、三万円貰えた。立ちんぼの方では、六万円貰えたの」
「凄いな。頑張ったね」
テンマが頭を撫でてくれた。
テンマは誉めてくれる。彼に誉められて撫でられるのが、華は、何より嬉しかった。
華は、母親一人に育てられた。父親の顔は知らない。母親は厳しい人で、いつも「馬鹿」と罵られていた。中学を卒業して家を出てから、一度も会っていない。今はどこにいるのかも分からない。
中学卒業後に働いた工場で、生まれて初めて恋人ができた。でも、その恋人にも、最終的には「馬鹿」と罵られて捨てられた。
テンマは、華を「馬鹿」と言わない。いつも誉めてくれる。だから大好き。
「華、アラームはちゃんとした?」
「うん、したよ」
スマートフォンのアラーム。午後二時にセットしている。薬を飲む時間。
華が立ちんぼの仕事をする前に、テンマは、経口避妊薬という薬を教えてくれた。避妊具をしないでセックスしても妊娠しない薬だ、と。一日一回、決まった時間に飲む必要がある。
でも華は、薬を飲むのを忘れてしまう。
テンマは、薬を飲む時間にアラームをセットするよう教えてくれた。それなら忘れないだろ、と。
立ちんぼの仕事をしても妊娠しないように、気遣ってくれるテンマ。薬を飲むのを忘れないよう、気遣ってくれるテンマ。
格好良くて、優しい恋人。
テンマのためなら、何でもできる。
どんなに痛くても、毎日何人とでもセックスできる。
テンマ、大好き。
大好き。
大好き。
※次回更新は明日(11/25)の夜を予定しています。
本日から一週間、連日更新予定です。
どうか、お付合いのほどよろしくお願いいたします。




