表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
罪と罰の天秤  作者: 一布
第一章 佐川亜紀斗と笹島咲花
26/176

第十二話④ 地下遊歩道銃乱射事件(中編③)


 デパートに入ると、亜紀斗は周囲を見回した。


 店内には、もう誰もいなかった。一階には、化粧品売り場や雑貨店がある。今なら、好き放題に火事場泥棒ができそうだ。


 地下に降りるエスカレーターは、動いていた。緊急時なので、停止もせずに避難したのだろう。


 エスカレーターに乗る。


 咲花の護衛だと見せかけるため、亜紀斗が先頭に立った。実際の戦闘能力は、咲花の方が上なのだが。


 地下に降りると、カフェやアイスクリームショップがあった。ここも、完全に無人だ。エスカレーターの降り場に、地下一階の地図がある。


 降りてすぐ正面のところに、アイスクリームショップ。


「佐川」

「何だ?」

「泥棒みたいで申し訳ないけど、アイス、食べていくよ」


 クロマチン能力は、エネルギーを大量に使用する。体内のエネルギー枯渇は、任務失敗に直結する。


「わかった」


 アイスクリームショップに入る。一番大きいカップを取り、アイスクリームカウンターを開けた。ディッシャーで、アイスクリームを掬い上げる。咲花は、チョコ味のアイスを大量に取っていた。チョコレートが好きなのだろうか。なんだか意外な気がした。


 亜紀斗は、ミント味のアイスを取ろうとした。ディッシャーをミント味のアイスに挿したところで、咲花に口を出された。


「たぶん、チョコの方がカロリーが高いよ。一番エネルギー補給できるのにしておいたら?」

「……」


 味の好みでチョコ味を選んだのではないらしい。


 亜紀斗は素直に従った。カップに入る限りのアイスクリームを入れ、スプーンで口に運ぶ。


 アイスクリームショップに、男女で来ている。それなのに、まったく色気などない。


 亜紀斗は、昔のことを思い出してしまった。大切な人を失う前のこと。憧れている人がいた。憧れに近付きたいという夢があった。希望があった。


 亜紀斗を支えてくれる、大切な女性がいた。


 その人達に報いるために、亜紀斗は、全てを犠牲にして目標に向かっている。


 カップに詰めたアイスクリームを、全て食べ切った。

 咲花も食べ終えていた。


 近くにあるゴミ箱に、カップを投げ捨てた。


「じゃあ、行くよ」

「いちいち命令するな。分かってる」


 反発するように、亜紀斗は言い返した。気に食わない咲花への、せめてもの反抗だった。


 亜紀斗が先頭に立って、地下入口に向かって歩く。


 歩きながら、犯人達に接触した際の行動について話し合った。


「俺は、あんたに危害を加えないよう犯人達に伝える。普通の警察官なら、そうするだろうからな」

「悪くないと思う。私は、少し怯えてるように装うから」

「ただ、一応言っておく」

「何?」

「犯人達を殺すな。行動不能にする程度に留めろ」


 亜紀斗は分かっていた。こんな指示など、まったく意味はないと。咲花と出会ってまだ三ヶ月程度だが、そのくらいは分かる。亜紀斗に注意された程度でやめるなら、最初から、犯人殺しなどしていないだろう。


 遠目に、地下入口が見えてきた。


「もうここからは、ちゃんとお芝居してね」

「ああ」


 亜紀斗は、可能な限り、怯えと緊張が混じった表情をつくった。後ろにいる咲花の顔は見えない。彼女も、怯える表情をつくっているのだろう。


 地下入口には、見張りが二人いた。亜紀斗と咲花に気付くと、銃を構えてきた。


「一旦止れ!」


 地下入口まであと十メートルほどの距離で、犯人達に指示された。


 亜紀斗と咲花は立ち止まった。


「二人とも、両手を頭の後ろで組め!」


 犯人の指示に従い、亜紀斗は、両手を頭の後ろに回した。少しだけ後ろを振り向いてみる。咲花も、犯人達の指示に従っていた。


 犯人二人が、銃を構えたまま近付いてきた。それぞれ右手に銃、左手には手錠を持っている。


 犯人達は、亜紀斗達に近付くと、素早く手錠を架けてきた。両手を組んでいるのは頭の後ろなので、手錠を架けられても、手を前に出すことはできる。さらに、内部型クロマチンの能力で肉体強化をすれば、こんな手錠くらいは簡単に断ち切れる。


 とはいえ、今この場で抵抗するのは得策ではない。犯人達の警戒心を薄れさせつつ、他の犯人に接近する必要がある。


 事前の話し合い通り、亜紀斗は犯人達に訴えた。


「俺はともかく、彼女に手錠は必要ないだろう!? 彼女は丸腰だぞ!」

「うるせえ!」


 犯人が拳を振ってきた。反射的に避けそうになるのを制御し、亜紀斗は、わざと殴られた。


「佐川さん!」


 少し泣きそうな声色で、咲花が叫んだ。意外と芝居が上手い。


 犯人の一人が、亜紀斗の胸ぐらを掴んだ。もう一人の犯人は、咲花の髪の毛を掴んだ。そのまま、地下入り口へと向かう。


 犯人達は、亜紀斗が想像していた以上に神経質になっていた。体は大きく、引き締まっている。間違いなく、何かのスポーツ選手だろう。体格と体型から考えて、アメフトやラグビーなどか。いずれにせよ、多少のことで神経質になるような人物には見えない。


 こんな犯罪に手を染めているのだから、神経質になるのは当然だ――そう考えるのが自然なのかも知れない。しかし、どうも違和感を拭えない。


 犯人に胸ぐらを掴まれながら、亜紀斗は頭を働かせた。


 犯人達は、どうしてこんな凶行に走ったのか。


 何も考えずに犯行に及んだものの、いざその場面になってみると、怖くなってしまった。だから、神経質になっている。同時に、正常な判断ができなくなっている。だから、金品の受け渡し指示のために警察官を来させるなどという、愚かな判断をした。


 筋が通っている仮説ではある。多少強引ではあるものの、矛盾はない。


 でも、と思う。亜紀斗の中にある動物的な勘が、告げていた。何かがおかしい、と。違和感の正体を、明確に説明できないが。


 地下入口まで来た。開放されたドアの向こうに、チユホが見える。入口の左側には、人質や他の犯人がいる休憩スペースがあるはずだ。ここからでは、死角になって見えないが。


「お前はここまでだ。女、お前はこっちに来い」


 咲花の髪を掴んだ犯人が、亜紀斗と彼女に告げてきた。そのまま、彼女を連れて行く。


 亜紀斗の胸ぐらを掴んだ犯人は、亜紀斗と共に足を止めた。


「おい! 笹島さんを――彼女に危害を加えるなよ! あくまで指示を聞きに来ただけなんだからな!」

「うるせえって言ってんだろうが!」


 亜紀斗の胸ぐらを掴んだ犯人が、再び殴ってきた。体格の割に威力がない。人を殴る練習をしていないからだろう。痛いことは痛いのだが。


 当たり前だが、殴られると腹が立つ。昔の亜紀斗なら、十倍にして殴り返していたところだ。胸中で「落ち着け」と繰り返し、自分を宥めた。


 犯人に髪の毛を掴まれ、咲花はデパートから出て行った。左側にある休憩スペースに向ったため、亜紀斗の視界から、すぐに彼女達が消えた。


 亜紀斗の胸ぐらを掴んでいる犯人は、その体勢のまま、チユホの方に視線を向けている。


 亜紀斗は、静かに内部型クロマチンを発動させた。体にエネルギーを巡らせる。肉体強化のエネルギー。全身が、じわりと温かくなる感触。エネルギーの動きを感じながら、声に出さずに数をかぞえた。ゆっくり、ゆっくりと。


 ――一、二、三、四……。


 カウントが十に到達した。咲花を連れた犯人が、唐突に戻ってくることはない。時間の経過で、そう判断した。


 亜紀斗は素早く行動を開始した。頭の後ろに回していた腕を広げ、手錠の鎖を断ち切った。パキンッという金属音に気付いて、亜紀斗の胸ぐらを掴んでいる犯人が、こちらを向いた。


 亜紀斗は左拳を打ち出した。


 内部型クロマチンで強化された肉体は、人間の限界を超えた動きができる。繰り出すパンチの速度は、時速一八〇キロメートルにも達する。これは、世界最速のボクサーのパンチに比べ、三倍以上にもなる。


 亜紀斗の拳に、カツンッという軽い衝撃が伝わってきた。犯人の顎を打ち抜いた感触。


 犯人は、一瞬にして意識を失った。おそらく、殴られたことにも気付けなかっただろう。ストンッと、その場に崩れ落ちた。


 失神した犯人を壁に寄り掛からせると、亜紀斗は、制服の上を脱いだ。袖を引き千切り、犯人を後ろ手にして縛り上げる。もし目が覚めても、動けないように。足も縛り上げた。声も出せないよう、制服の一部を引き千切り、口の中に詰めた。鼻で呼吸できているから、窒息することはないだろう。


 見張りの犯人を失神させ、縛り上げるまで、一分も掛らなかったはずだ。デパートの外から、騒がしい声は聞こえない。咲花はまだ、行動を開始していない。


 地下入口の影に隠れて、亜紀斗は、外の様子を覗き見た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ