第二十四話 今までとは違う事件現場に向って
事件が発生した場所――犯行声明にあった『天誅』の場所は、市立かきつばた中学校だった。付近に商業施設がある学校。
道警本部からかきつばた中学校まで、車で二十分ほど。
警備車で現場に向いながら、藤山が、事件の概要を説明した。彼に知らされている情報の範囲で。
「事件発生は、今日の午前十時半頃。銃を持った連中が、いきなり学校に襲撃してきたらしいねぇ」
警備車は、パイロットランプを点けている。信号で停まることはないから、想定よりも早く現場に着くだろう。
「学校から逃亡した人達の証言から、犯人は、たぶん七、八人ってところじゃないかな?」
「たぶん、というのは?」
「これも学校から避難した人達の証言なんだけど――犯人は、二階と三階の教室を一つずつ、占拠したみたいでね。それぞれの教室に、三人ずつで」
亜紀斗の質問に、藤山は、いつもの笑顔で答えた。笑顔でいるべき状況ではないのだが。
「で、その教室を占拠した犯人達は、かきつばた中学校の生徒みたい。でも、その犯人達以外にも、発砲してた犯人がいるらしくてねぇ」
「教室を占拠した奴以外の犯人も、かきつばた中学校の生徒なんですか?」
「それが、そうじゃないっぽいんだよ」
「というと?」
「証言した人達も混乱してたから、断言はできないんだけどね。とりあえず中学生じゃないみたいだね。なんか、凄い美女なんだって」
「美女?」
「うん。そう。笑いながら銃を撃ってたらしいねぇ。しかも、ワンハンドで。相当銃を撃ち慣れてるんじゃないかなぁ」
銃を撃ち慣れた美女。襲撃してきた中学生に混じった、中学生ではない人物。
亜紀斗の頭の中に、ひとつの可能性が思い浮んだ。
どうやら咲花も、亜紀斗と同じ事を考えたようだ。
「最近の銃犯罪で、犯人に銃を流してる奴でしょうか?」
咲花の言葉に、藤山は小さく頷いた。
「可能性はあるよね。これまで捕まえた犯人の証言にもあるし。銃をくれたのは凄い美女だった、って」
「仮に、その女が、本当に、銃を流した奴だとして――」
咲花は、考え込むように口に手を当てていた。
「――どうして今回に限って、自ら犯行現場に出向いたんでしょう?」
「さあ?」
緊張感など微塵もない様子で、藤山は肩をすくめた。
「まだまだ未確認の情報だからねぇ。仮に、これまで銃を流したのが、その美女だとして。その美女だけが、犯人に銃を流していたとは限らないしねぇ」
確かに。藤山の発言に、亜紀斗は頷いた。
これまで確認されている、全国各地で頻発している銃犯罪。逮捕された犯人達の証言。銃を流した者の、外見的特徴。
もの凄い美女。
美女と見間違うほど綺麗な男。
それがもし同一人物なのだとしたら、男装した美女か女装した男ということになる。
しかし、同一人物とは考えにくい。犯人に直接銃を渡しているのであれば、当然、会話もあっただろう。つまり、男装した女性であったとしても、女装した男性であったとしても、犯人に声を聞かれているのだ。
姿形だけなら、異性を装うこともできる。だが、声だけは誤魔化せない。会話を交わした時点で、性別は分かってしまう。
一連の銃犯罪の、銃の出所。それが同一人物だと断定されない理由が、そこにあった。
「まあ、いずれにしても、その美女を捕まえれば明確になることはあるからねぇ。何としても捕まえたいところだよ」
藤山の言葉に、亜紀斗は再度頷いた。
「まあ、そんなわけで。かきつばた中学校近辺には、もう検問も張ってる。その美女がすでに逃亡している可能性もあるからね。もちろん、かきつばた中学校周辺も、刑事課の人達とか警備部の人達が固めてる」
「なかなかリスクが大きいですね」
思わず、亜紀斗は呟いた。
SCPT部隊の発足後、銃犯罪などの鎮圧は、ほとんど特別課が対応していた。銃火器は、一瞬で人の命を奪える。特殊能力のない者がその対応をするのは、大きな危険が伴う。
「まあ、そうなんだけどねぇ。でも、仕方ないじゃない? それが警察官の仕事なんだし」
正論である。藤山の言葉に、納得するしかない。
「ところで――」
話題を変えたのは、咲花だった。
「――教室を占拠しているという、犯人の中学生の様子は? 要求などはあるんでしょうか?」
「うーん。そうだねぇ」
口癖の後、藤山は説明した。
「占拠されてるのは、二年三組の教室と、三年三組の教室。それぞれの教室の窓から、一人ずつ、被害者の遺体が投げ捨てられたんだよ。見せしめみたいに」
「……」
想像するだけで傷ましい様子に、亜紀斗は顔を歪めた。
「投げ捨てられたのは、いずれも男子生徒だったみたい。まあ、二年三組から投げ捨てられた生徒は、落下した時点で、まだ生きてたみたいだけど。すぐに息を引き取ったらしいねぇ」
藤山の表情は変わらない。しかし、言葉の最後に溜め息を交えていた。
「ただ、犯人達からは、何の要求もないんだよ。今までの事件なら、金だの何だのといった要求があったのに」
「こんなことをした目的は不明、ってことですか?」
「そうだねぇ」
警備車が、赤信号を横切った。大幅に減速しているが。かきつばた中学校まで、あと十分もかからないだろう。
「さて。じゃあ、ここから、作戦の話をするよぉ」
パン、と藤山が手を叩いた。
「まず、現時点で判明している限り、校内には、少なくとも六人の犯人がいる。三年三組を占拠した三人と、二年三組を占拠した三人だね。もちろん、校内から逃亡した人達の話だし、彼等も、逃げるときはパニックだっただろうから、正確な情報じゃない可能性もあるけど。でも、複数人が同じ証言をしてるから、ある程度の信憑性はあると思うよ」
確かにそうだ。口裏合わせでもしていない限り、証言が完全一致するケースは一つだけだ。実際に、証言通りのことが起こっている場合。
「校内に、犯人が六人いる。でも、現時点で、その六人ともが、占拠した教室に残ってるとは限らない。例えば、各教室に二人ずつ残って、他の二人は見回りをしている可能性もあるよねぇ」
「そうですね」
隊員達が頷いている。
「つまり、あんまり大人数で突撃したら、見回りをしている犯人に見つかる可能性がある。見回りの犯人に見つかって、教室に残ってる犯人に連絡されたら、人質がさらに殺される可能性もある」
「それじゃあ、どうするんですか?」
亜紀斗が対応方法を聞いた。
藤山より先に回答を口にしたのは、咲花だった。
「こちらも、少人数で侵入するんですね?」
藤山は頷いた。
「うん。少数精鋭で校内に侵入する。他の人達には、周囲の刑事とか、警備部の人のフォローに回ってもらうよ」
的確な判断だ。亜紀斗は、藤山の言葉にうんうんと頷いた。
銃を所持した美女が逃亡しているとしたら、探している刑事や警備部の人達にも大きな危険がある。SCPT隊員がフォローすることで、彼等のリスクを軽減できる。
「占拠されてる教室は二つ。それなら、校内に侵入するのは二人にするよ。各自が、個別に二年三組と三年三組に向って、犯人を制圧、確保してね。ただし、銃を持った美女が校内に残ってる可能性もあるから、そっちに気を配るのも忘れないでね」
校内に侵入するのは二人。それなら、侵入する者はもう決まっている。
「咲花君。亜紀斗君。侵入と犯人確保は、君達にしてもらう。行けるかい?」
「行けます」
「問題ないですね」
「戦力と行動力から君達二人に頼むけど、一つだけ注意ね」
藤山の笑顔は消えていない。しかし、その目は笑っていない。じっと、亜紀斗と咲花を交互に見た。
「今回は別行動になるから心配ないだろうけど、念のため言っておくよ。以前のチユホのときみたいに、現場で争わないこと。いいね?」
「……」
ちらりと、亜紀斗は咲花を見た。相変わらず綺麗な顔だ。綺麗で、それでいて冷たく、暗い横顔。
彼女の行為は、今でも許せない。亜紀斗の信念に反している。亜紀斗の信じる道に反している。
それでも。咲花の行動の理由を知った今では、憎むことはできない。もちろん、賛同もできないが。
亜紀斗の視線に気付いているのか、気付いていないのか。咲花は、鼻で笑った。
「私は、佐川と争うつもりなんてないですよ。まあ、佐川が突っかかってきたら、話は別ですが」
憎むことはできない。だが、やはり、咲花のことは嫌いだ。
「俺も、無駄に争うつもりはないですよ。笹島が挑発してこない限りは」
咲花から視線を外して、亜紀斗は言い返した。
藤山は溜め息をついた。口元は笑ったまま、目元は困っていた。
他の隊員達は、気まずそうにしている。
「えっと……ああ、それとね」
場の空気に耐え切れないのか、それともただの冗談か。藤山が話題を変えた。
「亜紀斗君には、もうひとつ注意ね」
「? 何ですか?」
「もしね、犯人の美人が校内にいて、遭遇したとして」
「ええ」
「ちゃんと捕まえてね。相手が美人だからって、ムラムラしちゃ駄目だよ」
「うーん。そうですねぇ」
意図的に、亜紀斗は藤山の口癖を真似た。
「約束はできませんけど、たぶん、大丈夫です」
「そうなの?」
「はい」
チユホの事件があった日。その夜。
亜紀斗は久し振りに、女性に抱きついて泣いた。先生を亡くしたときに、恋人の胸で泣いたとき以来だった。
あれから麻衣とは、よく食事に行くようになった。ただの食事。深い仲までは発展していない。
まだ、昔のことを吹っ切れていない。
それでも、気持ちが変わってきていることは実感できる。
「最近なんですけどね。ムラムラする相手も、オナニーのオカズにする相手も、固定されてきてるんですよ」
これから事件現場に向うのに、亜紀斗は笑顔を見せた。今までのような、無理にピエロを演じる笑顔ではない。
「だからたぶん、大丈夫です」
それから約五分後に、警備車は、かきつばた中学校に着いた。




