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罪と罰の天秤  作者: 一布
第一章 佐川亜紀斗と笹島咲花
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第二十話 被害者から加害者へ


 いじめの被害者の一人が、便器で奥野を溺れさせた後。


 彼等は次々と、仕返しをしたい加害者を指定した。便器に頭を沈め、水を流し、溺れさせた。代わる代わる。繰り返し、繰り返し。


 何度も溺れさせられた、加害者達。彼等の目は、虚ろになっていった。酸欠で、意識が朦朧としているようだ。


 目を覚まさせるために、被害者達は、拘束された加害者達を痛めつけた。殴り、蹴り、頭を踏みつけた。


 加害者達の顔は、原型を留めないほど腫れ上がった。口や鼻から血を流し、血の混じった涙が床に落ちた。


 被害者達の暴行は、繰り返す事に苛烈になっていった。一人が酷い暴行を加えれば、別の者は、競い合うようにさらにひどい暴行を加える。次に暴行を加える者は、さらに過激さを求める。それは明かに、集団性の狂気だった。


 被害者達は、もう、加害者達を人間とは思っていなかった。痛めつけると楽しい反応を見せる、オモチャ。


 加害者と被害者の立場は、完全に逆転していた。被害者達は、完全に加害者となっていた。本人達に自覚はないだろうが。


 被害者達には、免罪符がある。自分達はいじめられていた、という免罪符。いじめられていたのだから、何をしても許される。自分は酷い目に遭ったのだから、他人を酷い目に遭わせても許される。


 被害者達が高揚しているのを見取って、秀人は、次の段階に進むことにした。


「ねえ、君達」

「何ですか? お兄さん」


 被害者達が、暴行の手を止めた。全員、楽しそうに笑顔を浮かべている。興奮している笑顔。


「せっかくだから、もっと楽しいことしない?」

「え? 今、楽しいですよ。ほらっ」


 言いながら、被害者は奥野の顔を蹴った。


 奥野が、加害者の中で一番痛めつけられている。恐らく彼が、いじめの中心人物だったのだろう。


「なあ、奥野! 今、どんな気分だよ!? なあ!? なあ!?」


 被害者の興奮が、奥野を殴り、蹴る度に強くなってゆく。目は大きく見開かれ、血走っていた。


 奥野を痛めつける被害者に触発されたのか、他の被害者も暴行を再開した。思い思いに加害者達を殴り、蹴る。


 被害者達は、もう止まれなくなっていた。(たか)ぶる自分をコントロールできていない。


 秀人は小さく溜め息をついた。マウンテンパーカーのポケットに手を入れる。固い金属の感触。違法改造したものではない、本物の銃。サイレンサーは付いていない。別のポケットから耳栓を取り出し、耳に入れた。


 銃の安全装置を外すと、秀人は銃を天井に向けた。


 一発、発砲する。


 サイレンサーの着いていない銃は、轟音と言っていい銃声を上げた。


 凄まじい音に、岡田や構成員達は耳を塞いだ。暴行を振るっていた被害者達は、跳ね上がるほど体を震わせた。


 ボロボロになった加害者五人のうち、四人が失禁した。


 発砲したことで、天井に穴が空いる。


 轟音のせいで耳鳴りがしているのだろう。被害者達は、耳に指を入れて顔をしかめた。驚いたことで、興奮がやや落ち着いたようだ。秀人が持っている銃と穴の空いた天井を、交互に見ている。


 秀人は耳栓を取った。


「お兄さん、それ……」


 被害者の一人の、強張った声。さすがに、本物の銃を見たことはないようだ。


「見ての通り、銃だよ。もちろん本物だし、銃弾もしっかり入ってる。当然、人も殺せる」


 被害者達の目が、秀人の左手に集中している。左手にある銃。人を殺せる武器。


 被害者達は驚いているが、恐怖は感じていないようだった。それどころか、秀人が手にしている銃に、強い関心を示している。


 銃を撃ってみたい。人を撃ってみたい。加害者を的にしてみたい。そう、彼等の顔に書いてあった。


 銃声に驚いて興奮は薄まったが、狂気は薄まっていないようだ。


 いい傾向だ。秀人は唇の端を上げた。


「銃、撃ってみたい?」


 被害者達は、血走った目をしながらコクコクと頭を振った。


「この銃は音が大きいから駄目だけど。でも、サイレンサーを着けた銃ならいいよ。改造銃だけど、人も殺せる」

「いいんですか?」

「もちろん。ちょうどいい的もあるしね」


 秀人は、顎で加害者達を指し示した。


「銃って、意外に当てるのが難しいんだ。だから、さ。せっかくだから、そいつらを練習台にして撃ってみようか」


 加害者達は、血と涙にまみれている。顔は腫れ上がり、唇はズタズタに切れていた。溺れて朦朧としていた意識は、暴行によってはっきりしたようだ。言葉にならない声を漏らしながら、必死に後退っている。


「ねえ、岡田さん」


 逃げようとする加害者達を、構成員が取り押さえている。そんな光景を尻目に、秀人は岡田に聞いた。


「改造銃、貸してくれないかな。ここにも何丁かあるだろ? サイレンサーが付いたやつ」

「そりゃあ、ありますけど……」

「じゃあ、貸してよ。あと、死体になった奴等の処理もお願いね」


 岡田は、少しばかり苦々しい顔を見せた。それでも、逆らう様子はない。トイレの前から自室に向う。


「じゃあ、俺達もあの部屋に戻ろうか」


 被害者達に言うと、秀人は、構成員達に指示をした。


「そういうわけだから、そいつらも部屋に連れて来て」


 秀人の後に続いて、被害者達が岡田の部屋に向った。その後ろから、構成員が、加害者達を引きずって着いてきた。


 廊下に、加害者達の哀れな声が響いた。


「ふぁふへへふははい!」

「ひゅひゅひて! ひゅひゅひへふははい!」


 本人達は「助けてください」「許してください」と言っているのだろう。もう言葉になっていないが。ある者は顎が砕け、ある者は口内がズタズタに切れ、まともな発声ができなくなっていた。


 岡田の部屋まで足を運ぶと、彼はすぐに銃を用意した。銃口にサイレンサーが付いている。銃弾の入った二十センチ四方ほどの箱が、机の上に置かれた。


 秀人は構成員達に指示をし、加害者達の両足も拘束させた。両手両足を拘束された加害者達は、もう、自力で立つこともできなくなった。


 岡田が用意した改造銃は一丁のみ。彼等が入手できる銃のほとんどは秀人が回収しているのだから、無理もない。銃弾もそれほど多くないだろう。


「それほど弾数は多くないから、じっくり狙おうか。撃ち方を簡単に教えるから」


 岡田から受け取った改造銃を、秀人は、被害者の一人に渡した。


 途端に、被害者の瞳が輝いた。少年らしい、好奇心に満ちた輝き――ではない。銃という圧倒的な力を手に入れた、禍々しい悦び。


 弱者を虐げることに、悦びを覚える目。


「漫画じゃないんだから、ワンハンドで撃とうなんて思わないようにね。しっかり肩を張って、両手で構えるんだ」

「こう、ですか?」

「そうそう。いいよ。足もしっかり踏ん張れるようにして。それで、近くの照準と銃口の照準を合わせて、あいつらに狙いを定めて」


 加害者達は、芋虫のように床を這いずり、逃げようとしていた。銃を構えた被害者と、藻掻(もが)く加害者達との距離は、概ね五メートルから七メートル。


 銃は、意外なほど的に当てるのが難しい。素人では、五メートルも離れると大きく的を外す。だからこそ秀人は、自分の駒として使う者達には、ある程度の射撃練習をさせる。


 以前、地下遊歩道で、大学のアメフト部員達に事件を起こさせた。あいつらにも、ある程度の練習をさせた。


「あいつらは逃げようとしてるけど、そんなに速く動けない。だから、落ち着いて狙って」

「……はい」

「狙いが定まったら、引き金を引くんだ」

「はい!」


 数秒間、狙いを定めて。

 被害者は引き金を引いた。


 爆竹のような音が室内に響いた。サイレンサーを付けていても、このくらいの音は鳴る。


 放たれた銃弾は、奥野の尻に当たった。


 室内に響く、奥野の絶叫。彼は一瞬だけ体を伸ばすと、すぐに縮こまった。痛みと恐怖で体を震わせ、呼吸を荒くしている。


「上手いな。見事に当たったよ。初めてとは思えない」


 秀人が褒めてやると、被害者の口が横に広がった。心の底から嬉しそうに。


「さすがに優秀だよ。見込んだ通りだ。あんな、芋虫みたいに床を這ってる奴等とは、ワケが違う」


 奥野を撃った被害者を手放しで褒めてやると、他の被害者達が群がってきた。


「次、俺! 俺が撃ちたいです!」

「俺も撃ちたいです!」

「俺も! 俺も!」


 この被害者達は、勉強ができる。だから、両親には褒められていただろう。しかし、家から一歩出たら、ただのいじめ被害者だ。家の外で、手放しで褒められることなどなかった。むしろ、蔑視されるか、腫れ物のように扱われるか、誰にも見てもらえないか。


 だからこそ、奥野を撃って褒められた被害者が、羨ましくなったのだ。自分も褒められたい、と。蔑むことのない目で見られ、自分の行動を称えられたい。


 暴走した承認欲求。


 秀人は優しく、彼等に微笑みかけた。微笑みの奥で、嘲笑っていた。


「じゃあ、順番に撃とうか。慌てなくても大丈夫だから。的は、五人もいるんだし」


 被害者達は、順番に銃を撃った。少しずつ、狙い通りに撃てるようになっていった。


 加害者は泣き、呻き、少しずつ動かなくなり。


 そして。

 加害者全員が死ぬ頃には。


 被害者達は、完全に、秀人の思い通りに動くようになっていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] >両親には褒められていただろう どういうふうに褒められていたのかにもよりそう。 勉強ができるから、言うことをよく聞くから、という、人格そのものにまで絡めての賛辞ではなく、表面的な条件つきで…
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