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罪と罰の天秤  作者: 一布
第一章 佐川亜紀斗と笹島咲花
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第二十六話① 予想外の事実と予定外の殺し方(前編)


 かきつばた中学校に到着し、校舎に入った直後。


 咲花は、玄関の下駄箱の影に隠れた。周囲の様子を探る。犯人が見回りをしていないか。銃を持った美女はいないか。


 亜紀斗も、咲花と同じように行動していた。別の下駄箱の影に隠れ、周囲を伺っている。


 咲花の位置から、玄関口の事務室が見えた。ガラスの窓に、血痕が付着している。室内では、四人の人物が血を流して倒れていた。生きている様子はない。犯人に殺されたのだろう。


 ただ普通に生きていただけなのに、突如殺された。


 ザワリと、咲花の心が渦巻いた。大切なものを、理不尽に奪われた人達。悲惨な目に遭う被害者を見る度に、姉のことを思い出してしまう。


 突如殺された被害者は、どんな気持ちだっただろうか。残された遺族は、どれほどの悲しみや苦しみを背負うことになるのか。


 今回の犯人は、いじめの被害者。確かに、同情の余地はある。


 でも、殺される理由があるのは、いじめの加害者だけだ。今回の犯行は、犯人達による的外れな八つ当たりだ。


 殺意が、咲花の中で湧き出てきた。いつものように、全員殺そう。可能な限り苦痛を与えて。


 強く、拳を握り締めた。心を満たす感情を、表に出すように。


 反面、殺意以外の気持ちも、咲花の心の中にあった。チユホの事件後に、川井に言われたこと。


『仲が悪くても、意見が合わなくても、度々ぶつかり合っても、認めてる――認めたい部分があるんじゃないのか? だからこそ、啀み合ってるんじゃないのか?』


 亜紀斗は、咲花とはまったく別の信念を持っている。甘いとしか言いようのない、痛みを知らないからこそ持てる信念。


 そんな奴を、私が認めているはずがない。認めたいはずがない。


 川井の言葉を、胸中で否定した。

 否定したが、否定し切れなかった。


 綺麗事を言う者は、大抵、自分が不幸に見舞われると意見を変える。自分が追い込まれると、簡単に手の平を返す。


 しかし、亜紀斗は違った。


 初めて実戦訓練で亜紀斗と戦ったとき。彼は、苦痛に襲われながらも咲花に向ってきた。倒れ、のたうち回ってもおかしくない怪我だった。それなのに、異常なほどの精神力で立ち上がり、拳を振るってきた。


 あれから何度か、実戦訓練で亜紀斗と戦った。結果は、咲花の全勝。それでも、亜紀斗の心は折れない。どれだけ痛い目に遭っても。何度倒れても。


 音を出さず、咲花は舌打ちした。気持ちを切り替えた。


 今は、犯行現場に潜入している最中だ。余計なことを考えるな。いつも通りに動け。


 ――いつも通りに殺せ。


 自分に言い聞かせて、再度、周囲の様子を探った。亜紀斗以外に、人の気配はない。


 下駄箱の影から出て、咲花は、校舎奥の階段に向った。万が一犯人がいても対応できるように、外部型クロマチンの防御膜を張っておく。エネルギーの消費を最小限に抑えるよう、薄く。


 咲花に少し遅れて、亜紀斗も、下駄箱の影から出たようだった。彼は、玄関の近くにある階段を昇っていった。


 咲花は、校舎の廊下を駆け抜けた。人が複数倒れている。明かに、もう死んでいた。血がそこかしこに飛び散り、赤い痕を残している。おぞましく、凄惨で、痛々しい光景。


 校舎奥にある階段に辿り着いた。階段に、死体はなかった。


 階段を、一気に三階まで駆け上る。三階に着いたところで、咲花は一旦、足を止めた。


 三階の廊下。校舎奥の階段から一番近い教室は、三年五組。そのまま玄関方面に向って、四組、三組と続いている。それら各クラスの教室とは別に、別の部屋――教科準備室など――がある。


 三階にも、数名の遺体が転がっていた。制服を着た遺体。Yシャツにスラックスの遺体。床や壁に、血痕が付着している。


 三年三組の教室の札が見える。「3-3」と表示された札。その教室の前にも、三人の遺体があった。逃げようとして射殺されたのだろう。


 床に、帯状の血痕が一つ。その先にある、一人の遺体。撃たれた直後は生きていて、でも立ち上がることもできなくて、床を這って逃げようとした。その途中で力尽きたか、もしくは、犯人に止めを刺されたか。


 校内は地獄と言ってよかった。凄惨な場面に慣れていない者が見たら、貧血を起こして倒れるか、嘔吐していただろう。


 逃げ延びて助かった者達も、心に傷を負ったはずだ。生き残れたから平穏に暮らせる、などということはない。


 咲花の心で、犯人達に対する殺意が大きくなってゆく。反面、殺意を邪魔する声も、大きくなってゆく。


 相反する、二つの気持ち。


 咲花は再度、自分に言い聞かせた。ここは現場なのだと。余計なことを考えるな、と。


 三年三組の教室のドアは、二つとも閉められていた。好都合だ。これなら、犯人達に気付かれることなく接近できる。犯人達が教室から出てきても、すぐに気付くことができる。


 足音を立てないように、三年三組に近付いてゆく。


 ある程度近付くと、教室内から声が聞こえた。さらに近付くと、その言葉が、若干聞き取れるようになってきた。教室のドアに張り付くと、はっきりと、話している内容が分かった。


「ほら、早く脱げよ。脱―げ、脱―げ」


 人を脅しながら、煽るような口調。その合間に、すすり泣く声が聞こえた。女の子の声だ。


「ごめんなさい……許して下さい……」

「ああ? 何でだよ?」

「もうこれ以上は……恥ずかしいです……もう嫌です……許して……」

「ああ!?」


 銃声が一発。爆竹程度の音量だった。サイレンサーを付けているのだろう。脅しのための発砲だと、雰囲気で分かった。


「お前なぁ。まだ下着つけてんじゃねーか。俺なんて、お前の前でオナニーまでしたんだぞ。お前も、俺の前で脱げよ」

「そうだよ。脱げよ。あんまり焦らしてると、さらにハードル上げるぞ?」

「いいな。いっそ、全部脱がせて、ここで公開オナニーでもさせるか?」


 女の子が、声を大きくして泣き出した。


「嫌です……! 許して下さい……!」

「公開オナニーが嫌なら、さっさと脱げよ!」

「俺はお前の前でオナニーしたのに、脱ぐだけで許してやるって言ってんだぞ? むしろ優しくないか、俺」

「本当、優しいな、お前」


 教室内から聞こえてくる会話。


 話の内容から、咲花は、概ねの状況を察した。


 犯人は以前、女の子の前で、オナニーをしたことがある。これはおそらく、いじめの加害者に命じられたからだろう。今は、その女の子に、皆の前でストリップをさせている。


 咲花の頭の中で、嫌な記憶が蘇った。以前見た、姉の事件の供述調書。犯人が、姉に強要したこと。


 姉を殺した犯人達は、姉を散々犯した後、わざわざ服を着せてストリップをさせた。姉を辱めるためだけに。


 人の尊厳を奪って楽しむ、鬼畜共。


 この犯人(ガキ)共は、全員殺そう。銃を持った美女の情報を、聞き出した後で。


 咲花は右手で、外部型クロマチンの弾丸を作り出した。同時に六発。


 突入前に、深呼吸をする。自分を落ち着かせるために。


 深く息を吐いた後、咲花は、教室のドアを一気に開けた。


 ガラッという、ドアを開け放つ音。


 教室内にいる全員の視線が、咲花に集まった。窓際に集められた、クラスの面々。教壇に立ってストリップをさせられている、女子生徒。


 そして、犯人が三人。教室中央付近で、机の上に座って笑っている。三人とも、右手に銃を持っていた。銃口は、皆、床を向いている。


 咲花は、弾丸を作り出した右手を構えた。弾丸六発のうち三発は、犯人達の銃を狙う。残りの三発は――


 弾丸を放った。


 三発は、犯人達の右手に当たった。それぞれの手の甲。骨が砕けるくらいの威力にしている。手を撃たれた衝撃で、三人のうち一人が、意図せず銃を発砲した。銃弾は床に当たり、銃創を作った。


 三人の銃は、そのまま、彼等の手から離れた。重い音を立てて床に落ちた。


 残りの三発は、犯人達の足に当てた。それぞれの脛の辺り。こちらも、骨が砕ける程度の威力にしていた。


 撃たれた衝撃で、犯人達は、机の上から床に落ちた。


 弾丸を当てた直後、咲花は教室内に踏み込んだ。隊服のポケットから、素早く手錠を取り出す。ほんの数秒で、犯人三人に手錠を架けた。抵抗できないよう、全員後ろ手で。


 犯人達は、骨を砕かれた苦痛で呻いている。


 犯人達が落とした銃を隊服のポケットに入れると、咲花は教壇に足を運んだ。


 ストリップをさせられていた女の子は、ペタリと座り込んだ。犯人達が制圧された様子を見て、力が抜けたのだろう。まだ中学生だから、当然、顔には幼さが残っている。頬は、大量の涙で濡れていた。目は真っ赤になっている。


 咲花は、教壇に落ちてる制服を拾った。女の子が脱がされた制服。そっと、彼女に掛けた。


「もう大丈夫」


 優しく伝える。もう大丈夫。もう、理不尽に辱められることはない。


 女の子は、しばし呆然としていた。訳が分からない、という顔で咲花を見ていた。しばらくすると、大声で泣き出した。ボロボロと、大粒の涙を流している。恐怖と屈辱から解放された、安堵の涙。


 咲花は、窓際にいる者のうち、女子生徒数人を呼び寄せた。泣いている女の子に付いていてあげて、と。


「ごめんね。私は、やることがあるから。お願いね」


 脱がされた女の子や、教壇前に集めた女子生徒達に告げる。


 咲花には、まだやることがある。まだ、確認すべきことがある。


 教壇から離れ、教室中央にいる犯人達に近付いた。彼等はまだ、痛みに呻いていた。手と脛の骨を砕いたのだから、痛いのは当たり前だ。


 咲花は、彼等の髪の毛を鷲掴みにした。そのまま、教室のドアまで引っ張った。犯人達が「痛い! 痛い!」と喚いているが、知ったことではない。


 犯人を教室の外に引き摺り出し、隣りの教室まで足を運んだ。三年二組。無人になっている教室に、彼等を連れ込む。彼等の髪の毛を離し、教室のドアを閉めた。


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