第二十二話 糸で操られるマリオネット達
市立かきつばた中学校。
この中学校について秀人が調査を始めたのは、七月下旬。地下遊歩道で起こした銃乱射事件の、直後からだった。
今回の秀人の目的は、咲花を仲間に引き入れること。そのために、彼女と接触できる事件を起こしたい。彼女が殺人犯と接触し、殺意に満ちているときに、彼女の心を揺さ振りたい。
では、どうすればいいか。殺人犯と接触した咲花と、どうやって二人きりで対面するか。どんなところで事件を起こすのがいいか。
考えて、すぐに思いついた。
適当な奴等を利用して、市内の学校で、銃殺事件を起こさせよう。学校内の教室に犯人を籠城させ、咲花をおびき寄せる。秀人は、あらかじめ屋上で待ち伏せる。犯人には、秀人が屋上で待機することを教えておく。
咲花は、躊躇いなく犯人を殺すだろう。秀人の情報を吐かせたうえで。犯人を殺した後、屋上に来るだろう。秀人を殺すために。
そこで、咲花を口説こう。
咲花は、悪名高い美人女性監禁虐殺事件の被害者遺族だ。目を覆うほど残酷な手口で、被害者が殺害された事件。それなのに、犯人達には、甘い判決しか下されなかった。
咲花が凶悪犯を手にかけるのは、殺害された被害者や被害者遺族に、自分を重ねているからだ。
凶悪犯に甘い判決しか下さない司法。絶望する被害者遺族。
秀人は、この国に絶望している。司法に絶望する咲花の気持ちを、よく理解しているつもりだ。
理解し合えるから、仲間になれる。捨て駒ではない、仲間に。
咲花をおびき寄せ、口説き落とすために、市内の学校で事件を起こす。
問題は、どこの学校で事件を起こすかだった。
秀人は適当に、市内の様々な場所に足を運んだ。
昔は――秀人が幼い頃は、荒んでいる不良が大勢いたという。校内で喧嘩や恐喝をしたり、校舎の窓ガラスを割る生徒。
しかし、時代は変わった。目立ったことをする不良は少なくなった。今の時代のいじめは、SNS等を利用した陰湿なものに変化している。
――とすると、学校を見て回るより、ネット上を探してみた方がいいか?
そんなことを考え始めた頃。秀人は、偶然、恐喝の現場に遭遇した。
大きめの商業施設の裏で、制服を着た男子生徒数名が、二人の少年から金を巻き上げていた。金を盗られた少年二人も、同じ制服を着ていた。
制服は、商業施設の近くにある、かきつばた中学校のもの。
秀人はすぐに、かきつばた中学校とその生徒達について調べ始めた。
調査結果は、すぐに出た。クラスカーストと呼ばれる、学校内の階層。その上位にいる五人が、下位にいる六人に目をつけ、陰湿ないじめを行っている。
カースト上位にいる五人には、誰も逆らえない。クラスメイトは、いじめを見て見ぬ振り。教師達も、面倒事を避けるために、見て見ぬ振り。
被害者達は成績がいい。全員三年。おそらく、卒業まで耐え続けるつもりなのだ。卒業して進学すれば、加害者達とは縁が切れる。
もっとも、被害者達は、ただ卒業を待つだけではなかった。ただ待つだけでは、いじめられた怒りを発散できなかった。
彼等は、いじめられる度に、さらに弱い者をストレスの捌け口にしていた。駐車場に停まっている車に傷をつける。野良猫を虐待する。近所の飼い犬に石を投げる。自分達よりも幼い子供に目を付け、暴力を振るう。幼女に対し、性的イタズラをする。
自分より強い者とは戦わず、逃げることもせず、弱い者を叩いて鬱憤を晴らす。醜い社会の縮図。自然の弱肉強食とは違う、人間らしい挑戦も放棄した、歪んだ生物像。
加害者と被害者の状況が明確になると、秀人はすぐに行動を開始した。
加害者達がよく集まっているのは、かきつばた中学校から近い陽寒公園。敷地面積が一キロ平方メートルほどの、大きな公園だった。
秀人は陽寒公園に足を運び、被害者達を助けた。加害者達を、檜山組の事務所に連れ込んだ。被害者に加害者を痛めつけさせた。被害者と加害者の立場を、逆転させた。被害者に銃を使わせ、加害者を皆殺しにさせた。
加害者の死体の処理は、檜山組の者達に全て押し付けた。
それから、約一ヶ月。
秀人は、いじめの元被害者達に、徹底的に銃の使い方を教えた。通常通りに学校に行かせ、放課後に、檜山組の事務所に出向かせて。
毎日、二時間から三時間程度の練習。
丁寧に元被害者達を指導し、上手く出来たら褒め、失敗しても咎めなかった。失敗したときは、モチベーションを上げるように指導した。
元被害者達は、楽しそうだった。銃という強力な武器を使う興奮。上達してゆく達成感。銃の腕が上がるごとに、自分が強くなったと錯覚してゆく。人を殺せる武器を手にしていることで、無敵になった気がしている。
銃の指導を通じて、彼等は、完全に秀人を信じた。「秀人さん」「秀人さん」と、甘えるように秀人を呼ぶようになった。
彼等をそんな心理状態にするまで、一週間足らずだった。
秀人は、さらに元被害者達をコントロールした。
彼等をいじめていたのは、同じ中学校の同級生。恨むべき人間は、もう、全員死んだ。
「でも、許せないのは奥野達だけ?」
秀人は、元被害者達の心を揺さ振った。
「お前達は優秀だよ。本当に。短期間で、一日たったの二、三時間の練習で、こんなに銃の腕が上達するんだから」
お世辞である。秀人は、銃の指導に長けていた。これまで利用した者達も、秀人の指導で、短期間で一定以上の上達を見せた。この元被害者達が特別なのではない。
でも、そんなことなど、彼等が知っているはずもない。
「学校の成績も優秀。銃の腕だって大したものだよ。本当に凄いと思う」
銃の指導中も、秀人は彼等をよく褒めた。のぼせ上がらせた。銃の指導中だけではない。いじめの加害者から助けたときも褒めた。彼等が成績優秀であることを褒めた。優秀な成績を修める努力も褒めた。
「だけど、お前達の価値を、お前達の周囲は誰も分かってないんじゃない?」
元被害者達は、学校内でも学校外でもいじめられていた。当然、周囲は、彼等がいじめられていたことを知っている。
でも、誰も助けようとはしなかった。
「お前達の価値を分かっていないから、クズ共にいじめられていたお前達を、誰も助けようとしなかった」
クラスメイトや教師が元被害者達を助けなかったのは、彼等の価値が分からなかったからではない。
クラスメイト達は、加害者達を恐れていたから。教師達は、面倒事を避けたかったから。
だが、いじめが放置されていた本当の理由など、どうでもいい。少なくとも秀人にとっては。
「許せないと思わない? お前達の価値に気付かない奴等が」
秀人に聞かれて、元被害者達の様子が変わった。
「俺は、許せないんだけどね」
被害者達は、加害者達を恐れていた。だから、抵抗もできずにいじめられていた。いじめられている事実が、被害者達から自信も奪っていた。
しかし、加害者達を殺したことによって、被害者達の恐怖は消え去った。同時に、強力な武器を持つ高揚感を覚えた。
強力な武器の扱い方を磨くことで、元被害者達は、自分が強くなった思い込んだ。
徹底的に褒めることで、自己肯定感が必要以上に上がった。
楽しめる訓練を通じて達成感を覚え、導いてくれた秀人を信頼し切っていた。
元被害者にとって、秀人は恩人だ。恩人であり、銃の使い方を教えてくれる先生だ。同時に、地獄から天国への道を切り開いてくれた、救いの神だ。
そんな秀人が口にした、「許せない」という言葉。
元被害者達は、面白いくらいに秀人の言葉に同調した。
「クラスメイト達は、徒党を組んででもお前達を助けるべきだった。それなのに、見て見ぬ振りをした。あるいは、あいつらにいじめられているお前達を、影で嘲笑っていたかも知れない」
じわりと、元被害者達の顔に、怒りが滲んでゆく。
「先生達はどうだ? どうせ、お前達のことなんて、どうでもいいと思っていたはずだ。事なかれ主義で、いじめの事実なんてなかったことにしていた」
これは事実だろう。元被害者達の心を刺激する、事実。
「お前達が金を巻き上げられても、誰も気にしなかった。巻き上げられるのは、自分の金じゃないから」
少しずつ、元被害者達の表情が変わってゆく。怒りとともに蘇ってくる、いじめられていたときの悔しさ。
「給食に虫の死骸を入れられても、誰も気にしなかった。虫の死骸を食うのは、自分じゃないから」
悔しさが、彼等に、涙を滲ませてゆく。
「五人に囲まれて殴られてる姿を見ても、蹴られてる姿を見ても、何とも思わない。痛い思いをするのは、自分じゃないから」
滲む涙が、彼等に痛感させる。自分達の敵は、いじめの加害者だけではなかったと。
「好きな女の子に、オナニーしながら告白させられた。でも、その女は、気持ち悪いとしか思わない。いじめられているお前を、見下しているから」
自分達の敵は、加害者達だけではなかった。好きな女すら、敵だった。
元被害者達は、実感したようだ。周囲の全てが敵だったと。
秀人は、元被害者達に笑顔を向けた。優しい笑顔ではない。暗く、破滅的な笑顔。彼等を狂気に導く笑顔。
「復讐したくない?」
「……」
少しの間をおいて、元被害者の一人が答えた。
「……したいです」
一人が答えると、他の面々も続いた。
「ぶっ殺してやりたいです」
「あいつらに、俺と同じように虫を食わせてやる」
「手足を撃ち抜いてやりたいです」
「あの女に、俺と同じ恥をかかせてやる」
秀人は、小さく頷いた。
「今のお前達は強い。復讐なんて簡単だよ。もちろん俺も手を貸す。だから、思い知らせてやろうか」
口々に、元被害者達は返事をした。
そして、かきつばた中学校襲撃の計画が始まった。




