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罪と罰の天秤  作者: 一布
第一章 佐川亜紀斗と笹島咲花
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第二十八話 金井秀人


 金井秀人。


 元北海道警察本部刑事部特別課SCPT隊員。


 今の年齢は、確か三十三。


 体格は小柄だ。身長は一六一センチ。体重は五十三キログラム。


 顔立ちが驚くほど整っている。男性だが、声を聞くか裸を見ない限り、美女としか思えない。


 クロマチン素養を持つ者は、人類の約一パーセント。それも、外部型か内部型のどちらか一方だ。外部型と内部型の双方の素質を持つ者は、一億人に一人とさえ言われている。


 秀人は、外部型と内部型双方の資質を持つ天才だった。


 さらに知能も高く、努力家だった。訓練方法についても、少ない努力で最大限の成長が出せるよう、工夫していた。


 当然のように、圧倒的に強かった。


 咲花は、ほんの七、八ヶ月程度だが、秀人と同じ道警本部のSCPT部隊に所属していた。彼の能力や努力する姿を、目の当たりにしていた。彼に憧れ、目標にしていた。


 咲花が、姉の死の真相を知らない頃。ただ純粋な向上心を持っていた頃。


 だが、秀人は突如失踪した。六年前のことだ。


 行方を知る者はいなかった。彼が住んでいた賃貸マンションは、解約手続きすらされていなかった。部屋には、荷物も残ったままだった。だから誰も、彼が意図的に失踪したとは思わなかった。


 色んな推測が流れた。クロマチン能力者といっても、いつでもクロマチンを使用しているわけではない。クロマチンを使用していなければ、通常の事故でも命を落とす可能性がある。


 どこか山奥で、事故にでも遭ったのか。

 それとも、山奥で、熊にでも襲われたのか。

 もしくは、実は大きな借金があって、準備する間もなく逃亡したのか。


 あるいは――


 どれもこれも、推測の粋を出ない想像。


 誰にも行方を知られず、消えた天才。


 秀人については、誰もが、能力と外見に目を奪われる。それら以外に、注目すべき点がないというくらいに。


 しかし咲花は、能力や外見以外の部分でも、秀人を見ていた。彼について、疑問に思うところがあった。


 どうして秀人は、こんな地方警察なんかに所属していたのか。


 クロマチン能力を発現させるためには、施術を受ける必要がある。国連の中でも一部の者しか内容物を知らない、注射。


 そんなものを国内に取り寄せるのだから、当然、国連側には、使用用途を明確しているはずだ。誰のクロマチン素養を開花させるのか。内部型と外部型のどちらの素養者なのか。年齢、性別、氏名、国籍等。


 通常の――内部型か外部型のどちらかの――素養者を開花させるだけなら、国連も、それほど注目しないだろう。クロマチン素養者は、一〇〇人に一人程度。確かに稀少だ。しかし、世界的視点で見れば、八千万人近くも素養者がいることになる。


 だが、内部型外部型双方の素養者となれば、話は別だ。一億人に一人とさえ言われている、世界的に見ても一〇〇人といないだろう素養者。


 国連は、秀人に対して、何の行動も起こさなかったのか。もっと世界的な――国際的な重要人物の護衛などに就かせようとしなかったのか。


 咲花が知る限り、秀人の立場は、一般的なSCPT隊員だった。ただ圧倒的に能力が高いだけの。


 六年前の秀人の失踪は、何か裏の事情があるのではないか。地方警察の一般隊員程度には知らされない、何かが。


 疑問に思いつつも、解明しようとは思わなかった。当時の咲花は、業務を遂行することに必死だったから。川井と付き合うようになり、結婚の話が出た頃には、幸せな未来を夢見ていたから。姉の死の真相を知ってからは、ひたすら殺すことに注力していたから。


 屋上には、今、秀人がいるかも知れない。銃を渡して犯行を行わせた、犯罪者となって。数え切れないほど多くの人を殺した、重罪人となって。


 もし本当に、秀人が犯人なら。


 確実に捕らえなければならない。銃を犯罪者に渡し、多くの人の命を奪った。決して許すことはできない。


 では、どうやって捕らえるか。他の隊員を集めて戦うことも、もちろん考えた。だが、無駄だと気付いた。この現場に来ている隊員は、全員、弱い。実戦訓練で咲花と戦っても、三分も()たない者ばかりだ。そんな烏合(うごう)の衆を集めても、足手まといなだけだ。


 それなら、一人で戦う。


 秀人が失踪して六年。咲花は、努力に努力を重ねた。能力に対する研究を怠らなかった。その成果が、接近しても威力を発揮できる近距離砲だ。相手に密着した状態で強力な攻撃ができる外部型を、咲花は、自分以外には知らない。


 今の自分なら、秀人にだって勝てる可能性がある。足手まといと一緒に戦って、その可能性を小さくしたくない。


 もし、秀人と戦ううえで、足手まといにならない――戦力になりえる者がいるとすれば……。


 階段を昇りながら、咲花は舌打ちした。


 亜紀斗の力なんて、借りたくない。


 咲花は分かっていた。亜紀斗は強い、と。何度か実戦訓練で戦った。結果は、咲花の全勝といっていい。十分以内に仕留めることができたのは、最初の一回だけ。仕留められなかったときも、内容としては優勢だった。戦績だけ見れば、圧倒的に力の差があるように見える。


 でも、どの戦いも紙一重だった。綱渡りのように際どい戦いを、いつも、なんとか制していた。


『仲が悪くても、意見が合わなくても、度々ぶつかり合っても、認めてる――認めたい部分があるんじゃないのか? だからこそ、啀み合ってるんじゃないのか?』


 いつかの、川井の言葉。好きな人が口にした、腹立たしくて、否定したくて、鼻で笑ってやりたい言葉。


 同時に、的を得た言葉。


 でも、認めない。


 だから一人で戦う。


 階段を昇り切った。


 狭い踊り場に、鉄製の扉。


 この扉の向こうに、秀人がいるかも知れない。


 鉄製の扉を通して、歌が聞こえた。綺麗で、よく通る声だ。この声と歌には、聞き覚えがあった。


 秀人がよく口ずさんでいた歌だ。


 咲花はドアノブを握った。


 一呼吸おいて、ドアノブを回した。


※次回更新は9/22を予定しています。


扉一枚を挟んで、咲花の近くに秀人がいる。

六年前は、先輩と後輩だった二人。

今は、刑事と犯罪者という立場になった二人。


この二人が向かい合ったとき、どんなやり取りがされ、どのような行動を取るのか。


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